それはそれとして







 「ね、だからさ、誕生日なら受け取ってくれるのかな?」



目の前の親友は同姓から見ても可愛いと思う。

小首を傾け、憂いを秘めたその長い睫を瞬かせ、
鈴のような声で聞かれれば肯定の返事以外は返せないように思う。

心持ちウェーブの掛かった髪を指に絡みつかせ
思案気にため息を付く様は
自分が異性なら放っておけないだろう、等と思わずにはいられない。

だから、には勝てない。

はそう思う。



別に勝ちに拘っている訳ではないけれど
少なくとも同じ土俵に上がれば
には勝てないと思っている。

だから、バレンタイン前に
に好きな人の事を告白された時
ああ、これで自分の思いは告げられなくなったと諦めた。

でも応援しようと思った。

の恋が実を結べば
少なくとも自分は彼女の親友という立場で
彼の側にいる事を許されると信じたからだ。


の恋の相手は立海大テニス部部長の幸村精市。

高嶺の花にふさわしく、眉目秀麗な彼の人気は
留まる所を知らない。

そんな彼に夢中なはバレンタインデーに
手作りチョコを渡したいと相談してきた。

幸村にチョコをあげる建前もなくなってしまった
仕方なくその分を手助けする事で今年のバレンタインを
やり過ごす事にした。

だから手作りチョコも自分がそうしただろう
真心を込めてを手伝ったのだ。

そうして一人では渡せないというにくっ付いて
なんとか幸村を呼び出しチョコを渡す算段にこぎつけた。

それなのに。

幸村は気持ち面倒臭い表情を隠しもしていなかった。

もちろんに背中を押されて一歩前に出てる
全く気付いてないようだったけど。


 「あ、あの、幸村君。
  チョコを作ったんだけど受け取ってくれるかな?」

心持ちビブラートがかかったの声は
とても可愛くてこれぞ女の子の中の女の子、
と思うほど一生懸命さが伝わってくる。

それなのに幸村はにこりともしない顔でに尋ねた。

 「それ、本気チョコ?」

 「えっ? も、もちろん。
  私、幸村君の事、すごく好きだから。」

頑張ってる。

がとっても頑張ってる。

は自分の伝えられない気持ちもその声に乗せていた。

だから幸村がどんな風に答えるのか、
手に汗握る思いで真剣に幸村の顔を見つめてしまった。

はさすがに告白したのが恥ずかしくなったのか俯いている、
そうしたらの頭上越しに幸村と目が合ってしまった。

幸村の真っ直ぐな視線には驚いてしまった。


  何で?

  何で私を見るの?


友だちなんか連れて来て告白なんかするなよ!
幸村の視線がそんな風に思えての背中は怖いくらい冷や汗が出た。


  もし、もし上手く行かなかったら・・・

  私のせいだろうか?



 「悪いけど、本気チョコは貰わない事にしてる。」

 「えっ?」

 「お返しを求めない義理チョコだって言うんだったら受け取るけど。
  どうする?」

幸村の言葉にが落胆したのが分かった。

本気チョコなのにそれを義理チョコと訂正しなければ貰ってもらえない。

なんだかそれは随分理不尽な事のように思える。

けれどより割合楽観的な
幸村の言い分をあっさりと受け止めたようだった。

 「なら、義理チョコでお願いします。
  貰ってもらえるならそれでもいいから・・・。」

 「そう、じゃあ貰うね。
  ありがと。」

幸村もすんなりの手からそのチョコを受け取る。

はその一連の流れをなんだか妙な気持ちで眺めていた。

 
  本気の気持ちを義理にしてしまうなんてあんまりだ


憤慨する思いでその場に立ち尽くしていたら
幸村は冷たい一瞥をにくれるとさっさとその場を立ち去る。

とてもとても憧れていたのに
自分は今日のこの件に関して無関係なはずなのに
幸村に一瞥されてなんだか無性にがっかりした。

それなのに傍らでは幸村の後姿を見送りながら
うっとりした声を出していた。

 「やっぱりかっこいいね、幸村君。」

 「えっ?」

 「チョコばっかりもらうのって大変なんだね。」

 「大変?」

 「違うものにすればよかったかなあ?」

見当違いのの言葉にはため息をつく。

そういう事じゃない気がする。

きっと何をどう貰っても
幸村は喜びそうにないような気がした。

だけどそれを自分の口からに言う気にはなれなかった。








「ね、だからさ、誕生日なら受け取ってくれるのかな?」


日直の仕事で残ると言うとも付き合って残ってくれた。

でもそれは幸村の誕生日に何をあげたらいいかという、
の相談に付き合う形となっていた。

 「誕生日?」

 「うん。
  ほら幸村君って甘いものは好きじゃなかったみたいだし。
  実用的なものなら喜んでくれるんじゃないかなあって。」

人が真剣に日誌を書いているのに
は机に頬杖をつきながら話しかけてくる。

 「ねえ、って柳君と仲良かったよね?」

突然振って沸いた話にはシャーペンを取り落とす。

 「な、何言ってるの?
  別に友達でも何でもないよ?」

 「えー、でも確か図書館で何回か話し掛けられてたじゃない?」

 「あれは委員会が同じだっただけで
  図書の貸し出し係の事かなんかの話だったよ。」

 「私なんてテニス部の人と1回も同じクラスになった事ないから
  普通にしゃべる機会もなかったのに・・・。
  そう言えばと丸井君が一緒のとこも
  何回か見かけた事あったよ?
  去年同じクラスだったんだっけ?」

