夢で会えたら     後編





枕の下に好きな人の写真を入れて寝ると
その人の夢を見るという

今はもうそんな事をしなくても
いつだって幸村君は夢に出てくる


でも・・・


 「俺としては誰に見られたって構わないけどね。
  だって答えはいつも同じだし。」


私の前でニッコリ笑う幸村君は最悪だ

だって私は幸村君に告白もしてないのに
夢の中で私は何度も振られることになる


 「答え・・・って?」


 (ごめんね。

  君の思いを  受け取る事は  できないんだ。)


幸村君の言葉は決して聞こえては来ないのに
私の目の前の幸村君の口元はそう形作る


ごめんね


ごめんね・・・





気がつくと私はいつも泣きながら目覚めていた

やっぱり最悪だ

何度振られれば気が済むんだか

こんな事ならちゃんと告白して
すっぱり最後通牒を渡された方がよかった

振られるなら一度でたくさんだ!



塞いだままの心を抱えて登校すれば
柳君に捕まった

頬に涙の跡はないと思うけど
なんとなく手の平で確認してみたり

いつもより格段に遅い時間だったから
昇降口にはもう誰もいない

靴箱に背を持たれかけて腕組みをしている柳君は
それと分かる程私を待っていてくれたらしい


 「おはよう。」

 「おはよ。」

気持ちぶっきら棒なトーンは
閑散とした昇降口に木霊する気がする

私は不思議な気持ちで柳君を見上げた

 「ここの所元気がないようだが?」

もうすぐ始業の予鈴がなると言うのに
柳君は落ち着いた声で聞いてきた

 「えっ!?
  そんな事ないよ?」

 「俺の目を誤魔化せると思うか?」

 「あ、あのね〜。
  私、別に誤魔化すような事何もないし。
  と言うか、柳君が気にする事じゃないし?」

目に見えて仲が良いという訳でもないのに
何となくいつも柳君は優しいなあとは思っていた

それは紳士と言われる同じテニス部の柳生君とは違って
傍らにいて見守られてるような空気のような優しさだ

それはありがたいとは思うけど
こんな風に直接的に関与してくる柳君はいつもと違う

 「気にしない訳にもいかなくてな。」

 「そんなデータも必要なんだ?」

呆れて返せば柳君は少し意地悪な笑みを浮かべた。

 「では聞くが・・・。」

 「何でしょう?」

 「幸村と何かあったのか?」


その時の私の気持ちなんて誰にも分からないと思う

柳君を侮ってはいけないと心底驚いた

もちろんこの聡い柳君が
テニス以外のデータを集めるなんて思ってもいなかった訳だけど
それでも同じテニス部の柳君に
私は自分の気持ちを悟られないように
逆に細心の注意を払っていたつもりだった

柳君の側にいれば幸村君と仲良くなれるかもと
下心がなかった訳ではなかったけど
そんなやましい気持ちを柳君に知られるのは嫌だったのだと思う

 「別に、何もないよ?」

 「そんな訳はないだろう?
  あの幸村が凹んでいるのだからな。」

 「えっ?
  何で幸村君が凹むの?」

 「だから、が何かしたのだろう?」


・・・

前言撤回

柳君は私の味方なのかと思ったけど
やはりそうではないらしい

何で幸村君ではなくて私の方に非があるみたいな言い方なんだろう?

腹立たしくなって思わず柳君に抗議した

 「何かって何?
  私のせいだって言うの?
  凹んでるのは私の方なのに?
  私なんて毎晩幸村君に振られる夢を見るんだよ?
  せめて夢の中でくらいいい思いをさせてくれたっていいじゃない。
  それなのに・・・。
  柳君にまで責められたら私、もっと眠れなくなるじゃない!」

とても馬鹿げた事を言ってる、という自覚はあった

でも止められるものじゃない

ここの所の睡眠不足はストレスを生む

行き場のない恋心と不満は
醜いと思ってももうそれを自分の中で暖めておく事なんて
出来ないと思った

疲れた

もう嫌な女でもいい

身分違いな恋をした愚かな同級生だと
柳君に蔑まれてもいいやと投げやりになった



それなのに

柳君は極上の笑みなんて浮かべちゃったりしている


 「やはりそうなんだな?」

 「何が?」

 「は 幸村が好きなんだな?」


知られた所でもういいやと投げやりになったくせに
正直柳君の口から聞かされるともの凄く恥ずかしくなった

もう終わった事なんだよと
さらりと返せるほど私は大人でもないし器用でもない

 「だったら何なの?
  別に私、他の子みたいに
  告白したいなんて思ってる訳じゃない。
  そりゃあ仲良くなれたら嬉しいけど。
  夢の中で幸村君に会えるだけで幸せだったんだよ?
  出て来てくれるだけでも良かった。
  笑いかけてくれるだけでも良かった。
  それなのに、そんなささやかな思いもなくなって。
  毎晩、毎晩、幸村君に会えても振られるなんて、
  柳君にはわからないでしょ?」

