君が僕を見つけて
僕は君を探すよ 2
バレンタイン当日。
運命とは皮肉なもので、
結局は熱を出して学校には行かれなかった。
本人も落胆してはいたのだが、
それ以上に親友のの落胆ぶりは尋常ではなかった…。
翌日もは欠席だった。
その日の昼休み。
は自分たちの教室を覗き込んでる幸村を見て驚いた。
幸村のクラスとのクラスは中庭をはさんでかなり離れている。
もちろんこのクラスにはテニス部の丸井ブン太がいるわけだから、
テニス部部長の幸村が来てもおかしくはないのだが、
今まで一度だって来た事がなかったわけだから、
やはりその光景は不自然さが付きまとっていた…。
「あっれ〜、ユキじゃない!?
俺になんか用でもあった?」
ブン太が椅子を揺らしながらのん気に幸村に声をかけた。
「うーん、ちょっとね。」
そう言いながらも幸村は教室の中を見回していた。
「ねえ、ブン太のクラスの女子って、今、全員いる?」
「へっ?
ああっと、いるんじゃねーか?
今日は寒いから外で食おうって奴はいねーと思うし。」
ブン太は相変わらず椅子を揺らしながら興味なさ気に教室内を見回した。
「でも、このクラスが最後なんだけどな…。」
ため息をつく幸村を見てブン太はちょっとびっくりした。
「誰か探してんのかよ?」
「まあね。でも顔しか知らないんだ。」
「へえ。ユキが気になる奴なんて珍しいな…。
ああ、そう言えば、休んでる奴がいたっけ。」
ブン太は思い出したように言うと、に声をかけた。
「おーい、!
の奴、今日も休みだったよな?」
「なら昨日から風邪で休んでるけど…。」
はブン太に返事を返しながらも、
幸村の顔がほんの少し嬉しそうに輝くのを訝しげに見ていた。
「 って言うんだ…。」
幸村はそう呟くとブン太に何事か耳打ちし、
さらにの元へやって来た。
「君はの友達?」
「え、ええ…。」
「じゃあ、俺がどうして彼女を訪ねてきたか、わかる?」
「えっ?わかる訳ないでしょう?
と幸村君って接点ないはずだし…。」
「何? 俺と彼女じゃ釣り合わないとでも?」
幸村の意地の悪い微笑みには身のすくむ思いだったが、
親友のために勇気を奮い起こして幸村を睨み返した。
「誰だってそう思うんじゃないかしら?」
「ふふっ。まあ君にどう思われたって気にしないけどね。
バレンタインには俺に会いに来てくれるんじゃないかって
期待してたんだけど。
いつまで待っても来てくれないから、
もしかしたら俺の独りよがりだったのかなって…。」
小さくため息をついた幸村は噂の張本人とは思えないくらい気弱に見えた。
「でも風邪なら仕方ないな。
ああ、でも、彼女の存在がこんなにも大きくなってたなんて
自分でも意外なんだ。」
そう言ってを見ながらクスッと笑う幸村は確かにいつもとは違って見えた。
は幸村が本当にを好きなのか、未だ信じられない様子で彼を見据えた。
けれど、気弱なふりも、気障な台詞も板に付きすぎて、
どこに本心があるのか計りかねる。
大体が幸村を信じ込んでるのが気にくわない。
天真爛漫なを、幸村という悪魔がから奪おうとしているようで、
どうにも幸村の言葉を鵜呑みにできないでいた…。
「…それで? 私に何か用な訳?」
「うん。今日、俺はの事をずっと探しちゃったからね。
今度は彼女に俺の事を探してもらいたいんだ。」
そう言ってまたクスクス笑う幸村は、
やっぱりどこかには不真面目に映る。
は絶対幸村に騙されてる…。
さっきの言葉だって怪しいものだ。
なんたって幸村が今まで本気で人を好きになった事があっただろうか?
幸村が捜しに来た事をに言うのはやめておこう…。
の心中穏やかでない気持ちを察したのか、
幸村は不敵な笑みを浮かべながら髪をかき上げている。
「君が僕の事をどう思おうと勝手だけど、
彼女はきっと俺を捜しに来ると思うよ。」
「なっ!?」
「君にそれを止める権利はないと思うけど。
彼女に伝言してくれるかな?」
幸村は自分の生徒手帳の白紙を1枚破ると、
そこに何やら書き込んだ。
それを二つ折りにするとに渡した。
「これをに渡してくれる?
