翌日。
はジャージの入った紙袋を胸に抱えるようにして登校した。
不二の姿を見かけたら速攻で紙袋ごと手渡す、そう決めていた。

ところが3年6組の教室に入ってみると、そう巧く事は運ばないことにはため息をついた。
今朝に限って、不二の周りにはファンクラブの子達がまとわりついていたのだ。
いつもなら不二の方から「おはよう」と声を掛けてくるのに、が入ってきたのに気づきもしなかった。

  (仕方ないよね?)

は紙袋を机の中にしまいこんだ。



2時間目の休み時間、3時間目の休み時間、は不二に近づく機会のないことに困り果てていた。
同じクラスなのにどうしてこう毎時間邪魔が入るのだろう。
いつもなら何度となく不二と視線が合うのに、今日ばかりはいくらが不二のことを見つめても、
その視線がに向けられることはなかった。
そして不思議なことに、菊丸でさえ、に話しかけても来なかったのである。
さすがに昼休みにお弁当を食べながらは、自分が不二たちに無視されてるのではないかと思い始めていた。

  (なんかむかつく〜。そりゃあ、待ってなかったのは私が悪いけど、
   ジャージを返させないようにしてるのは不二君たちの方じゃないの?)

不二は菊丸と一緒に窓際でお弁当を食べていた。
は意を決すると、自分のお弁当を半分食べたところでしまいこみ、机の中の紙袋を取り出した。

  (今しかない!)

そう思った時、不二に話しかける女の子の会話には固まってしまった。

 「そう言えばさ、昨日不二君だけジャージ、着てなかったね。
  どうしたの?」
 「ああ、貸してあげてるんだけど、まだ返しに来てくれないんだよね。」
 「え〜!?誰に〜?」
 「僕の彼女。」
 「え〜?嘘でしょう?」

笑いあってる声には血の気が引く思いがした。
ガタン、と大きな音を立てると、は紙袋を掴んだまま、教室を飛び出した。



 「あーあ、不二。ちゃんがかわいそうにゃ。」
 「うーん、怒っちゃったかな。」
 「なんか、不二の思惑通りにいかないにゃ。」
 「英二、そんなこと言っていいの?」
 「いや、だから、その、ちゃんて意外性があるってことだにゃ…。」






は怒っていた。
思考回路はもうぐちゃぐちゃだったが、真っ先に思いついた人物に会いに行くため、
3年11組の教室に飛び込んだ。

 「乾君、いる?」

文庫本片手に栄養ドリンクを飲んでいた乾は思わず咳き込んだ。
昨日といい、今日といい、のデータは興味深い、と乾は思った。
 「何か、用かい?」
 「ちょっと付き合ってくれない?」
そう言うとは大胆にも乾の制服を引っ張るようにして屋上へと有無を言わさず歩いていった。

屋上に上がるとは黙ってフェンスにもたれかかった。
その様子を見ながら乾はふっと笑った。

 「不二のことか?」
 「そうよ、不二君よ。
  昨日返せなかったジャージが今日も返せないのよ!」
はイライラしながら紙袋を見つめた。

 「昨日不二君を待ってなかったのは悪かったと思うけど、
  今日のあの態度は何?
  私にジャージを返させないようにしてるのよ。」

は朝から溜め込んでたものを一気に吐き出すかのように乾に訴えた。
 「挙句の果てに、ジャージは僕の彼女が持ってるんだ…なんて言われて、
  はい、これ、なんてみんなの前で返せると思う?
  からかうにも程があるわ。」

 「不二の言いそうなことだな。
  それにしても、はなんで俺にそんな事を言うんだ?」

 「だって、…乾君、昨日言ったじゃない。
  不二君の性格はよくわかってるって。
  私、どうすればいいのかな?」

は興奮を抑えるかのように深呼吸をすると乾をまっすぐ見つめた。
乾は不二の気持ちをに伝えてやるべきなのか、それとも俺を頼ってきたことを逆手にとって、
の気持ちを俺に向けさせるようにするべきか、しばし悩んだ。

  (これは俺にとってチャンスではないだろうか?
   不二の思惑通りに行かないのなら、このまま俺の方へ軌道修正しても同じではないか…?)

しかし…、と乾は考え直す。

  (この駆け引きには、が少しでも俺の事に好意を持っていてくれなければ勝機はない。
   俺が参戦したとなれば、不二が真っ向勝負に出てくる確率は更にあがるだろうし。)

乾は苦笑した。
  (…火に油を注ぐ事になりかねない。
   いちかばちかでは、俺らしくもないか。)



 「はそのジャージを不二がなぜに貸したのかわかってるのか?」
 「えっ?うーん、それは全然わからないんだよね。
  不二君の小さな親切って奴かなあ〜。」

は人差し指を顎に当てたまま、なりに真剣に考えてる様子だった。
乾はその様子に呆れながらゆっくりと口を開いた。

 「昨日不二はがジャージを返しに必ずコートに来てくれると思っていたな。」
 「もちろん返すつもりだったよ?
  だってレギュラー用って聞いたら、大事なものだろうなあって思うし。」
 「もちろん不二にとって大事なものだろうけど、
  それをが持って来てくれると言うのが、あいつにとってもっと大事な事だったんだ。」
 「そ、そうかな?」
 「楽しみに待ってたんじゃないかな。」
 「え〜?やっぱり私が悪いの?」
乾はため息をついた。

 「だから、好意を持っていない子には、俺だって大事なものは貸さないけどな。」
 「えっ?それって私、不二君に好意持たれてたってことなの?」
 「は男心がわかってないな。」
 「あのね〜。ちっともわかんないよ。
  今日のあれは好意持ってる子にする態度じゃなかったもの。」
もため息をついた。

 「不二君って全然わからないなあ…。」
 「いや、俺にしてみれば、も全然予想がつかないな。」
 「なんか、けなしてる?」
 「いや、可愛いと思うが…。」
 「えっ?////」
 「いや、に好意を持ってるのは不二だけじゃないって事だ。」

昼休みが終わるから、と言って乾はと連れ立って階段を下りた。
は紙包みを持ったまま、乾との会話を反芻していた。
不二のジャージをどうするかという問題は解決されないまま、
不二と乾が自分に好意を持っていると聞かされて、の思考回路は相変わらずぐちゃぐちゃだった。

 (そんなこと言われても、私、全然わからないよ。)

いつの間にかは3−6の入り口にいた。
教室内に入るとき、乾は見計らったようにに声をかけた。

 「!」
 「えっ?何?」

振り返るに、乾はの耳元で小声で囁いた。

 「今度はの方が不二を無視するんだな。
  そうすれば何か変わるから…。」

乾は不二の視線に気づきながら、わざとそれには気づかない振りをして自分の教室に戻った。

は自分の席に戻るとそのまま机に突っ伏した。
ジャージの入った紙袋がクシャッと音を立てた…。







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☆あとがき☆
 あ〜、すごい事になってしまいました。
 管理人の手を離れ、勝手にストーリーがぁ〜?????(笑)
 ヒロイン、いつになったらジャージの呪いから解かれるのでしょう?
  (題名は「ジャージの呪い」に改名か?)