「今度はが不二を無視するんだな。」
は乾に言われたが、それ以前に、はもう不二を目の端に入れる事もできなくなっていた。
それが何を意味するのか、自分でもわからなかった。
ただ、授業中は教室の半分から向こう、不二のいる窓際方向へは何があっても顔を向ける気にはなれなかった。
けれど必死で授業に集中してるフリをしながらも、の思考回路は相変わらず停止したままだった。


 「好意を持ってない子には、俺だって大事なものは貸さないな。」

あの乾の言葉が頭から離れなかった。

  (不二君の大事なジャージは私の肩に掛けられていて…
   だから不二君が私に好意を持ってたっていうことで…
   でもだからって告白されたわけじゃないんだし…
   えっ?告白されたら私どうするの?
   じゃなくて、それよりジャージを返す事が先決で…
   でも顔はあわせられないし……)

気づいてみれば、午後の授業時間中、は不二のことばかり考えていた。
でも考えれば考えるほど、不二のことも自分のこともわからなくなってしまう

自分の考えがまとまらないでうじうじしてるなら、
誰かに助言してもらう…それがの信条だった。
は授業が終わると、ジャージとカバンを掴んでそのまま脱兎の如く教室を飛び出した。
目指すはのいる3年1組!









 「ちゃんってほんとすぐにどこかに行っちゃうにゃぁ〜。」
菊丸が足の速さに感心しながら言った。
 「不二〜、ジャージ、また持ってっちゃったね?」

 「英二。…今日は夕立が来るよ、きっと。」
 「えっ?不二ってばそんなことわかるの?」
 「クスッ。乾のデータ程じゃあないけどね。
  多分、本降りになったら部活は中止かな。」
不二は窓から見える、遠くの黒い雲を見つめていた。







が息せき切って3年1組に飛び込むと、が、待ってたよ、と言う顔で出迎えてくれた。
 「じゃ、行こうか?」
 「えっ?どこに?」
 「決まってるじゃない。込み入った話はあそこでしかできないでしょ。」
は自分のカバンを手にすると、の背中に手を回した。
そして手塚の方を振り向くと、後で迎えに来てね…とウィンクをして見せた。

生徒会室を私用で使っていいのかな、と思いながら、
に促されるまま生徒会室の椅子に座って向き合った。

 「あのね、…。」
 「知ってるよ。不二のジャージの事でしょ?」
 「…?」
 「さっきね、うちのクラスに大石君が来て、昨日の事を聞いたの。
  なんか、不二君、朝練でめちゃめちゃ機嫌悪かったらしいし、、
  大石君なんて、自分のせいじゃないのにオロオロしてるし。
  でも、不二君の思惑通りにいかなかったのは私のせいかもね?
  私があの時に手伝わせなかったら、昨日、ジャージを返せたんだもの。」
はごめんね〜、と笑っていた。
 
 「ううん。なんかね、ジャージを返しづらくなってきちゃって。」
と、は今日一日の出来事をに報告した。


 「…それにしても、乾君に相談するなんて。」
は苦笑した。
 「不二君も内心焦ったんじゃないかな?」
 「だけど、私、乾君とは別に…。」
 「あれ?じゃあ、不二君のことはどう思ってるの?」
 「どうなんだろう?
  だって不二君の考えてる事って全然わからないんだもの。
  好意を持たれてるって言われても今日はずっと冷たくされてたし。」
はちょっと悲しそうに目を伏せた。

 「だからね、ちゃんと話がしたいなって思う。
  今のままはすごく嫌なの…。
  ジャージを返して、また前のように笑ってほしいなって。」

はうんうんと頷きながらの顔を、可愛いなあと思いながら見ていた。
 「!ちゃんと自分がするべきこと、わかってるじゃない?」
 「うん。だけど、不二君、まだ怒ってるかもしれないなあ。」
 「あはは。大丈夫よ。
  乾君の登場には凹んでるかもしれないけど、
  とにかく不二君はがジャージを返しに来るのを待ってると思うから。」



 「でもいいなあ〜。」
は頬杖をつくとうっとりしながら言った。

 「私も国光のジャージ、肩にかけてもらいたいなあ。」
は生徒会長でもある手塚国光と付き合っていた。

 「してもらったことないの?」
 「ああ、だめだめ。国光にそういうロマンチックな事は理解できないのよ。
  なんで貸さなきゃならん!…とか言われるのがオチだもの。」
は指で眉間に皺を寄せてみた。

 「ぷっ。じゃあ不二君はロマンチックなの?
  私、不二君のジャージには誰にも触らせない呪いがかかってるのかと思ってたよ?」
 「ああ〜。それもあり得そうで怖いな。
  国光だって不二君には一目置いてるからね…。」

