いつも一緒に 1







貧乏くじを引いたと思った。

今年度の委員会活動はどこも2月で終わってるって言うのに
一番楽だと思ってた今年の美化委員会は
なぜか来年度入学する新入生のために
校内を花で一杯にしようというちょっと有り難くない目標を立てた。

いや、目標自体は立派だと思う。

秋が深まる頃、美化委員たちで春咲きの球根を植えた時は
もの凄くいい事をした気分だった。

けど、春休み中にその球根たちに水遣りをしなくてはならないという
後から付いて来た予定外の仕事を否応なしに押し付けられ
朝寝坊を愉しみたいのにわざわざ登校しなくてはならない自分は
本当に損な性分だと思う。

部活が忙しいから、とか、家族と旅行に行くから、とか、
見え透いた嘘の一つも付けなかった私は偉いとは思うのだけど、
手洗い場から大きな如雨露に満タンに水を汲むと
思った以上の重労働に花壇までの道のりを恨みたい気分だ。

雨がもっと降ればいいのに、とぽかぽか陽気のお天気にさえ
毒づきたくなる。

チューリップやヒヤシンスを植えた花壇が見える頃、
誰かが緑色のホースを片手に散水している姿が目に入った。

どこまでも長く長く続くその緑色のホースが
一体どこから引っ張ってきたのか、あり得ない長さに驚くと共に
そのホースの先を持ってる人物の
眩しいくらいの黄色のジャージに目が釘付けになった。






 「幸村君?」


振り返る彼は私に気がつくと屈託なく笑顔で迎えてくれた。

 「やあ、が今日の当番?」

泣く子も黙る天下の立海大テニス部の部長であるくせに
暢気そうに水撒きをしている姿は完璧ガーデニング部の部長だ。

って、そんな部活、さすがにないけど。

 「せっかく可愛い芽が出てきてるのにさ、
  昨日も一昨日も水遣り当番が来なかったけど、
  他の美化委員は何やってるんだい?」

ちょっと咎める様な口調に頭が下がる。

こんなに花壇を気遣ってくれる人がいるんなら
そういう人こそが美化委員をやってもらいたいと思う。

まあ、美化委員ってたいした活動してないから
楽できるって思ってみんな入ったんだけどさ。

 「ああ、うん、みんな忙しいみたいで。」

 「ふふっ、じゃあは暇なんだ?」

幸村はホースヘッドの切り替えをシャワーから霧状に変えていた。

広がる霧雨は日の光を浴びてキラキラと降り注ぐ。

幸村の横顔は実に愉しそうだった。

なんだか重たい目をしてせっかく水を運んで来た私はバカみたいだ。


 「暇って言うか、春休みってなんか中途半端なんだもん。」

 「中途半端?」

 「暑くもなくて寒くもなくて、ただ眠いだけでさ。
  それでいて短いし、何か計画する前に終わっちゃうし。
  遊びに行く予定もないし、する事ないし、
  んで、他の子の当番まで押し付けられてちょっとブルーな気分。」

