ラブ・パワー 4
食堂で二人はそれぞれ別のランチを頼んだ。
退院したばかりで実はそれ程食べられないんじゃないかと
心配するの予想はものの見事に裏切られた。
ライスを大盛りにした幸村は
普通の男子と変わらない食べっぷりだった。
よりもゆっくり食べているようだったし、
食べている間も幸村はよく喋っていて
相槌を打つぐらいのの方がどうしたって食べるスピードは
幸村より早かったはずなのに
気付けば幸村は綺麗に食べ終わっていた。
「何?」
不思議そうに問われては慌てて視線を外した。
自分でもびっくりする位幸村を見ていた事に恥ずかしくなった。
「ううん、幸村君が元気そうで安心しただけ。」
「よく食べるから?」
幸村は笑い声を洩らした。
「今日のランチは格別美味しかったよ?
どうしてだかわかる?」
「さぁ?」
「さんと一緒に食べたからだよ。」
何のてらいもなく幸村はそう言った。
それにどう返事をしていいのか分からなくては困った。
幸村が快活そうに笑ってくれるのは素直に嬉しい。
教室で見せた笑顔とは全く違っている。
自分が側にいるだけで本当に幸村を元気付けられているなら
それはとてもいい事をしてる訳だけど
にはその自覚も自信もないから
幸村の笑顔を嬉しいと感じても眩しく見えるだけだった。
「ああ、幸村、こんなとこにいた。」
不意に割って入った声はテニス部の丸井だった。
「今日の午後から練習入るんだって?」
「ああ、そのつもりだけど。
でも当分は基礎練からだからコートには行かないよ。」
幸村と丸井の会話を聞きながら、
本当に今日から練習するんだ、と分かると
の胸はまた何となく締め付けられた。
幸村はやっぱり頑張るらしいけど
はどうしても病室で見た、「まだ力が入らないんだ」と言う
あの時の姿を思い浮かべるたびにテニスの練習なんて
無理じゃないかと思ってしまう。
いくら元気付けられたとしても
前のようにテニスが出来るかどうかは
そんな事だけであっさりと復活できるものじゃないと思う。
誰かはっきりと幸村に言ってあげられる人はいないのだろうか、
の眉間には自然と皺が寄ってしまう。
「これからミーティングやるって柳が言ってたけど幸村も来ねぇ?
これからの事もあるし、別メニューなら尚更
みんな幸村の話、聞きてーだろうしな。」
丸井はガムを膨らませながらまじまじとの事を見下ろした。
丸井の視線には慌てて席を立った。
「あ、私、先に教室戻ってるね?
幸村君は丸井君と一緒に行くでしょ?」
テニス部の皆が幸村を待っている、
そう気付けばとて引き止める理由は何もない。
けれど立ち上がってから、気を利かせるにしても余りにも唐突すぎたかと
びっくりしている幸村の顔ではまた赤くなった。
「そんなに慌てなくたって。」
幸村が小さくため息をつくからは申し訳ない気分になる。
どうも幸村の表情一つでコロコロ変わる自分の感情が
自身にも掴めなくてもじもじしてしまう。
幸村の邪魔はしたくない、
頑張って欲しい気持ちはある、
だけど無理はしないで欲しい、
なんとも理不尽な想いが募ってくるけど
そのどれもは言葉にできないでいた。
そんなを見て丸井はへぇ〜と言った顔つきになった。
「何、俺、お邪魔虫だった訳?」
「今頃そんな事を言ったって遅いよ。」
幸村はむっとした様な口調で丸井を窘めたが
それでもその表情はを見て笑っている。
「まあ、仕方ないか。
じゃあさん、俺、ちょっと寄って行くから。」
「う、うん。」
「その代わり放課後はちゃんと付き合ってね。」
「えっ?」
の返事も待たずに幸村は丸井と連れ立って歩いて行ってしまった。
後に残されては落ち着かない気持ちで幸村の背を見送った。
教室に入ろうとしたは親友のに有無を言わさず手を取られ
廊下に連れ出されるとずんずんと突き当たりの非常口の所まで引っ張られた。
何が何やら分からずにの顔を見れば
の機関銃のような質問攻めが始まった。
「いつから?」
「えっ?」
「ああ、もう、何で私に言ってくれないのよ?
水臭いじゃない。
いや、もうそんな事はどうでもいいけど、
そうなるんじゃないかとなーんとなく思ってはいたんだけどさ。」
「な、何が?」
「でもさ、ってそういうの疎いって言うか、
でもよく付き合えるなって別の意味で感心もするけど。
ちょっとびっくりだったからさ。
って言うか、滅茶苦茶噂になってんのに大丈夫かなって心配になるけど・・・。」
長々と喋る割りにちっとも話の中心が見えて来なくて
は唖然とを見つめる。
「だーかーらー、分かってる?