確かに去年丸井と同じクラスだったけど
それだって調理実習でお菓子を作った時だけ
丸井にたかられてただけで、
丸井は誰にでも気軽に声を掛けていたから
特に仲が良かった訳でも何でもない。

 「が思うほど別に親しくもなかったよ?」

 「でもさ、私よりは話しかけやすいでしょ?
  だからさ、から幸村君が貰って嬉しい物を
  さり気なく聞いてもらえないかな?」

目の前で拝み倒されればの性格上
嫌と言える訳がない。

けれど冷静に考えれば考えるほど
柳や丸井に幸村の事を気軽に聞ける自分ではない。

大体もっと話し易ければとっくに
幸村のリサーチは完璧だったはずだ。

 「そんな事言われても。」

 「ね、お願い。
  幸村君に誕生日プレゼント、渡したいし。
  それでだめだったら諦めるからさ。
  協力してよ、〜。」

きっと初対面でもこんな風に
丸井や柳に頼み込めば案外すんなり
欲しい言葉を得られるんじゃないかとは思う。

けどに頼り切られているとしては
そんな彼女を憎める訳でもない。




生返事をしたもののは鬱々と
幸村の誕生日の事を考えていた。

必死になりきれないのは
自分が幸村の欲しいものを聞き出せた所で
自分は何もできないと分かっているからだ。

柳たちがはたして幸村の好きなものを
それ程親しくもない自分に話してくれるかどうかは
さっぱり自信はなかったのだけど、
本人に聞くよりかはまだ勇気はある。

は仕方なく柳のクラスへと足を向けた。



ばらばらと部活に行く同級生たちの背を見送りながら
は柳のクラスを覗き込んだ。

すでに部室に行ってしまったかと危ぶんだが
廊下側の席に長身の柳の後姿を見つけては安堵した。

とてもテニス部の部室にまで押しかけて行く気には
なれなかったから、柳が何か書き物をしていてくれる様に
ひとつため息をついてから控えめに呼んでみた。

 「柳君。」

振り返る柳は心持ち驚いたかのようにペンを置いた。

 「今少しだけいいかな?」

 「か。」

おずおずと柳の側に近づけば
柳のクラスにまだ残っていた女子が
数人の方を見て顔を見合わせている。

柳に話しかけるのもなかなか難しいものだ。

 「まだ部活には行かない?
  あの、少し聞きたい事があるのだけど。」

ここでのようににっこり微笑む事ができれば
柳とももう少しお近づきになれるところだが
生憎にはそういう社交術はない。

勇気を振り絞って話しかけたものの
その先を流暢に話す事もできず
いきなり本題に入るなど自分にできる筈もなかったと
柳の前で後悔してしまった。

 「まあ、そこに座ったらどうだ?」

落ち着いた声でさり気なく隣の席をすすめられ
は素直に椅子に座った。

柳の側に立ち尽くしているよりも
数段目立たなくなった事に気づいて
柳の優しさに救われる思いだった。

 「で、何が聞きたいのだ?」

 「う・・・ん、ほんとたいした事じゃなくて。」

 「そうなのか?」

 「あっ、ううん。」

なんだかここへ来て緊張してしまった。

幸村本人を目の前にしてる訳ではないのに
ただ幸村の名前を口に出そうとしてそれだけで震えてしまう。

友だちの為にここへ来ていると言うのに
聡い彼なら本人が幸村の事を尋ねに来たと
容易に考えてしまうだろう。

そう思うと重い唇はなかなか開いてくれない。

 「精市の誕生日の件か?」

 「えっ、どうして?」

 「この時期、他の女子にも聞かれる事が多くてな。」

柳は緩やかな弧を描くように口元を緩めた。

 「そうなんだ。」

 「違うのか?」

柳の問いにゆっくりと頭を振る。

 「そんなに特別気負わなくてもいいのではないか?
  精市は別に何を貰っても喜ぶと思うが。」

柳のありきたりな言葉には少なからず失望した。

きっとどの女の子たちにも柳はそう言って慰めているのだろう。

がじっと黙っていると柳は一つため息をつきながら
言葉を続けた。

 「傍目にはそういう風に見えないだろうが
  精市はが誘えば、たとえファミレスのケーキセットでも
  驚くほど有頂天になるだろうな。
  まあ、俺としてはそんな精市は見たくもないが。」

 「えっ?」

驚くはまるで意味が分からないという表情を浮かべた。

 「や、柳君、何か誤解してるよ?」

 「誤解?」

 「そ、そう。
  私、の代わりに柳君に聞きに来てるの。
  プレゼントを渡すのはなんだけど。」

スカートの上で組んでいるの拳は力が入りすぎて白くなっている。


 「それはがっかりだな。」

呟く柳の声に恐ろしく爽やかな声が被さった。

 「何、人の知らない所で俺の話してるの?」

その声にの身体は椅子の上で跳ねた。

いや正確には跳ねた訳ではなかったが
体中の筋肉が縮こまったような感覚で息もつけなかった。

ゆっくりと足音が響いて
片手をポケットに突っ込んだまま幸村は
柳の机の上にもう片方の手をついた。

 「柳、赤也が練習メニューを探していたよ?」

 「それは興味深いな。」

 「真田には適当に言っておいて。」

 「では貸し一つにして置こう。」

柳は手際よく机の上の紙束を揃えると
鞄に入れるでもなく立ち上がった。

は幸村を視界に入れることなく
息を潜めていた。

椅子に座ったままの自分が立ち上がるには
幸村が邪魔だ。

と言ってこの状況ではやがて幸村と二人きりになる。

思わぬ展開には俯いたまま自分の手を見つめていた。









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