が不二のレギュラージャージをどうしたものかと思い悩んでると、菊丸と大石がやってきた。
「乾!練習メニューのことで手塚が呼んでたよ。」
「そうか、じゃあ、、後は菊丸と大石に相談するんだな。」
乾は不敵な笑みを浮かべてコートの方へ歩いて行ってしまった。
「なになに?ちゃん、何か悩み事でもあるのかにゃ?」
同じクラスの菊丸が興味津々と言いたげな顔でに言った。
「そう言えばさんとは久しぶりだね?」
大石が優しく言った。
は大石と2年の時は同じクラスだったので、顔見知りだったのだ。
「そっか、大石君もテニス部だったね。
実はね、不二君のジャージを持ってるんだけど、不二君に返してくれる人がいないのよ。」
「え〜???? 不二のジャージをちゃんが持ってるの?」
菊丸が驚いた声を上げた。
「不二ってば、いつの間にそんなことをしたんだよぉ!?」
菊丸は明らかに不機嫌そうな顔をしながら、小さく呟いた。
にはそれは聞こえなかったが、大石は菊丸と同じ事を思っていた…。
「なんか、テニスコートの方には近づけない感じだから、私の代わりに持っていってくれないかな?」
「乾はなんて言ってたの?」
大石がやはり顔を曇らせながら聞いた。
「う〜ん、なんかね、私が返す分にはいいけど、乾君はだめなんだって。
おかしいよね?」
「ちゃん、俺も不二には渡せないにゃ。悪いけど…。」
「なんで?菊丸君は不二君と仲がいいじゃない?」
「だめだめ。そんなことしたら後でどうなるか…。
大石〜、副部長だからなんとかしたらいいにゃ?」
「英二、俺にだってそんな権限ないよ。」
大石は胃が痛むかのようにお腹を押さえた。
はそんな二人を不思議そうに見つめながら、そうだと思いついた。
「ねえねえ、じゃあ、不二君をここまで連れて来てくれない?
そうすれば私が直接渡すし、菊丸君や大石君には迷惑掛けないでしょう?」
はそれがいいとばかりにニッコリ微笑んだ。
菊丸もにそう言われればむげに断るわけにもいかず、しぶしぶと不二を連れてくることを承諾した。
菊丸がコートへと走り去る後姿を見ながら、は大石に言った。
「でもさ、このレギュラージャージって、みんな同じなんでしょう?
不二君のジャージって何か特別なの?」
「うーん、特別って言うか、なんていうか、
不二のものは他を寄せ付けないオーラが出てるっていうか…。」
「へぇ〜、不二君って物に執着するタイプなの?
他の人が触ると嫌がるとか?
なんだかそんな風には見えなかったけどなあ。」
いつもニコニコしてる不二の顔を思い浮かべながら、実は神経質だったの?と考えるだった。
大石はの言葉に苦笑しながらを眺めていた。
明るくて素直で、そばにいるとほっとするような女の子、不二でなくったってこの俺だって密かに狙っていたのに、
大石は小さくため息をついた。
しばらくすると、菊丸が戻ってきた。
「あれ、不二君は?」
「そ、それが、今タカさんと打ち合ってるから、当分無理みたいだった…。」
「そっか、じゃあ、明日にしようかな。」
「だ、だめにゃ!」
菊丸がプルプルと顔を横に振りながらを押しとどめた。
「練習が終わるまで待っててほしいにゃ。」
「そんなぁ。まだまだ時間かかるでしょう?」
「じゃ、じゃあ、コートの近くで待っててにゃ。」
「それはやだよ。テニス部ファンの子が大勢いるんだよ? 無理無理。」
「だ、大丈夫だにゃ!
レギュラージャージを肩に羽織ってれば誰も文句言わないって。」
菊丸は必死だった。
大石にもなんとなく不二が菊丸を脅したであろう文句まで思い浮かべることができた…。
(もし、を帰すようなことをしたら、わかってるんだろうね?)