ただし、俺の名前は決して教えないでね。」
にっこり笑って幸村は言うものの、
その目は、口外したらどうなるかわかってるだろう?と
言わんばかりの圧力をに向けていた。
は頷くと折りたたまれた紙を受け取った。
その翌日。
はから幸村の手紙を受け取った。
『 へ
やっと君を探しに来たけど会えなくて残念。
だから今度は君が探しに来てくれるかな?
3月5日に会いたい。
その日は俺の誕生日なんだ。
だから、待ってるよ。 』
は手紙を読むと頬を赤らめながらを見た。
「ねえ、。
素敵な人だったでしょう?」
「う、う〜、なんともその質問には答えられないわ。」
は頬杖をしたままの表情を食い入るように見つめていた。
「、本当に彼が好き?」
「うん。」
「名前を知って、幻滅するような人でも?」
「えっ?そんなにおかしい名前の人なの?」
「いや、そうじゃないけど…。」
「別に名前なんてどうでもいいんだ。
名前を知る前にあの人のこと、すごく好きになっちゃったんだし。」
「そ、そんなもん?」
「うん。
でも、これで名前がわかればどこにいても呼べるから、
やっぱり嬉しいかな。」
はの言葉にやれやれといった顔をした。
きっと今のに何を言っても無駄だろうな、とは思った。
はそんな親友の心配をよそに、
彼にあげるためのプレゼントですでに頭の中は一杯だった。
そして約束の3月5日。
一人ではどうしても心配だと叫んでいたをどうにかなだめて、
はひとりで立海大の門をくぐった。
前日に焼いた、手作りのチョコマフィンを入れた紙袋を大事そうにその胸に抱えて。
5日は土曜日だったから、校内には部活のある生徒しか登校していない。
は運動場内のサッカー部や野球部を尻目に、
とりあえず文化部で今日活動してる部から当たる事にしていた…。
2時間後。
彼に似合いそうな吹奏楽部や美術部、写真部、軽音楽部などを覗いてみたが、
彼に会う事はできなかった。
(運動部だったのかなあ?)
日焼けなどしていない、どちらかといえば華奢な感じに見える彼が、
体育会系とはには想像できなかったのであるが、
今日待ってる、と言うのだから、絶対どこかの部に所属してるはずである。
はフェンス越しにサッカー部の練習をぼんやり見ていた。
(彼は背が高いから、バスケットとか、バレーボールとか…?)
「。」
不意に自分の名前を呼ぶ声にが振り返ると、そこにはブン太が立っていた。
「あっ、丸井君。」
「何やってんだ?」
「うん、ちょっと人探し。」
「へえ。で、見つかった?」
ブン太はの探し人が誰か知ってるくせに聞いた。
ついでに言うと、これも幸村の差し金だった。
をみすみす野球部だのサッカー部だのの連中に会わせる訳にはいかなかったからだ。
「それがまだ。
文化部はほとんど回ってみたんだけど、
もしかすると運動部なのかなあって思って。」
「なあ、ちょっくら休憩にすれば?
俺、部室にラムネ隠してあるんだ。
ごちそうしてやるよ。」
「えっ、ほんと?」
は嬉しそうにブン太の後をついて行った。
「丸井君ってテニス部だよね?」
「ああ。」
「テニス部の部長とか副部長って怖くないの?」
の質問にブン太は噴出した。
「な、なんでだよ?」
「だって、がテニス部には近づいちゃダメって言ってたから。
女の子の敵なんだって。」
「の奴、ひでーこと言ってるなぁ。」
ブン太は苦笑した。
「なんなら部長と副部長が今打ってるけど、
見てみるか?
自分の目で確かめるのが一番だぜ?」
ブン太に促され、は初めて立海大のテニスコートに赴いた。
グリーンのコートは鮮やかで、心地よいラリーの音が幾重にも輪唱のようにこだましている。
いくつかのコートの一番奥で、
は激しく打ち合ってる2人をブン太に指し示され、
視線を移した途端、もう少しでマフィンを落としそうになった。
あの後姿…。
あれは間違いなくが捜していた人。
の心臓は早鐘のようにドキドキしていた。
「ね、ねえ、丸井君。
あの帽子をかぶった人は?」
「ああ、副部長の真田だ。
あいつの風林火山と対等に渡り合えるのは部長だけだぜ。」
「じゃ、じゃあ、あの後姿の人は?」
「幸村精市。」
「ユキムラ セイイチ…?」
は幸村の名前を口にした途端、
幸村に関する悪い噂話や泣かされた女の子たちの話をいっぺんに思い出した。
そしての言葉が頭の中で繰り返し囁いていた。
『名前を知って幻滅するような人でも?』
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2005.3.5.