新入部員、歓迎します (幸村編) 1








「・・・という事で、明日から新入生の勧誘は俺がやるから。」



唐突に告げられた部長からのお達しにレギュラー全員が固まった。

他の運動部のような派手な勧誘はしないと言い切った真田に対して
幸村は何も言わなかった。

だから真田が新入部員勧誘のための毛筆書きのポスター1枚という
前代未聞の淋しいくらいの勧誘で、
結局1週間で数人しか希望者がいないという事に誰もが慌てた。

真田が畳1畳分のあり得ない大きさのポスターに
たっぷりの墨で「弱い奴はいらん!」と大書きしただけの勧誘は
全く功を成さなかった訳だが、それが真田の失敗だとしても
その否を責める事など誰にも出来ない。

それはあの幸村が擁護した案なのだから。

いや、どちらかと言うと幸村は放任していたにすぎない。


例年なら新入部員勧誘のポスターを張り出す前から見学者が後を絶たず
仮入部希望者の相手をして午後は自分たちの練習にならないくらいのはずが
全くと言っていいほど暇だった。

だから赤也が新入部員獲得のため密かに働きかけようと思ったとしても
仕方ない事だと他の部員たちは解ってくれると赤也は踏んでいる。

と言って、赤也だって幸村の性格は解り過ぎるほど身にしみているから
例えそれが部の為だとしても先走る事は得策ではないという事も解っている。

こっそり自分が立ち回って新入部員に声を掛けたとして、
その事で幸村の機嫌を損ねてしまっては
せっかく連れて来た新入生を恐怖の奈落へと導きかけない。

そこまで思ってみたとしても、部長自らが
新入部員の勧誘をするというのも限りなく不安が付きまとう。

幸村は思いつきで何でもやりたがるし人にやらせるけれど
結局長続きする事はあまりない。

自分が出張って予想外に勧誘が上手く行かねばやっぱり機嫌が悪くなるのは必死だ。

その後の練習に影響するのは日の目を見るより明らかだ。


「部長が、その、ひとりで勧誘するんスか?」

誰も聞かないので赤也がボソリと念を押した。

幸村は腕組みをしたままニッコリと笑った。

天使の顔をした悪魔の微笑だ。

「何か問題でもあるのかい、赤也?」

「いえ、べ、別に何でもないッス。」

「まあ、見ててごらん。
 俺が本気を出せばあっという間に例年の希望者数を上回るんじゃないかな?」

幸村は真顔でそう言い切るけれど
全国レベルの、それも対戦相手の五感を奪うと言われる幸村は
神奈川ではその面が割れてるから
中学では憧れが先走っても高校では畏れ以外の何物でもない事は
本人には割りと解ってないのかもしれない。

 「あ、あの、それはそうかも知れないッスけど、
  やっぱりちょっと、幸村部長は恐れ多いって言うか
  新入部員も緊張するって言うか、だから・・・。」

しどろもどろになりながらも赤也は必死だった。

これで新入部員が増えなければ自分が上の代になった時に苦労するだけだ。

ここは引き下がれないと腹を括った。

 「ええっ? 俺ってそんなに怖いの?」

 「いや、まあ、見た目そんな事ないッスけど・・・。」

 「まあ、まあ、幸村、赤也はの、
  幸村に一人で勧誘させるのは忍びないっちゅう先輩思いの子なんじゃ。
  どうせなら可愛い赤也を侍らせて勧誘したらどうなんじゃ?」

今まで黙っていた仁王がやんわりと割り込んできた。

幸村は腕組みをしたまま考え込むように目を閉じている。

赤也はびくびくした面持ちで仁王を見遣ると、
仁王は面白そうに口角を上げてにやりと笑った。

 「そうじゃ、赤也に女装させたら面白いかも知れんの。
  中学の文化祭の時、赤也、モテモテやったからのぅ。」

 「に、仁王先輩、止めて下さいッスよ。
  それだけは勘弁してください!
  俺、絶対やです!
  あの時、彼女にすっげー冷たい目で見られて
  マジで洒落にならなっかったんスから。」

赤也は慌てて抗議した。

幸村部長だけでも大変なのに自分がそんな格好をして
また彼女と揉め事になるのは敵わないと思った。

自慢じゃないが結構赤也の女装姿は人気になって
文化祭の間中引っ張りだこだったのだ。

 「仁王、赤也をからかうのは止めておけ。
  あれでも一応次期部長候補なのだからな。」

柳の口ぞえに赤也は正直ほっとした。

 「まあ、だが精市が嫌でなければ
  女テニの誰かと一緒にやった方が効果は倍増だと思うが。
  女子も今年は入部希望者が今ひとつ伸び悩んでるらしいぞ。」

 「ああ、もぼやいてたな。
  テニスの人気も落ちたものだって。
  今年の1年は可愛い系ばっかりでさっぱりじゃ。
  俺としてはもうすこーし大人っぽい子を入れて欲しいもんじゃがのう。」

