それはそれとして 2
頼みの綱の柳が教室を出てしまうと
教室の中は静まり返っていた。
いつの間にか本当に二人っきりになっている。
ドクドクと上がる心拍数に押しつぶされそうだ。
幸村は、と言えば、ちゃっかりと空いた柳の席に座っている。
ちらりと目線を少しだけ動かせば
膝の上で組まれた幸村の大きな手だけが目に入った。
「それで、柳と何を話していたの?」
もちろん答えられる訳がない。
「君は余程友達思いなんだね。」
静かにそう言われれば
バレンタインに酷く睨まれた記憶が蘇る。
何だ、話の内容は聞いていたんじゃないかと
は呆れた。
と言ってもどの辺から幸村がこの教室に入って来ていたのか
全然気付かなかったのだから仕方がないのだけど。
「ねえ、聞きたい事があるなら
直接俺に聞けばいいだろう?」
幸村につっけんどんに言われた。
何だかこの間から幸村にはよく思われていない感じがする。
それもますます幸村に嫌われている感じがして
本当の事も本当じゃない事も口に出せない。
「ねえ、そのままだんまりを続けられると
俺、部活に行けないんだけど?」
畳み掛けるように幸村にため息混じりに言われて
そんな無茶苦茶なとは心の中で毒づいた。
どちらかと言えば意地悪してるのは幸村のような気がする。
好きだなって自覚した所へ
親友のカミングアウトで自分の想いに蓋をして
それだけでも自分は偉いなって思うのに
片思いの相手にこんな風に非難めいた事を言われれば
段々イライラが勝ってくる。
「じゃあ、聞きますけど。」
ちょっと声が掠れたけど
は頑張ってこの状況を打開するべく声を出した。
「誕生日にもらって嬉しいものは何ですか?」
「何でもいいよ。
君がくれるものなら。」
即答する幸村にびっくりして思わず顔を上げてしまった。
そこには満面の笑みを浮かべた幸村が
を迎えてくれていた。
幸村はずるいと思う。
あんなにイライラした気持ちも
幸村のこんな表情であっという間に消し飛んでしまう。
おまけにさっきとは打って変わって
声も表情もとても優しくなっている。
それに、だ。
君がくれるもの、とはどういう訳だ?
幸村はがに頼まれて
が渡したい物を聞きに来ているとわかっているはずだ。
それを友達思いだと皮肉っていた彼が
そんな切り返しをしてくるのはおかしい、と思う。
「だから、私じゃなくて、私の友達が
幸村君にあげて喜んでくれる物、と言う意味なんだけど?」
「わからないかな?
君以外の人から貰って嬉しい物なんて何もないんだけど。
大体、以外から貰うつもりもないし。」
「えっ?」
「鈍いな、は。
俺、告白してるんだけど。」
棚からぼた餅?
いやいやいや、青天の霹靂?
幸村が自分の事を好きだと言っている。
もの凄く嬉しい、と思った瞬間、のせいで胸が詰まる。
が知ったらどう思うだろう、と思うと
告白されて有頂天になる前に奈落の底へ落ちたような気分に
別の意味で心臓がドキドキしてきた。
やましい事ではないはずなのに
思わずふいっと幸村の視線から逃げた。
「ああ、やっぱりそういう反応するんだ?
友だちに華を持たせようとするんだね、君は。」
盛大にため息をつかれて
だってチャンスを逃しかけてる自分にため息をつきたかった。
両思いなのにちっとも嬉しくないなんて
こんなに寂しい事はない。
「ねえ、俺の事どう思ってる?」
「べ、別に・・・。」
それしか今のには答えようがない。
「好きか、嫌いかで答えたらどっち?」
「・・・。」
「ねえ、どっち?」
「き、嫌いじゃない。」
「それは答えになってない。
好きか、嫌いかで答えたらどっち?」
なおも食い下がる幸村に
は小さい声で答えた。
「す・・・き。」
「よくできました!」
の返答に満足したのか、幸村は突然立ち上がると
の手首を掴んで教室から廊下へと引き摺るように出た。
「あの・・・。」
「ああ、もうほんとに頭にくる!
このじれったさがイライラするんだ。
でもそこが君らしいんだけどね。
そこは分かってあげるけど
俺の気持ちも貫き通させてもらわないと
もっとイライラしそうなんだ。
それにのままじゃ、蓮二にも馬鹿にされそうだしね。」
「ゆ、幸村君?」
「いい?
君は悪くない。
俺が悪者になればいいだけだろ?
大丈夫、心配は要らないよ?」
幸村はずんずんと廊下を大股で歩く。
それに必死になって付いて行きながら
幸村が目指す先が自分の教室だと分かると
さすがにも観念した。
もう自分でどうにかできるレベルではないし、
幸村はが真正面から向き合わない事を
許してはくれなさそうだった。
それはには持ち合わせてない幸村の
真っ直ぐで驚くほど直情的な愛情表現なのかもしれない。
教室の中には思った通り、
の帰りを待っていたが突然の幸村の来訪に
目を丸くしていた。
と同時に、幸村が掴んでるの手に目は釘付けになっていた。
「!」
「は、はい。」
幸村の登場に緊張した面持ちのは
やっぱり可愛いな、とは思った。
不可解な表情は浮かべているけど
それでも幸村に名前を呼ばれ嬉しそうに大きな目で
幸村を見上げている。
とても自分には真似できない可愛さだ。
「見ての通り、俺はよりを選んだ。」
もの凄い直球にが倒れるんじゃないかとは心配した。
でもはじっと幸村を見つめていた。
「俺はが好きなんだ。
だけど友だち思いのは
君に悪いと思って俺と付き合う事を喜んでくれないんだ。」
「そう・・・なんだ。」
「俺が勝手にに告白した。
でも俺も一応には本当の事を言おうと思う。
このままが君の為に俺を受け入れてくれないなら
俺は一生君を恨む。」
「幸村君!」
ここでやっとが幸村に向き合った。
幸村の事を好きなにそんな酷い事を言うなんて
思ってもいなかったからだ。
でも幸村は平気で続けた。
「恨んで憎んで口も利かない。
ずっと無視する。
でも、君が俺の事を許してくれるなら
がそうであるように
俺もきっとの事を大切にするよ。
さあ、君はどうする?」
そんな言い草があるだろうか?
