ラブ・パワー  3





      

 「さて、と。」

病室に戻って来た幸村はゆっくりとベッドに腰掛けた。

彼の視線に促されるままも見舞い客用の椅子にぎこちなく腰掛けた。

反射的に座ってしまったが、こうして相対するような位置にいるのは
もの凄く居心地が悪い事に気がついて、
と言ってあからさまに視線を外すのはもっと悪いだろうと
は幸村のパジャマの胸元あたりを見つめながら
それ以上視線を動かす事もままならない。

 「何から話そうか?」

幸村は自問するような口ぶりで話し出した。

 「そうだな、最初に昨日の事、謝っておこうかな。」

幸村の体が横を向いたかと思ったら
何やら枕の辺りからごそごそと掻き出している。

 「昨日撮った写真、俺の携帯にも入れさせてもらったんだ。」

幸村の言葉にはびっくりして思わず幸村の顔を見てしまった。

幸村は覚束ない手つきでどうやら例の画像を呼び出しているようだった。

本当に嬉しそうに口元が綻んでいる幸村を
は稀有な気持ちで穴が開くほど凝視してしまった。

 「いい写真だと思わない?
  パジャマの俺はかっこ悪いけどさ、
  さんのちょっとびっくりした表情が
  なんか自然でいいなあって。
  さんが来るまで何度も見返しちゃった。」

そこで初めて幸村は携帯からに視線を移してきた。

 「こんな事言うと、また君を困らせちゃうね。」

そんな事を言うくせに少しも悪びれた風もない。

本当に悪かったとは思ってないんじゃないかとは思った。

けれども気持ち悪いとか嫌だとか、
そんなマイナスな気持ちは少しも起こらない。

それは幸村の落ち着いた雰囲気がなせる技なのかもしれない。

それとここが病室だという事。

多少の同情が功を奏して
に拒否感を抱かせない空気があるのかもしれない。

とにかくは何も言葉を発せられない。

 
 「だからきちんと言っておこうと思う。

  俺は、さんの事が好きなんだ。」


真っ直ぐな幸村の告白はあまりにも突然でさり気ないものだった。

一瞬何を言われたのか分かったつもりだったけど
は思わず手元の缶に視線を移してしまった。

移してしまってから、それは幸村にどんな風に映っただろうと思うと
とても気まずい感じがしては緊張でどうにかなりそうだった。

取り繕うにも何て応えればいいのか分からない。


 「好きだったら何でも許される訳じゃないけどさ。
  昨日写メを撮ったのはほんの思い付きだったんだけど、
  でもさんの写真は欲しいなって前から思ってた。
  入院が長くなるかもって言われた時、
  さんと会えるのはいつだろう、って。
  そんな心配ばかりしてたんだ。」

幸村はそこでちょっと息をつくとまた静かな口調で話し出した。

 「さんに会えなかったら、俺・・・、
  きっと誰かに盗撮頼んだかも?」

 「えっ?」

物騒な単語に目を見張れば幸村の柔和な笑みがを包んだ。

幸村の瞳の中に自分が映ってる様は不思議な光景だった。

だけど、不思議だと分かるほど自分が幸村の瞳を覗き込んでいた事に気付き
は顔から火が出るほど赤面した。

けれど幸村はのそんな様子に気付かないかのように
淡々と話し続ける。

 「だってテニスができなくなるかも、なんて医者に言われてさ。
  こんな俺でも結構凹んだんだ。
  何も全国大会前にそんな宣言するなよ、って感じだった。
  あんなに一生懸命テニスやってきて
  優勝して自由な時間ができたら
  片思いの子に告白しようって決めてたのにさ。
  俺からテニス取ったら何にも残らないじゃない?
  まあ、テニスはさ、100歩譲って諦めたとしてもさ、
  好きな子まで諦めたらもの凄く暗くなりそうだと思ったんだ。」

そこで幸村はちょっと息を吐いた。

 「だから、もうチャンスは逃さないつもり。」

耳から入って来る言葉はまるで自分の事のように思えなくて
でも目の前の幸村は明らかににしか話しかけていない。

ドキドキと鳴り止まない鼓動には途方に暮れていた。

 「俺にはさんが必要なんだ。
  さんがいてくれたら頑張れる。
  だから俺と付き合って欲しい。」

 「えっ!? つ、付き合うって?」 
  
 「難しく考えなくていいから。
  さんが側にいてくれたら俺は頑張れる。
  ただそれだけなんだ。」

幸村は至極簡単に言う。

 「で、でも、私、幸村君の力になれるとは到底思えないし、
  そ、それに、私なんかでいいのかな?」

 「何が?」

 「だって、私と幸村君はそんなに、まだ・・・。」

の言わんとする事がわかったのか
幸村は明るく笑った。

 「いいんだ、分かってる。
  俺がさんの事、好きなだけで・・・。
  さんは今まで通りでいいよ。
  あー、ちょっと手のかかるクラスメイトがいるなって、
  そんな風に思ってくれてかまわないよ?
  いろいろ迷惑かけちゃうかもだけど・・・。」