「あのさ、英二の顔を立てて、もう少し待っててくれないか、さん。
不二が抜けて来れるよう俺も何とかするからさ。」
大石にまでそんな風に言われれば、待たないわけにもいかないかな、とは思う。
「じゃあ、ここでもうちょっとだけ待ってるよ。」
がそう言うと、菊丸はほっとしたような顔になった。
大石と菊丸を見送るとは部室の壁にもたれた。
たかだかジャージを返すだけなのに、なんでこんなに面倒臭い事になったんだろう、とは考えていた。
まあ、レギュラーというだけで、学園内のスーパースターであるのだから仕方ないことなのではあるが、
みんなが騒ぐ程の事なのかなあと思ったりもする。
(だって、クラスで見る菊丸君も不二君も、普通なんだけどな。
うーん、不二君の笑顔は素敵かもね、男の子にしては。
でも、みんな騙されてるんじゃないのかな、ほんとは?
だって、不二君のジャージ、誰も触りたがらないほど同性に嫌われちゃって…。)
は不二のジャージを広げると、可笑しくなってクスクス笑い出した。
「―――!!!!」
校舎の上の方から自分を呼ぶ親友の声が響いた。
目を声の方に向けると、窓から半身乗り出したの姿があった。
「!何してるの?」
「今、ヒマ〜?」
「う〜ん、まあ。」
「ちょっと手伝ってくれない!」
はの無二の親友であり、生徒会副会長でもあった。
察するに生徒会室の窓からを呼んでるようだった。
はコートの方をちらりと見やると、まだ、大丈夫よね、と自分に言い聞かせ、
不二のジャージをカバンに突っ込んで、の待つ生徒会室を目指した。
生徒会室のドアを開けると、机の上にはコピーされた書類の山がいくつもできていた。
「どうしたの、これ?」
「よかったぁ〜、がまだ帰ってなくて。」
は嬉しそうにに抱きついた。
「明日の運営委員会の資料なんだけど、部数が多くなっちゃってさ。
あとは綴じるだけなんだけど、一人でやるより二人の方が楽しいじゃない?」
「よく言うよ。一人でやってるのに飽きただけでしょう?」
「あはは、ばれた?ちょっと休憩と思ったら、の姿が見えたからさ。
ま、手伝ってくれたら何かおごるからさ。」
「はいはい。じゃあ、片付けちゃいましょ!」
二人は笑いながらコピーの山から一枚ずつ資料を重ねていくと、卓上用のホッチキスで止めていった。
おしゃべりしながらの作業は楽しく、はすっかり不二のことを忘れていた…。
「おっかしいにゃ〜。確かに待ってるって言ったにゃ。ね、大石!」
「あ、ああ、そうだよ、不二。
でも、こんなに遅くまで引き止められるものでもないし、
も明日でもいいかなって言ってたし、
な、なにか、急に用事ができたのかもしれないし…。」
大石と菊丸は黙っている不二にかわるがわるとりなそうとした。
不二の顔は笑っているようだったが、その目は明らかに不機嫌な色を湛えていた。
「そうだね。英二と大石が悪いって思ってるわけじゃないよ。
…今日に限って、手塚が練習メニューを増やすからいけないんだよね。」
不二は腕組みしながら手塚をチラッと見やった。
その様子を乾は面白げに見ていた。
(がジャージを返しに来ると踏んでいた不二は当てが外れたんだな。)
「でもさ、ジャージはちゃんが持ってるってわかってるんだからいいじゃん。
明日にはジャージは戻って来るって。」
「クスッ。そうだったね。
でも、僕のお膳立て通りだったらさんも楽だったと思うのにな。」
「……。」
不二の言葉に大石も菊丸も絶句した。
家に戻ってカバンを開けたところで、はやっと不二のジャージのことを思い出していた。
(はぅ〜。これってまずいよね?
大石君たちに待つって言ったのに、何にも言わないで帰って来ちゃったら、
やっぱり気を悪くしたよね…。)
(でもま、不二君だって私が持ってるって事は知ってるわけだし、大丈夫よね。
明日の朝一番に返さなくっちゃ!)
はそう心に決めると、不二のジャージを紙袋に入れ直した。
明日が一日、にとって大変な日になるなんてことは、もちろん知らないことで…。
next
back