相変わらず空気を読まないまま仁王は勝手な事を言う。

委員会で今はいない真田が聞いたら間違いなく雷が落ちるところだが
意外にも幸村はそういう事はどうでもいいらしい。

 「何で俺が女テニの方の心配までする必要があるんだい?」

幸村の間延びした不機嫌な言葉に赤也は顔を顰める。

全く女テニの部長であるとはどういう訳か幸村は気が合わない。

というか、いつも幸村が部長会議をすっぽかすおかげで
その皺寄せが女テニの方に来るらしく
も幸村に会うと必ずと言っていいほど睨んでくる。

もう少し部長同士仲がよければ、女子テニス部との交流も
もっとスムーズに行くのにと後輩たちは思っているのだが
幸村は女子テニス部にほとんど関心がない。

男子と女子のレベルは高等部ではさらに差が出来てしまってるから
女テニと交流の場を持っても意味がないと思っている節がある。


 「まあ、そう言うな。
  あれでなかなかは男子に人気がある。
  赤也なんかよりよほど集客力はあるぞ。」

 「はは、参謀も悪じゃのぅ。
  つうことは幸村に女子を集めさせるんか?」

 「柳、それ、本気で言ってるのかい?」

 「ああ、俺は真面目に助言してるつもりだ。
  だがこの方法なら短時間で効率的だ。
  俺のデータに間違いなどあるはずがないだろう?
  なに、希望者が集まればすぐに終われるだろう。
  俺は単なるセッティングをかって出たまでだ。
  幸村が嫌だと言うのであれば、強要はしない。」

含み笑いをする柳にむっとした視線をくれるも
柳はどこ吹く風といった顔で幸村の視線をかわしていた。
  









赤也は興味しんしんだった。

女子テニス部のは立海大でも目を引くばかりの美貌の持ち主だった。

見た目だけならミス立海大の候補に挙がる赤也の彼女より
数段美人なのだが、思った事は相手が幸村だろうと
容赦なくぶつけるタイプだったから実は赤也も苦手だった。

赤也が初めてこの先輩に会った時にも幸村とは険悪な雰囲気だったのを覚えている。

何が原因なのかはわからなかったが
明らかに二人は犬猿の仲のように見えた。

赤也同様、幸村にも苦手な女子がいるのが驚きだった。

幸村は概ね男子には厳しいが女子には甘いところがある。

だから多分腹の中で毛嫌いしている女子がいたとしても
幸村は表面的にはそういう感情は女子に対して出さない。

少なくとも赤也はそう思っていた。





だから、こうして幸村とが新入部員勧誘の為とは言え
ツーショットで並んでる様は、とても珍しい光景だと思った。

はたから見ればとても絵になる二人は
さながらまるで付き合ってるカップルのようだ。

それも息を呑むような美男美女なのだ。

その存在感だけで二人の周りは色めきあっている。

それなのに二人とも新入生を勧誘した後に見せる、
不機嫌そうにイライラと髪をかき上げる仕種が
喧嘩中のカップルの演出そのもので可笑しさがつきまとう。

その可笑しさが妙に赤也に疑問を持たせる。

でもそれが何なのか、もやもやとしていてわからない。



 「なんじゃ、赤也も覗きか?」

幸村たちの様子を植え込みの間からこっそり垣間見ていた赤也は
背後から掛けられた声に異常な位びびった。

 「そう驚きなさんな。
  幸村には告げ口なんかせんよ。」

 「そ、そういう仁王先輩も同罪ッスよ?」

 「はは、まあ、そう言うな。
  俺は新入生の勧誘数が気になっただけじゃ。
  そこそこ集まったかの?」

のんびりした口調に赤也は脱力した。

覗いてるからと言って赤也は愉しんでる訳ではない。

 「男子はそれでも20名、女子は30超えたくらいッス。」

 「大体予想通りじゃな。」

 「予想通りって?」

 「柳のデータだ、間違いないじゃろう?
  ま、女子は幸村に釣られて仮入部した奴が多いじゃろうから
  正規入部は半分に減るとさ。」

肩をすぼめる仁王に赤也は憮然とした面持ちだった。

そこまで予想されてそれでもやって来る女子に真面目に愛想を振り撒く幸村は
いつもの部長らしくないと思っていた。

30名も集まればそろそろ飽きてきて切り上げそうなものなのに
幸村は受付の机に両肘をついたまま、両手で顎を支えて
まるで居眠りでもしてそうなくらい今は微動だにしていない。

ああ、何となくさっき思った疑問がやっと明瞭になってきた。

あんなに乗り気じゃなかったくせに
なんだかいつまでもそこにいる幸村が不思議だったのだ。


 「さぁて、そろそろ幸村と交代してやるか。」

 「へ?」

 「なんじゃ、赤也。
  柳から聞いてなかったのか?」

 「な、何をッスか?」

 「このまま幸村をのさばらせておいたら
  確実に入部者はゼロじゃ。」

 「はぁ? 男子の方ッスか?
  今日は20名集まったじゃないッスか?」

 「赤也の目は節穴なんじゃな。
  目当ての奴は続かんとよ?」

 「そ、そりゃあそういう奴もいるかもしれないッスけど、
  数いた方がいいじゃないッスか。」

赤也はため息をついた。

大体この作戦自体、もともと集客のみに力を入れてる訳で
入部者が続くかどうかはこの際問題ではない。

 「ほう、赤也は幸村の事、なーんも解ってないのぅ。」

 「へっ?」

 「まあまあ、ちょいとつついてやるかの?」

含み笑いする仁王が片手をポケットに突っ込んだまま
ふらりと幸村たちの方へ歩き出すものだから
赤也もつられて何となく後に従った。










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