あの幸村君だよ?
まあがそういう性格だからいいのかも知れないけど、
こんなビッグカップル誕生に私は敬意を払ってる訳よ!」
「はい?」
「幸村君と付き合うなんて凄いなって。」
そんなんじゃない、と言おうとして気がついた。
なんだか他のクラスの子たちの視線も感じる。
それはに向けられてるものではなくて
明らかに自分に注がれている。
「ったら、声が大きい。」
「だってだって、凄いと思うじゃない?
幸村君がだよ、テニスができなくなるかもとか、
幸村君不在で全国大会も3連覇は無理かもとか言われてたのにさ、
のために全力で頑張るとか本人が言ったらしいじゃない?」
「ちょ、ちょっと待って!?」
「もう惚気話でも何でも大歓迎よ!!
なんか幸村君ってやっぱりスケールが違うよね。
いや、凄いのはか?
そんな風に言わせちゃうんだもんねぇ。
ああ、でもこれで親友の私もテニス部に顔出す時はフリーパスかも。
全国大会、一緒に見に行こうね!!」
嬉嬉として話すには突込みが出来ないでいた。
幸村は別にのためにテニスを頑張るなんて事は
一言も言っていない。
ただ好きなものを諦めないために頑張っているだけだと、
そしてそこにがいれば頑張れるから、と言っていただけだ。
でもその微妙なニュアンスはにはちゃんと伝わらない気もする。
「私、別に幸村君とは・・・。」
「いいって、いいって。
ってそういう子だもんね?
大袈裟に騒がれるの嫌なんでしょ?
でももう無理だって。
聞いたわよ〜?
幸村君、の写真を待ち受けにしてるんだって?」
「えっ!?」
「切原君が言ってた。
幸村君が凄く嬉しそうに見せるから当てられるって。
部長も普通の人だったんですねって呆れるくらい。
退院してすぐに復活なんてさすが神の子だと思ったけど、
いやいや、のせいなんだねぇ。」
にやにやするに呆気に取られた。
どうやら周りには恋人のために頑張る王子様像が
完璧に出来上がっているらしい。
確かに告白はされたけど
それは何となく誤魔化したままだった。
こんな噂に踊らされる幸村ではないと思うが、
けれどその反面、そんな噂に乗っかって
無理して頑張る幸村像が思い描ける気がして
は複雑な面持ちだった。
********
放課後、はクラスメートたちに冷やかされながらも
全く動じない幸村と連れ立って校庭の隅にいた。
軽く準備運動をしている幸村を
は木陰のベンチに座って眺めていた。
何をしてあげられる訳でもないけど
幸村はここにいてと笑って頼み込んでくるから
仕方なくは付き合っていた。
これから外周をゆっくり走って来るという幸村は
きっちりとジャージを着込んでる。
今日はまだ蒸し暑いと言う程ではなかったにしても
真冬のような格好には訝しげに幸村を見つめていた。
筋力の落ちた貧相な身体を見られたくないのだろうか?
でもそんなはずはない。
以前が受け止めた幸村の体は
思う以上にがっちりとしていてとても軟な体つきには感じなかった。
そんな風に思っていたら幸村が手を振って走り出すから
は思わず幸村の広い胸から視線をはずした。
暖かな温もりを思い出していたなんて
幸村に知られるのは恥ずかしいと思ったからだ。
しばらくしてそっと視線を上げて幸村を探せば
小さくなる幸村の先に緑のテニスコートが見える。
フェンス内に見える黄色のユニフォームが
激しく入り乱れている。
そのそばを幸村がゆっくりと走っている。
幸村が何を思って走っているのか
には分からないけれど
ハラハラする気持ちに変わりはなかった。
アンバランスな風景には小さくため息をついた。
こんなに一人の人をあれこれ考えた事など今までなかった。
あの時お見舞いにもし行かなかったら
こんな風に幸村と一緒にいる事なんてなかったかも知れない。
誰も知らない幸村の弱っていた姿を
も知らなければ良かったと思う。
そうすれば何の迷いもなく
幸村に向かって頑張って、と声が掛けられただろうと思う。
でも今はこうして幸村の帰りをただ待つだけで
何もしてあげられないし、分かってもあげられない。
本当は頑張れない体で無理していて
でも無理してないように振舞ってその雄姿を皆に示しているだけかもしれないのに、
そんな幸村に向かって、頑張ってなどと無責任な言葉はには言えない。
言えないけど何もしないで見ているなんて
それも嫌だと思った。
ハッキリした関係じゃないから余計ににはそれが中途半端に思えた。
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