夢で会えたら 前編
枕の下に好きな人の写真を入れて寝ると
その人の夢を見るという
そんな類の話を真に受ける自分ではないのだけど
現実では話しかける事もできない程遠い存在だったから
友だちに頼み込んで撮って貰った彼の写真を
そっと枕の下に入れてみた
そうしたら彼の夢を見た
嬉しい
そう思った
写真の中と同じように私の遥か向こうで
すっくと立っているその姿、その笑顔
だけど
それはやっぱり写真で・・・
夢の中の彼は全く私に近づいてはくれないし
話しかけてもくれない
私だって彼に近づけもしなければ
ただただ立ちすくんで背景の中に浮き出てる看板絵のように
彼を眺めている事しかできなかった
幾晩も幾晩もそれは同じ光景だった
さすがにくしゃくしゃになってきた写真は効果がなくなっていた
夢の中でさえ進展はなくて
この頃は目覚めも悪く、
寝る事によって疲れが取れるどころか
毎日肩が張って仕方なくなる始末
彼のせいだ
そう空しく思うしかなかった
だから渡り廊下で
教室に忘れ物をした事を思い出して
不意に振り返って戻ろうとして
誰かにぶつかるまで
どんなに小さな災難も全部彼のせいだと思っていた
なのに
目の前にふさがる光景は
写真で見るより何倍も輝いている幸村君の笑顔
「大丈夫?」
「こ、こっちこそごめんなさい。」
そんな一言でさえ、耳の中で幾重にも木霊して
今この瞬間重量がゼロになってしまったみたいに
身体がふわふわし続ける
そしてその日の夜
夢の中の幸村君は私がどこにいても
大丈夫?と甘く囁きながら近づいて来る
有り得ないくらい幸せすぎだ
でもその幸せも段々つまらなくなる
毎晩毎晩
夢の中の幸村君は、大丈夫?の一言しか言ってくれない
会話を続けたくても黙って微笑むだけ
日毎に膨らむ淡い期待と失望
こんなにこんなに幸村君の事が好きでも
その思いを夢の中でも伝えられないなんて・・・
「。」
ぼーっとしていたら
放課後の委員会が終わる所だった
隣に座っていた同じクラスの柳君が不審げな顔をしている
「あ、ごめん。
ぼーっとしてた。」
慌てて資料を受け取ると
柳君は手短に分担を指示してくれる
彼が同じ委員で良かったとつくづく感謝する
教室まで並んで廊下を歩いていたら
向こうから見間違いじゃない恋する人の姿を見つけてしまった
どんなに視力が悪くても
遠くからでも分かってしまう私のレーダーは
感知するや私の鼓動を大きくしてしまうから大変だ
でもこんな時、テニス部の柳君とクラスメイトである事を
神に感謝しない訳にはいかないと思う
幸村君はきっと柳君に話しかけて来るだろうから
「柳。」
「ああ、何だ、幸村。」
「今日、ちょっと遅れて行く。」
「長引くのか?」
「そんな事はないけど。」
人気者の幸村君がまた呼び出されたんだと直感した
今度は誰なのだろう、ぼんやりそう思いながら
クスリと笑う幸村君の口元を無意識に見つめてしまった
そんな事をすれば幸村君と目が合ってしまうのは必然で
でも幸村君の視線に耐え切れなくなるのも当然で
案の定、幸村君としっかり目が合ってしまって
思わず赤くなってしまっただろう顔を隠すように
慌てて下を向く事になってしまった・・・
かなり不自然だったと思う
「まあ、なるたけ無難に済ませるよ。」
じゃあ、と言って立ち去る後姿を
しなければいいのにわざわざ振り返ってしまった所で
傍らの柳君に突っ込まれてしまった
「気になるか?」
「えっ、何が?」
「穏便に断るつもりなのだろう。
そう心配することもない。」
「いやいやいや、私、別に何も・・・。」
「しかし、あれは俺に言った言葉ではなかったように思うが・・・。」
柳君のあり得ないトンデモナイ発言に
少し浮かれていいのだろうかと思うも
そんなバカみたいに都合の良い事など
あるはずもないと頭を振った
部活に行く柳君と別れても
私は何となく帰る気もしなくて
ぼんやりと教室の窓から真下の花壇に目をくれる
時々幸村君が花に水をあげているのを見た事があった
美化委員になっていれば
クラスが違っても一緒に活動できたのに
そんな夢みたいな事
ううん、夢でもいいから一緒に何かしたかったな
そう言えば呼び出しに幸村君は何て答えるのだろう?
無難な断り方って
それは女の子を悲しませないような言い回しなんだろうか
それでも幸村君に直接言葉をもらえる女の子が羨ましい
その子だけがもらえる
その子だけの幸村君の言葉
ああ、でも断られるんだからやっぱり辛いかな
堂々巡りの考えに我ながら情けなくなってため息が出た
今日見る夢は限りなくブルーに近い夢になるかもしれない
忘れ物はないかと机の中を確認して
私はやっと現実世界の廊下へと踏み出す
昇降口で靴を履き替え
少し迷った後で私はくるりと向きを変える
幸村君のクラスの靴箱はちょうど私のクラスの反対側
何度もこっそり眺めた靴箱を
けれど私は一度も開けた事がない
ここにラブレターを入れる女の子は勇者だとさえ思う
私にはそんな勇気など欠片もない
靴箱なんて見上げてたって仕方ないのに
そう思って深くため息を吐いたら
「そんな大きなため息ついてたら
幸せが逃げちゃうよ?」
私の息の根を止めるくらいの衝撃で
爽やかに笑う幸村君がいつの間にか私の側にいた
「ゆ、幸村君?」
「もうとっくに帰ったのかと思った。」
「あ、あれ?」
しげしげと見守る中、幸村君は自分の靴箱から
運動靴を出して履き替える
裏庭かどこかに呼び出されてたんじゃないのかと
不審顔の私に気付いたらしく、幸村君は私の顔を逆に覗き込んで来る
「今日の呼び出しは音楽室だったんだ。
毎回同じ場所だとは限らないんだよね、これが。」
現実ってなんて酷いのだろう
せっかく幸村君と二人きりで話してるのに
「体育館の裏なんてバスケ部とかバレー部の連中に
見られてしまう確率高いんだよ?
自分が告白してるマジな場面を
誰かに勝手に見られちゃうのは嫌だよね。」
相槌なんて打ってないのに
幸村君が勝手に喋ってる
私、別にそんな事、聞きたい訳じゃないんだけど
「でも俺としては誰に見られたって構わないけどね。
だって答えはいつも同じだし。」
やめて
そんな言葉、聞きたくない
だってきっと夢で見てしまう
「さすがにここで告白された事はないけど。
まあ、今なら誰もいないからチャンスかな?
ねえ、さん?」
チャンス!?
えっ?
私にまさか告白するチャンスをくれるのだろうか?
そして振られる言葉もここでもらってしまうのだろうか?
「あの、わ、私、急いでるから!!」
幸村君を残して私は人生で一番早く走った
走りながら泣きたくなった
幸村君の靴箱を物欲しそうに眺めていた自分が悪いんだ
きっと気持ち悪がられたのに違いない
そして他の女の子と一緒にされてしまった自分が
酷く可哀想だった
何もしていないのに
これからずっと私は幸村君の悪夢を見るのだろうと確信した
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