 「あっ、ううん。
  迷惑だなんて・・・。
  幸村君が頑張るお手伝いが出来るなら。」

自分は嘘つきだ。

せっかく幸村が告白してくれたと言うのに
それには触れないで、「頑張るお手伝い」を強調した。

でも幸村は気にしてない風だった。

 「あ、引き止めちゃって悪かったね。
  玄関まで送るよ。」

 「えっ、あ、ううん、大丈夫。」

 「でも送らせてよ?
  階段の上り下りはいい運動になるからさ。」

そうは言っても幸村は自身が思うより
体が動かない事をもっと真摯に受け止めるべきではないかと
は思ってしまう。

そろりとベッドから滑り降りる幸村を気にかけていると
幸村は遠慮することなくまた手を差し出してきた。

 「手、貸してもらっていい?」

幸村はごく当たり前のようにそう言った。

ゆっくりと歩き出す幸村と肩を並べながら
こうして自然に幸村と手を繋いでる自分が
自分でも信じられない光景だった。









        ********







それから数日して幸村は退院した。

本当はあと1週間位、まだ様子を見た方がいいと
医者には言われたようだったが
幸村は無理をしないからと逆に医者を捻じ伏せたらしい。

はその事を柳から聞いた。

ついでに言えば自宅療養を条件に退院した幸村は
翌日には登校して来ていた。

さすがに親が心配したらしく
初日は車で登校して来たが
その次の日からは皆と同じように歩いて登校したらしい。

らしい、と言うのは、それも柳情報だったからだ。



同じ教室にいるのに幸村はまるで別人のようだった。

皆に囲まれて明るく笑顔を振り撒いている幸村を
はぼんやりと眺めていた。

さすがに入院時に見た幸村のようにふらつく事はなかったが
それでも緩慢な動作はにしてみれば心配でならない。

それなのにクラスメートたちには分からないのか、
皆口々に元気になって良かったね、を連発し、
幸村はいちいちそれに笑顔で答えている。

本当にテニス部に復帰できるとしても
試合なんて無理じゃないか、
まして優勝を期待するなんて無神経にも程がある、
は一人やきもきするばかりだった。

昼休みには他のクラスの女の子たちも幸村の所に来た。

テニス部のエースが入院したと言うニュースは
青天の霹靂だった訳だから仕方ないにしても
退院したばかりでこの騒ぎでは
戻りつつある幸村の体力も気力もすり減らされるのではないかと思って
の堪忍袋もついに許容量を越えてしまった。

は取り囲まれている幸村の席の横に割り込むと
ひとつ咳払いをした。

周りの子の視線が怪訝そうにを射抜くのを
は完全と無視をした。

 「幸村君、顧問の先生が呼んでるよ。」

 「あっ、そうなんだ。
  どこにいるんだろ?」

幸村はゆっくりと立ち上がると躊躇う事無くの肩に手を置いた。

 「座りっぱなしで疲れちゃったから
  さん、一緒に行ってくれる?」

まさか幸村がそんな風にの肩を押して
一緒に教室を出るとは思わなかったから
周りの女の子たちも、本人でさえ驚いてしまって声も出なかった。

幸村は呆然とする子達にちゃっかり手を振りながら
悠然と教室を後にした。

それはまるで今まであたかも二人がそんな関係だったかのように
みんなが思ってしまうくらい自然だった。




 「ああ、助かった。」

廊下に出ると幸村はクツクツと笑い出す。

 「さんの機転で脱出できた。」

 「脱出だなんて・・・。」

 「だってそうだろ?
  顧問の先生が呼んでるっていうの、あれ、嘘だろ?」

自分でも何て大胆な事をしてしまったんだろうと、
幸村の言葉にの顔は瞬時に熱くなった。

 「でも嬉しかった。」

 「ごめん、やり過ぎだよね?」

 「全然。
  それよりさんが俺の事を助けてくれたって事が
  凄く嬉しいんだけど?」

幸村はそう言っての手を握った。

 「ねえ、さんもお昼、まだだろ?」

 「う、うん。
  お弁当、教室にあるんだけど・・・。」

今更引き返せなくて、と口篭ると
幸村は一緒に食堂に行こうと言った。

 「柳が五月蠅いんだ。
  今日から放課後の自主トレやるんだけど
  食べる量も増やせって。
  まあ、言われなくても胃の方は前と変わんないけどね。」

本当にそうだろうかとは訝しげに幸村を見上げた。

暑いと思うのに幸村は退院しても長袖のままだった。

それが妙に白々しくてはどうも幸村の言葉を言葉通りに受け取れない。

 「もう自主トレなんかするの?」

 「柔軟は病院でもやっていたけど
  さすがに走り込んでいかないとね、
  すぐにはコートに立てないからね。」

幸村は当たり前のように話す。

そんな話をしながら二人はゆっくりと食堂に向かった。













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☆あとがき☆
 本当は2話位でまとめるはずだったのに
描いているうちに楽しくなってきた。
まあ、書き上げるのは別の意味で楽しくないんだけど・・・。
もう少しお付き合い下さい。(笑)
2010.10.17.