ラブ・パワー  1










 「ねえ、行く?」

 「行っちゃう?」

 「行きたい、絶対行く!!」





放課後の教室の前の方で何やら好からぬ相談をしているメンバーに
親友のが加わってる事に気がついて、鞄を持ち上げる手を止めていたら
ふっとと視線がかち合った。

その中に加われない事など元より何とも思っていなかったのに
親友はそうだ!と妙案を思いついた時のように口元を緩めながら
の元へ勢いよくやって来た。


 「ねえ、も暇だよね?」

 「暇って…。」

 「幸村君のさ、お見舞いに行かない?」

 「えっ?」

唐突に誘われては面食らった。

 「一応は委員長なんだからさ、クラス代表って事で…。
  その方が私たちも行きやすいしさ。」


自分たちだけで行けばいいじゃない、そう喉元まで出かかった言葉を
は黙って飲み込んだ。

行きたくない訳じゃない。

でもこうして大勢で押し掛けたりしたら向こうは
迷惑なんじゃないかと思う。

見舞いに行くというメンバーを見れば
クラスの中でも普段から賑やか過ぎる顔ぶればかり。

 「入院なんてさ、毎日が平凡でつまんないと思うのよ。
  だからさ、元気付けにちょこっと、さ。」

幸村が入院してからもうひと月にもなる。

難病かもしれないという噂が実しやかに流れたのも
今は嘘のようなくらいで、夏の全国大会には間に合うらしい、
とテニス部情報に詳しいが話していたのはつい先日の事だった。

そのうち戻って来るのなら
別段自分がお見舞いに行かなくてもいいだろうと思っていた。

幸村とはそれ程仲が良かった訳でもない。

クラスメートとしてお見舞いに行くのが常識的と言うなら
それに従うくらいで、自ら幸村のお見舞いに個人的に行く理由はにはなかった。

というより、幸村に会いに行っても取り立てて話す事が見当たらない。

そんな自分がお見舞いに行ったところで逆に病人に気を遣わせそうで、
それなら退院してきた時に一言声を掛けるくらいでいいんじゃないかと
そんな風には思っていた。

 「私は別にいいよ。」

やんわり断りを入れようかと思ったその時に
教室に入って来たのは隣のクラスの仁王と丸井だった。

 「んで、何人で行く事になったんだ?」

 「えっとね、全部で5人。」

嬉々として答えるの人数には明らかにも入っていた。

 「じゃあ、そろそろ行くかのぅ。
  下で柳生とジャッカルも待っとる。」

 「わ、柳生君も一緒なの?」

 「ああ、それと2年の赤也もじゃ。」

 「切原君も行くって?
  やった!」

嬉しそうに声を上げるとクラスメートたちには眉を顰めた。

幸村のお見舞いと称して、結局の魂胆は
切原にあるんだ、とはぼんやり思った。

 「、大丈夫なのか?」

 「えっ?」

出遅れたを廊下で振り返ったのは丸井だった。

 「いや、っていつもに振り回されてる
  イメージが俺にはあるからよ。」

きゃぴきゃぴと五月蠅いくらいの集団を眺めながら
意外とこういう風に輪の中から外れた者に気を遣う事のできる彼を
は良い人だなと前々から丸井への評価は好意的だった。

それは多分去年同じクラスだったから分かった事だったけど
親友のが割とをないがしろにする事には慣れっこだったから
丸井が思ってるほど自分は嫌だとは思ってないんだけどな、とは苦笑した。
  
 「うん、まあ、いつもの事だし。
  別段、用事もないし。
  丸井君たちこそ今日は練習ないの?」

 「ああ、今日はコート整備の日。
  年に一度位業者が入ってフェンスの点検とかもするからよ。
  つっても、真田なんか筋トレやってるけどな。」

 「そうなんだ。
  でも、幸村君のお見舞いってよく行ってるんでしょ?」

 「ああ、でも今日はメンバー違うし。
  幸村も喜ぶんじゃねぇ?」

トレードマークのガムを膨らませると丸井はほんの少し笑った気がした。

 「そうかなぁ。
  五月蠅いメンバーで嫌がられないかな?」

 「幸村は気にしねーよ、んな事。」

そうかな、とは腑に落ちない気もしたけど
前を歩くたちの愉しげな雰囲気が幸村を楽しませる事ができるなら
それはそれでいいのかもしれないとため息をつきながら歩いた。






    *******





幸村の入院している病院は県内でも有数の大病院だった。

高級感溢れるロビーを通りながら
たちが一般見学者のように感心しながら歩く様は
まるで修学旅行の一団のようだった。

そんな姿を尻目に、最新設備の整ったこんな大病院に入院している幸村は
本当は長期入院も辞さない重症患者なんじゃないかと
そう思う方が自然なくらいでは勝手に重い気分になっていた。

