いつも一緒に 2
レギュラーの面々がそんな風に噂してるなんて私は少しも知らなかった。
とにかく花壇の水遣りは自分で何とかしようと思った。
幸村に手伝わされる何かよりそっちの方が余程楽に違いないのだ。
部室のドアをノックすると幸村が入っていいよと答えたので
私は迷うことなく中に入った。
雑然と散らかってる部屋の中はさわやかなハーブの匂いが立ち込めていた。
勢いよく入ったのにも関わらず
大好きなハーブティーの香りに一瞬怯んでしまった。
幸村は器用に片手でテーブルの上の雑誌やらタオルやらを避けると
空いたスペースにマグカップを置いた。
「何のハーブだかわかる?」
幸村がテニス部のジャージを着ていなかったら
全くここが部室だという事を忘れさせてくれるような笑みだった。
「カモミール?」
「ふふっ、、カモミールティー、好きなんだろ?」
「えっ、何で?」
「うん、まあいろいろとね。」
含み笑いのまま、幸村は自分のカップを持って
私に隣に座るように促す。
その仕種に少し躊躇ったけど、大人しく幸村の入れたお茶を飲むために
私は恐る恐るテーブルに着いた。
何だか落ち着かない。
少しだけ緊張しながらも
珍しそうに部室内を見回しながらマグカップに口をつけた。
「こうやってとふたりでお茶するの、初めてだね?」
いきなり、何の前触れもなしにそんな事を言うから
驚いて幸村の顔を見てしまったけど
見てしまってから私はあり得ない位顔が赤くなるのを自覚してしまった。
教室なら冗談にしてしまえた言葉を
私は思いっきり意識してる自分が恥ずかしくなった。
「練習の合間に、こうやってとお茶できたらいいなって思ったんだ。」
「・・・。」
「春休み中、の顔が見られないと元気でなくてさ。
新学期始まってもまた同じクラスになれるかどうかわからないし。
花壇の水遣り手伝うからさ、これから毎日
の時間を俺にくれないかな?」
「時間って・・・。
幸村君、もっとちゃんと練習しないといけないんじゃ・・・。」
「うん、だからさ。
が毎日来てくれたら俺、張り切るから。
の好きなカモミールもご馳走してあげる。
それだったら学校来るのもそんなに嫌じゃなくなるだろ?」
確かに幸村の傍にいるのは嫌じゃない。
こんなにおいしいお茶をご馳走になれるなら悪い気はしない。
でもテニスもわからない自分がいるだけで
立海大テニス部最強と言われる幸村が張り切って練習するなんて
どこをどう考えても自分でなくちゃいけない理由がわからない。
「花壇の水遣り、やっぱり自分でするよ。」
「なんでそうなるの?」
「だって私がちゃんとすれば、幸村君もちゃんとするんでしょ?
それに私、間違ってもテニス部のマネなんてできないから。」
「だから、そんな事言ってないだろ?
俺はに手伝ってって言ったけど
それはテニス部じゃなくて俺自身のことなんだけど?」
「えっ?」
「君が傍にいてくれたらそれだけでいいって
言ってるんだけどな?」
幸村の言葉にますます訳がわからなくなる。
わからなくなるのは、これがひょっとして
幸村の告白じゃないんだろうかと期待めいた事を勝手に思ってしまう自分にだ。
嬉しいけど、その一方で私なんて幸村に釣り合わないって思うから
真面目に言ってるだろう言葉もちゃんと受け止められない。
だけどドキドキする。
「なんで? なんで私なの?」
「わかんないかなぁ?」
「全然わかんない。
私、中途半端だし・・・。」
今までだって間近で幸村と喋ったことはあるし
それはクラスメートとして普通の事だったのに
なぜだか幸村に見つめられてる今の状況は息苦しい。
ドキドキして気持ち悪い。
気持ち悪いくらい恥ずかしがってる自分についていけないんだ。
「ふふっ、中途半端だって自分で言う君が可愛く思えるんだけど、
これってかなり重症だと思わない?
が俺に気兼ねなく何でも話してくれていた事が
すごく特別な気がして、
俺もだったら何でも話せる気がして。」
「それって・・・ただの友達だよ。」
「違うよ?
だったら何でも許せちゃう。
遅刻したって宿題忘れたって何を見ても可愛いって思っちゃう。
で、俺が朝起こしてあげれば遅刻しないのにな、とか、
が宿題見せてって言えば写させてあげるのにな、とか、
他の女子だったら絶対そんな風には思えないし、思うだけでもやだ。
気がついたらもうのことしか考えてなくて。
今日だって水遣りやってたらに会えるかなって思ったら
もうテニスより楽しくなっちゃって。」
クスリと笑う幸村の顔もなんだか少しだけ赤い気がする。
凄くのろけられてる。
そののろけ話が自分の事だと思えないけど
幸せそうな幸村を見るのは好きかもしれない。
マグカップの取っ手をいじくり回しながら、
私に会う事がテニスより楽しいなんて言われちゃったら
反論の術はもうないように思える。
それでもまだ抵抗してみたりする私は可愛くないと思うのだけど。
「テニスより楽しいなんて部長が言ったらだめだよ・・・。」
「ああ、そうかも。
でもにしか言わないから。」
「えっ?」
「そう言う訳で休憩終わり。
さ、きっとみんなが待ってるから行こうか?」
「やっ、だから私は・・・。」
「練習が終わるまで待ってて。
の事、送って行きたいから。」
急かされるように立たされて、迷ってるうちに手を引かれて、
結局私はコート脇のベンチにいつの間にか座らされていた。
テニス部のレギュラーの人たちにはもちろんニヤニヤと含み笑いされ
当の幸村はラリーの合間にも嬉しそうに手を振ってくる。
本当なら家でのんびりごろごろとしている時間に
家と同じように何もしてなくてのんびりしているには違いないのに
何もしてないことがこの上なく苦痛になりそうな予感に
私はひとり、幸村の姿を目で追いながら苦笑していた。
The end
Back
★あとがき★
小学生の頃は鉢植えの菊の水遣り当番が
夏休みにあったっけ。
ものすごく面倒臭かったなあ〜。(笑)
俺の傍にいるだけでいいよ、って言う割りに
きっと幸村は彼女をマネにしちゃうんだよな、って思う。
一番間近でなんでも一緒にやりたがる気がするなあ。
2009.4.3.