バレンタインの時と同じ、
いやそれ以上に無茶苦茶すぎる。
どちらにしてもは失恋決定なのだから。
「幸村君ってやっぱりカッコイイね。」
しばらくしてがポツリと声を洩らした。
がを見るとその目には一杯涙が溜まっていた。
「まさかこんな風に振られるなんて思ってもみなかった。」
「・・・。」
「はいつから幸村君の事、好きだった?
私が打ち明けた時より前だった?」
は答えられずに下を向く。
胸の奥がぎゅーっと締め付けられて悲しくなった。
そうしたら幸村はの手首ではなく
の手に自分の手を絡ませてきて
力強く握り締めてくれた。
その暖かさに一瞬悲しいと思った事が薄れたように思った。
「ね、幸村君。
のこういう所が可愛いって思った?」
「ああ、イライラするほど。」
「ふふっ、私とおんなじだね。
は優しい子だから。
とてもとても私の事想ってくれてるから・・・
うん、になら幸村君取られても仕方ないかな。」
は涙を指先で拭うとに近づいて
その身体をぎゅうっと抱きしめて来た。
「も泣かないで。
私、失恋しちゃったけどあんまり悲しくないよ?
だって幸村君と友達になれるんだよ?
凄いと思わない?」
凄いのはの方だよ、とは思わず呟きながら
の方に顔を埋めるようにして込み上げるものを
必死で堪えようとした。
「!」
あれからものの数日も経たないうちに
幸村はの事を名前で呼ぶようになった。
の手前、あまり馴れ馴れしいのも気後れがするだったが
幸村は全然気にも留めない。
にも同様優しく接してくれるし、
は失恋したとは言え、
幸村がちゃんとの事も大切にしてくれるので
とても嬉しそうに幸村と話している。
そんな二人をはお似合いだと思うのだけど
そういう事を言うと幸村の機嫌が悪くなるので
口には出さない。
今こうしてが幸村の彼女になってる事の方が
とても不思議な感じがしてしまう。
きっと周りだってそう思ってるに違いない。
「幸村君。」
「またそれを言う。」
「あっ////」
「名前で呼んでって言ったはず。」
そう言われても呼び捨てになんて急にはできない。
放課後テニス部の部室に行けば
隅にプレゼントが山のようにかためてあるのが見えた。
以外からは受け取らない、と幸村は言ったものの
その人気の力には勝てなかったようで
行き場のないプレゼントは部員経由で部室に集まったらしい。
名前呼びの件に関しては聞こえなかった振りをして
はまじまじとその山に視線を送った。
「それにしても凄い量だね。」
が感心して言えば幸村は呆れた様にの額を小突いた。
「そこはもっとやきもち妬いて欲しいとこだけどね。」
「そう言われても。」
「まあ、いいけどさ。」
並んで歩き始める前に幸村がポケットから小さな包みを見せた。
「からももらった。」
「うん、知ってる。
ちゃんともらってくれてありがとう。」
幸村があの時の約束を守ってくれてるのがには嬉しかった。
「と同じものだよってカミングアウトされたよ。」
何をプレゼントすれば言いか散々悩んで
結局とは同じリストバンドを幸村に贈った。
さすがにそんな所で仲のよさを見せ付けられるとは
思わなかった様で、幸村はしばらく黙ってしまったけど。
「両方とも使ってね。」
「に言われたら仕方ないね。」
幸村は静かに笑った。
「じゃあ、が待ってるから行く?
あそこのケーキ、凄くおいしいから楽しみ。」
3人で幸村の誕生日をお祝いしようとが持ちかけた。
幸村とが仲良くなってくれたのが嬉しかったし、
今こうして幸村と両思いになれたのもの理解のおかげだし、
何よりにも喜んでもらいたいとは思っていたから。
弾むきもちで幸村を見上げたら
幸村はの手を掴んでぎゅっと握り締めてきた。
「は来ないよ?」
「えっ?」
「先に帰ってもらった。」
「何で?」
の顔から笑みが消えた。
「俺はに約束したよね?
の事を大事にするって。
それはがそう望んでいると思ったから
の思いを汲んだんだ。
でも俺の中での優先順位はよりも君の方が上だ。」
「なら。
私、今日は3人でお祝いしたいって頼んだよね?
私の思いを優先してくれるよね?」
「君が自分の事よりを優先するのは分かってた。
でもね、俺の中では君よりも俺の気持ちの方が優先されるべきなんだ。」
「えっ?」
「だって俺の方が何倍もの事が好きだから。
だから誕生日には二人っきりで過ごしたい。
分かってくれるよね?」
手を引かれて幸村の腕の中に閉じ込められた。
何を貰っても嬉しいけど
本当はが欲しかったんだ
そんな風に囁かれて
の頬は一気に上気した。
やっぱり幸村君は意地悪だ、と呟けば
精市って呼べよ、と耳元で訂正された。
そしてそんなたちの背後から
部員たちの冷やかしの口笛が聞こえたけど
今は幸村が優先順位なのだとは心の中で観念するのだった。
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☆あとがき☆
幸村、お誕生日おめでとう。
お誕生日なので幸村の我がままを
許してあげようと思います。(笑)
2010.3.6.