 「ブルーな気分?」

 「制服着て学校まで来るの、すっごく面倒。
  ね、ブルーでしょ?」

正直にそんな風に幸村に話したら幸村はそうなんだ、と笑っていた。

毎日真面目に部活してる人から見れば私なんてすごくいい加減なんだろうなと思う。

思うけど、私はあんまり幸村の前で取り繕う事はしない。

どういう訳だか幸村とは中学でいつも同じクラスだったから
私の性格なんてもうずっと前から幸村にはばれている。

ただの寝坊で遅刻した回数なんてキリがないし
宿題を忘れて立たされた所も見られてるし、
いつだったかはお弁当を忘れて幸村に奢ってもらった事だってある。

その度に笑われるのだけど、不思議と嫌な気はしない。

 「そんなに面倒なら俺が毎日水遣りやってやろうか?」

 「えっ?いいの?」

 「そんな事言って本当は期待してただろ?」

 「えっ?いやいやいや、思ってないって。」


緩む口元を手で押さえてみたけど
こんな強力な助っ人が現れるなんて、ラッキーだと思った。

明日から春眠を貪れる。

溜め撮りしたままのビデオを観るのもいい。

お昼は適当に買い置きのお菓子でも摘んで
寝っころがったまま漫画を読むのもいい。

ああ、そうだ、遣り掛けのゲームを終わらすのもいい。

予定のない私の春休みは果てしなく引き篭もり化決定だ。


 「その代わりさ・・・。」

私が小さな野望に胸ときめかせていた間も
幸村は次々と花壇を渡り歩いて球根に水を遣る。

しっとりと水分を含んだ土は黒っぽくなっていた。

 「俺の方も手伝ってくれないかな?」

唐突な幸村のお願いに私は?マークを頭上に掲げる。

 「何、すごく簡単な事なんだ。
  の時間をほんの少し分けてくれたら
  それでいいんだけどさ。」

そう言いながらも幸村はホースを引っ張りながら
次々と花壇に水を撒いて行く。

私は重い如雨露を足元に置くと
幸村の後をくっ付いて歩き始めた。

要領がいいのか、手際がいいのか幸村は
美化委員が球根を植えた花壇以外の場所にも水を撒き出した。

学校の花壇なんて誰も見向きもしないと思ってたのに
よく見れば雑草なんて一つも生えてないし
冬越えした庭木にも新芽がたくさん付いている所を見ると
人知れず幸村が世話をしていたのかなとその背中を見つめてしまう。

 「手伝うって、私、何にもできないよ?」

幸村の背中に向かって声を掛けたのに
聞こえなかったのか幸村は何も言ってくれなかった。

幸村は東棟の端の花壇まで水をやり終えると
私に向かってやっと声を掛けてきた。

 「、悪いけど水道の所まで行って
  水、止めてくれない?」

 「えっ? うん、わかった。」

私はホースを辿って一目散に水飲み場まで走って行った。

蛇口を回して水が止まった事を確認すると
私はその水飲み場がテニスコートに近い事をその時始めて知った。

コートではレギュラー用のジャージを着た部員たちが
リズミカルにボールを打ち合っている。

コートの端から端まで走らされても
必ず追いついて打ち上げるラリーは
簡単そうに見えるけど私じゃ絶対無理だなってボーっと眺めていた。

大体運動の苦手な私は、体育以外に朝も放課後も
ひっきりなしに練習する運動部に入ってる人を
偉いなと思う反面、自分とは全く異なる人種なんだと一歩引いて見てしまう。

やってみれば面白いよ、と言われても
面白くなる前に自分にはついていけないと分かってしまうから
もう自分から何かをやってみようと思う気にはなれなくなっていた。

才能がある人がやればいいんだよ、とどこかでそう納得していた。




 「。」

不意に声を掛けられて振り向けば幸村は手繰り寄せたホースを
丸めながら水飲み場の足元に置く所だった。

 「何?」

 「テニス、やってみる?」

 「何言ってるの?」

幸村の口からそんな言葉が出るなんて思った事もなかったけど
幸村が冗談ぽく言ってない事がその雰囲気で分かったから
私は即座に否定した。

 「まさか私に手伝ってって言うの、
  テニスの相手をして欲しい、とか言わないでよ?
  そんなのできる訳ないでしょ?
  テニスどころか、私、運動するの苦手だし、
  って言うか、春休みに学校に来るのも面倒なんだよ?
  何やっても続かないし、ドジだし、不器用だし、
  今更だけど、知ってるよね?」

少しむきになってしまったかもしれないけど
ほんの1ミクロンでも幸村が私に有り得ない事を望んでるのだとしたら
全力で否定しておかないといけない気がした。

幸村は慌てる私を見ていつものように優しく笑った。

いつものように、甘く優しい。

 「うん、わかってる。」

 「じゃあ!」

 「じゃあ、お茶にしよっか。」

急な話題転換にも、急に私の腕を掴んで強引に歩き始めた幸村にも
そのどっちにも対処できなくて驚くままに幸村を見上げる。

今日の幸村には全く振り回されっぱなしだ。

いつもならあるがままの私を受け入れてただ笑っているだけなのに。

なんで今日は違うんだろう?