と話してよかったと思った。
やっぱり、ジャージはちゃんと謝って返そう、そう心に決めると、
さっきまでの思考回路ぐちゃぐちゃの自分が可笑しかった。


 「あ、降ってきた。」
の言葉に窓からグラウンドを見ると、大粒の雨が降り出していた。
外で部活をしていた野球部も陸上部も、くもの子を散らすように後片付けに追われていた…。

しばらくすると手塚がを迎えに来た。
どうやらテニス部も今日の練習は打ち切ったらしい。
たちと一緒に昇降口へ向かった。

靴箱のところにはカバンを持った不二が立っていた。
壁に寄りかかり、何をしてるというわけでもないのに、
不二はため息が出るほどさまになっていた。

 「じゃあ、ちゃんと頑張るのよ。」
そう言ってはニッコリ微笑むと、を残して手塚と帰って行った。




 「…待ってたんだ。」
不二が今日初めてに話しかけた。
その声に思わずはドキッとしたが、慌ててジャージのはいった紙袋を差し出して頭を下げた。

 「ごめん!不二君。
  遅くなったけど、ジャージ、返すね。」
 「そんな、謝らなくったっていいよ。
  僕がしたくてしたことなんだし…。」
不二は笑ってはいなかったが、口調はとても優しかった。

 「でも、待つって言ったのに、私忘れちゃって…。」
 「うん、そうだね。
  それぐらいにしか僕の事、思われてないんだなぁ〜って知ってショックだったな。」
 「だからって、あんなに冷たくされるとは思わなかった。
  不二君ってすごく優しそうだったからよけいにこたえたな…。」
は自然に不二と話してる自分に驚いていた。

 「でも僕だって驚いたよ。
  あの後、乾の所に行ってたなんて。
  それに、乾はさんの事、呼び捨てにしてるしね。」
不二はちょっと不満そうに呟いた。
 「えっ?あれは乾君の呼びたいように呼んでるだけで。
  私は全然気にしてなかったけど…?」
 「そうなんだ。
  じゃあ、今からは僕がって呼んでもかまわないんだね?」
不二の目が一瞬嬉しそうに光った。

 「うっ、べ、別にかまわないけど、でも…。」
 「でも、何? ?」

そう言うと、不二はいつもに向けていたのと同じ位の笑顔で1歩近づいてきた。
と同時に、不二に呼ばれた自分の名前が、の気持ちとは裏腹に二人の距離をもっと近づかせようとしていた。

 「ちょ、ちょっと待って。
  反則だよ、そんなの。」
 「って呼ばれたのがそんなに嬉しかった?」
 「そんな事言ってません!
  不二君のそういう所が全然わからないんですけど。」
 「クスッ。大丈夫、僕のいい所も悪いところも全部に教えてあげるよ。
  だからの事ももっと知りたいな。
  なにかある度に乾に相談されちゃあたまらないからね?」

そう言うと不二はの頬に軽くキスをしてきた。

 「やっ!?//////。」
は真っ赤になりながら不二にキスされた右頬を押さえた。
 「そ、そういう、考えなしの行動も理解に苦しむわ。」

 「これでも考えて行動してるんだけど?
  を見てると理性なんていつでも吹っ飛んじゃうよ?」
 「はぅ〜、よくそんな事言えるわね〜。」
 「よくは言いません。にだけだから…。」

不二はの反応を見るのが楽しいらしくクスクス笑っている。

 「でもがだめっていうんなら、ここにするのは我慢するよ。」
そう言いながら不二はの唇を自分の人差し指でそっとなぞった。
は思わず後ろに身を引いた。
 「あ、当たり前でしょ!///
  言っておくけど、私、まだそんなに不二君のこと、好きじゃないんだから。」
 「ほんとにって意外性100%だね。
  そんなに…ってことは、もうほんの少しは好きになってもらえたってことだよね?
  でも、それで十分だよ。
  明日にはもっと好きになってもらえるって思えれば
  こんなに嬉しい事はないよね。」

不二はニッコリ笑った。
は不二と話せば話すほど、その術中にはまっていくのを感じた。
それはにとって嫌な事ではなかったけど、
もう逃れられないような、心地よい束縛感を覚えた。

 (ああ、なんか明日から私、どうなるんだろう…?)

 「大丈夫。いつも僕がいるから。」

不二はあっけらかんと、の心の中を見透かしたように言う。
は小さくため息をつくと自分の靴箱から靴を取り出した。

雨はいつの間にか二人を包み込むような、柔らかな小雨に変わっていた。






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☆あとがき☆
 なんかね、どうしたらいいのかわかんなくなって…、
 で、だらだらとまだ続きます。(きっぱり)
 だってねえ、ドリームとしての決め手がないでしょう、このままじゃ?(えっ?)
 期待だけさせて、と言われそうなのでこの回でお詫びしておきます。(笑)