 「ああ、さっぱりわからないな。」

深くため息を付かれて泣きそうになった

結局失恋の痛みなんて本人にしかわからないもの

途端に授業に出る気が失せた

このままどこかに消えてなくなりたい

鞄を持つ手に力を込めて振り返ったら

そこには

幸村君がいた


 「ああ、本当に。
  ちゃんと聞かないと全然さっぱりだ。」


入口に立っている幸村君の胸元にはネクタイがなくて
それもボタンが一つ掛け間違ってる

ああ、ネクタイは鞄と一緒に手に持ってるんだ、
なんてどうでもいい事に目が行っている

だけど頭の後ろの方で、今の柳君との会話を
幸村君がどこから聞いていたのかと
高速回転で考えてる自分もいて二の句が告げない

 「柳、ありがとう。」

 「ああ、俺のデータに狂いはなかっただろう?
  では俺は授業に出る。
  後は直接聞くんだな。」


昇降口で二人っきりにされてしまった

昨日とはまた違う、別の意味で緊張感の漂う昇降口

幸村君はもの凄く安心したような笑顔を浮かべている

私の方は多分引き攣ってる・・・


 「さん。」

 「あっ、はい。」

 「最初に言っておくけど。」

私はごくりと唾を飲み込んだ

ドキドキする胸の高まりに幸村君の声がかき消されそうだ

 「俺、さんを振った覚えはないけど?」

 「・・・。」

 「俺、何も言ってないよね?」

更に畳み掛けられて私は頷くことしか出来なかった

 「本当は昇降口で告白するなんて
  ちょっとムードがなさ過ぎかな、って思ってて。
  でも言わなきゃ、と思ってたら
  その前にさん、走り出すし。
  俺、嫌われてたっけ、ってあり得ない位動揺しちゃって。」

 「えっ?」

 「だから、俺、さんに告ろうと思ってたんだけど。」


まじまじと幸村君の顔を見上げたら
照れたように恥ずかしそうに頭をかく幸村君を初めて見た

これってひょっとして幸村君は私の事・・・

 「なんかさ、今まで色んな子に告白されて
  軽い気持ちで聞き流して断っていたんだけど、
  いざ自分がそういう立場になってみたら
  告白って難しいんだなって思ったよ。」

幸村君は思い出すように苦笑した

 「一言も言いたい事を言えない前に
  さんに逃げられて。
  俺は振られた訳じゃない、って思いながら
  毎日落ち込むばかりで。
  どうすれば良かったのかなんて全然分からなくて。」

それは私も同じ

いざ好きな人に告白されるかと思うと
どんな顔でどんな気持ちで受け止めればいいのか分からない

と言うより全然動けない

口の中がカラカラだ


 「でも、今日は最後まで聞いてよね?」

 「う、うん。」

 「さんの事、俺、好きだから、
  付き合って欲しい。」

まるで夢みたい

夢なら覚めないでって思うけど
現実だったらどうすればいいんだろう

 「俺の彼女になってくれる?」

こくりと頷けば次の瞬間、
「ああ、よかった!」と耳元で囁かれながら
幸村君の腕の中にいる自分にびっくりして悲鳴を上げてしまった

それが昇降口では響くものだから
自分で自分に恥ずかしくなって真っ赤になってしまった

 「そんなに驚かなくても。」

クスクス笑われてそれでも嬉しくて

幸村君の広い胸の中は熱いくらいで

だけどいきなり過ぎて怖いくらい

 「だ、だって、夢みたい。」

 「夢じゃないよ?
  でも、そうだな、
  今日からは夢の中でもこうしているかも。」


きっと幸村君の一言、一言が
夢の中で再現されるだろう

 「・・・夜が楽しみ。」

ぼそっと呟けば幸村君の艶やかな声が返って来る

 「それはいきなり大胆発言だね。」

 「えっ?
  ち、違う。
  ゆ、夢の中でも会えるから
  それが楽しみだって言う意味で・・・。」

 「夢の中でも会いたいけど
  今日は夜まで時間は一杯あるよ。
  ね、取り敢えず教室まで一緒に行こう?」

クスクスと笑われて手を握られた

 「休み時間ごとに会いに行く。
  昼休みは一緒にお昼食べたいね。
  もちろん、放課後はテニス、見に来てね?」

楽しそうに話す幸村君を
ふわふわした気持ちで見上げてた

でも全然幸村君の話なんて耳に入らず
そのまま手を繋いで私の教室まで歩けば
ボーっとしていた自分にはっと気がつく

 「あっ、ゆ、幸村君?」

 「何?」

 「幸村君のクラス、通り過ぎたんじゃ・・・。」

 「うん、だって、ほら、さんを送りたいし。」

 「えっ、だ、だって。」


言わなかったり、しなかった事でもう後悔したくないから、
と幸村君はこの間の事を持ち出す

すでにどこの教室もHRは始まっているらしくて

私は段々青ざめてくる

嬉しいけど

だって

絶対

ほら・・・




 「何だ、幸村。
  お前のクラスはここじゃないだろ?」

 「もちろんです。」

担任の声と幸村君の声が霞みのように遠くで聞こえる

私、多分、今、現実逃避したい気分です



 「俺の彼女を送り届けただけです。」



平然と言ってのける幸村君

割れんばかりの教室内の悲鳴と冷やかしの声

ちらりと教室を覗けば柳君の
明らかに笑いを堪えてる顔が小さく目に入った


夢なら覚めて!


幸村君の背中に向かって呟いてしまった事は
幸村君にはもちろん内緒です・・・。







The end


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2010.6.16.