コートに入らなくていいの?、部活中だよね?、
私の相手してる暇なんてないよね?、声には出せないけど
いっぱいいっぱい言いたい事が出てくる。

なのに幸村はそれに答えたくないような。


 「幸村君? あの、さ。」

 「柳!」

私の声を遮るように幸村はコートの中の同級生に声を掛ける。

 「休憩にしよう!!」

頷く柳の方に手を上げて応える幸村は
フェンスの傍のベンチに置いてあるドリンクを私に指し示す。

 「みんなが出てきたらこのドリンク、渡して。」

 「えっ?」

 「俺はにお茶をご馳走してあげるから、ね。」

スタスタと部室に向かってしまう幸村の背中をポカンと見ていたら
いつの間にか見覚えのある顔に囲まれてしまった。


 「何やってんの?」

 「何って言われても・・・。
  なんかドリンク渡してって頼まれた。」

訝る丸井にドリンクを渡すと仁王がぬっと手を出してくる。

仕方ないので仁王にもドリンクを渡す。

 「ご苦労なこったな。」

 「いやいや、今日だけだから。」

 「そうなのか?」

見上げれば柳の目が笑ってる。

 「ついにって感じだけどよ?
  まあ、春休みから慣らしていけばいいんじゃねえか?」

ジャッカルとは同じクラスになった事はなかったけど
これまたなんだか人懐こく笑われてる。

 「さんじゃなきゃだめなんでしょう。
  何かわからない事があれば聞いてください。
  私でよければお助けしますよ?」

うわっ、これまた紳士と呼ばれてる柳生にも微笑まれてる。

何なの、この扱い?

 「な、何なのよ?
  私、幸村君にちょっと呼ばれただけなんだからね?
  花壇の水遣りで学校に来ただけで
  それ以上に用はないんだから!
  変な事言わないでよ。」

 「ああ、わかってる。
  だが、精市だからな、俺たちは別に何とも思ってないぞ。
  なあ、弦一郎?」

 「俺に振るな。
  どうせ俺のいう事なんぞ、聞く耳を持つ奴じゃなし。
  とにかくだ、精市にはもっと真面目に練習してもらわないと困るだけだ。」

憮然としてる真田だけが妙に浮いてる感じで、
でもこのレギュラー陣の中にいる自分の方がもっと浮いてる気がする。


つい先日までまだ肌寒かったのに今日は何て良いお天気なのだろう。

日焼けしそうなくらい肌に日光がちくちく刺さるようで
思わず額に手をかざして日光を避ける。

昼日中、テニスコートに自分がいる。

なんだか幸村が口に出しそうな言葉がふっと頭に浮かんで
ものすごくやるせなくなってため息が出た。

まさかと思うけどあり得ない話でもない。

ああ、なんだか眩暈が起きそうだ。


私はまだ残ってるドリンクを真田や柳にそれぞれ押し付けると
すっくと立ち上がった。

 「私、幸村君に言って来る。」

 「ほう、何をだ?」

 「自分の事は自分でするって。」


一直線に部室に向かって歩き出すの後姿を
レギュラーの面々は面白そうに見送った。

 「なあ、俺、が丸め込まれるのに100円な。」

 「丸井。賭けにはならないだろう?」

 「やっぱし?」

 「ああ、精市の趣味はガーデニングなのだからな。
  弦一郎が口を酸っぱくして怒っても
  結局練習をすっぽかして花の水遣りを買って出るだろうな。」

 「全く、話にならん。」

 「まあまあ、だからこそさんがコートの傍にいれば
  幸村君も練習に身が入るというものなのでしょう?」

したり顔の柳生に真田は苦虫を潰したような顔でため息をついた。






Next