ただでさえと違って面白い話ができる器量なんて全くなくて
些細な事で盛り上がってるクラスメートたちを
ある意味尊敬の眼差しで見てしまう。

だから病室に入ってもは一言も喋れなかった。

まあ、喋らなくても会話に困る事はない。

や仁王や切原たちのとめどない話に幸村は愉しげに笑っていたのだから。


 「あー、なんか喋ってたら喉渇かねぇ?」

 「それだったら下の階に食堂があるから何か買っておいでよ。」

 「俺も行くッス!
  ここの食堂、すっげー立派で一見の価値ありッスよ?」

 「そうなの? 行く、行く!」

 「そうですね。それではご一緒しましょうか?
  さんたちは迷われると大変ですからね。」


いつの間にかそんな話題になってぞろぞろと病室を出て行くたちの
後をついて行くかどうか迷っていたら、ベッドの上の幸村がクスリと笑った。

 「赤也。俺とさんの分は買って来てくれるかい?」

 「いいッスよ。
  先輩は何がいいッスか?」

 「えっ、私?
  いいよ、私も一緒に行くから。」

 「あー、幸村部長に頼まれたんで
  先輩はここにいてください。
  で、何がいいんスか?」

 「で、でも。」

口篭れば切原はいいからいいからとを遮る。

 「ん、じゃあ、カフェオレで・・・。」

 「俺も一緒でいいよ。」

が慌てて切原にお金を渡そうと思って立ち上がったら
大丈夫とばかりに片手を挙げて後輩君は風のようにいなくなっていた。

途端に居心地の悪くなる病室は今は二人きりとなった。

どうしたものかと考え込んでしまったら
幸村は静かになっちゃったね、と呟いた。

うん、と振り向けば幸村はいつの間にか
ベットの中から両足を出してスリッパを探してるようだった。

 「幸村君?」

 「さんにお願いがあるんだけど。」

 「何?」

 「ちょっとだけ肩を貸してもらっても良い?
  窓の方に行きたいんだけど。」

薄い水色のパジャマを着た幸村は病院が似合いすぎる。

少しだけ伸びた髪をかき上げて幸村はため息をついた。

 「だいぶ筋力落ちちゃっててね、ふらつく事があるんだ。」

そんな風に言うものだからは考えるまでもなく
幸村の側に立つと抱えるように幸村を支えた。

儚げに見える幸村だったが
その胸板はたくましく感じられての頬は
幸村の体温以上に熱くなってしまった。

ただのクラスメートなのに幸村の体を支えてる事実は奇妙だった。

窓辺に立つと幸村は窓を開けて深呼吸をした。

 「良い天気だね。」

 「そろそろ梅雨明けだって。」

 「夏が来るね。」

夏の全国大会に本当に間に合うんだろうか?

ふと湧き上がった疑問はでも口に出す事を憚られた。

 「そうだ、さん、携帯持ってる?」

 「持ってるけど。」

 「貸してくれる?」

ポケットから取り出した薄い携帯を見せると
幸村はの手からそれを受け取り、迷わずぱちんと画面を開いた。

 「この機種、妹が持ってるのと同じだ。」

幸村は片手で素早くボタンをいじくると
もう片方の手での腰を自分の方へ引き寄せた。

 「記念に・・・。」

幸村の意味不明な言葉に何?と問いかける間もなく
携帯のシャッター音が病室に響いた。

呆然と前を見るとの携帯の中に
笑っている幸村と寄り添っている自分の姿が写っていた。

 「えっ?」

 「ふふっ、良い具合に取れた。」

 「ちょ、ちょっと待って?」

寄り添うようにしてフレームに収まってる自分の姿は
どう見ても恋人同士の戯れにしか見えない。

なんだろう?

人間、驚きが大きいと動けなくなるんだ、なんて頭の片隅で思った。

一クラスメートで、たまたまお見舞いに来ただけなのに
何で自分は幸村とこんなに近い距離で友達以上に触れ合っているのだろうか。

 「なんかお似合いだね?」

 「ええっ?」

 「あー、でも、俺だけパジャマ姿っていうのは変だよな。」

クスクス笑う幸村の振動が伝わってきて
は支えてる手に力を込めていいのかわからなくて思わずよろけた。

 「わっ!」

 「ああ、ごめん。」

ごめんと言いながら幸村までよろけて来たのでは焦った。

が頑張らなければ二人ともそのまま倒れそうな位だったから
に寄り掛かってきた幸村の体重を押し戻そうと試みる。

幸村は意外に身長があって全体重を掛けられたら
それこそひとたまりもないから
幸村の胸板に頭をくっ付けるようにして頑張って足を踏ん張る。

寸での所で幸村を支えながら、転ばなくて本当によかったと安堵すれば
幸村はまたクスクス笑っている。

 「病人って言っても重かったでしょ?」

 「だ、大丈夫だよ?」

 「女の子に庇われちゃかっこ悪いよね?」

 「そ、そんな事ないって。」

 「さんって優しいなあ。」

あれって思う間に今度は幸村に抱きすくめられていた。

の頬に幸村の細い髪がくしゃりとぶつかって
もの凄く熱い体がの体に押し付けられてる状態だった。

今まで男の子に抱きつかれた経験なんてなかったから
びっくりしてしまって声も出ないけど
片や病人である訳だから無碍にも出来ない。

幸村を支えていたの手は今は
幸村を抱く訳にもいかず所在無さ気に空を掴むばかり。

 「明日も来てくれるかな?」

 「明日?」

 「そう。さんひとりで来て欲しい。」

 「えっ?」

 「さんが来てくれたら
  頑張れる気がするから。」



思わぬ展開と幸村の衝撃的な言葉に
その後自分がどこにいたのか
みんなが戻って来て自分はどんな風に過ごしていたのか、
そしてどんな流れで病院を後にしたのか、
には全く記憶が無かった・・・。










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☆あとがき☆
 本当は夏前にUPだったのに・・・。
何となく描きたくなった入院中の幸村。
2010.9.12.