Rマークの君 2
「先生には今、好きな人がいますか?」
「えっ?」
いきなりの質問に面食らうさん。
俺は大真面目にもう一度質問する。
でも内心は本当に聞きたかった事でもあるんだけど、
そんな事はおくびにも出さない。
「先生、好きな人はいるんですか?」
「えっ、えっと、いないけど・・・。」
「だめだよ、それじゃあ。
生徒っていうのは意地悪な質問してくるんだから
もっと堂々と答えなきゃ。」
俺のアドバイスに、あっ、そうか、と顔を赤くする。
「じゃあ、先生の好きなタイプってどんな人ですか?」
「好きなタイプ、ね。
えっと、先生は何事にも真面目な人が好きです。」
今度は先生らしくさんは答えてきた。
「うん、まあまあ合格かな。
じゃあ、次ね。
先生、俺、先生の事が好きになったんですけど
教師と生徒じゃだめですか?」
「ええっ!?」
「ほら、また動揺する。
さらっと交わさなきゃ。」
「だって、そんな質問、びっくりだよ。」
「でも、さんって可愛いから、
絶対生徒から告白されちゃうよ?」
「な、ないって、そんなの。
幸村君の方がよっぽど意地悪だよ。」
そう言ってさんは膨れっ面をしてみせる。
そんな顔をしてもちっとも怒ってるようには見えなくて
ああ、これじゃあ完全に生徒になめられるんじゃないかな、
なんて心配になってくる。
「心外だなぁ。
さんのためにやってるのに。」
わざとらしくため息をついて見せたら
そのオーバーリアクションにさんは噴出した。
「幸村君って面白い人だね。」
「そうかな。
俺はさんの方がずっと面白いけど。」
人に面白い人だね、なんて言われたのは初めてだった。
今まで彼女なんて作った事なかったけど
クラスの女子には例外なく
幸村君って優しいね、と言われて来た。
もちろん基本女子には優しいけど
こんな風に屈託なくお互いに面白いと感じれるほど
女子と話をした事もなかったな、と気付いた。
さんといるのは気が楽だ。
「ねえ、さん。
日誌書き終わったら、やっぱり部活、見においでよ?」
「でも。」
「だってこのままじゃ
俺、さんの中で面白い人で終わっちゃう。
テニスしてるとこも見てもらわなきゃ。」
ちょっと強引かなとも思ったけど
さんも嫌がる風でもなかったし、
このまま順調に仲良くなれたらいいな、と思ったんだ、この時は。
さんを急かして日誌を書き終え、
職員室に提出すると俺はさんをテニスコートに連れて行った。
さんは立海大に憧れて入って来たくせに
本当にテニス部の事は知らなくて、
だからもちろんテニス部がどんなに人気のある部活かという事も知らなくて、
遅れて来た俺たちを遠巻きにしてるギャラリーに
さすがのさんでも何かを察知したらしい。
俺はというと観衆の視線なんて慣れっこだったから
俺が女の子を連れて歩いているのを見せて
異様に彼女たちの好奇心を煽っていると思うと
別の意味で面白く感じていた。
だけどもちろんさんはそんな光景を楽しめるはずもなく
小さな身体はますます縮こまる感じで
もう少しで部室というところでその足が止まってしまった。
「さん?」
「あの、凄く見られてる気がする。」
「ああ、うん、いつもこの位見に来てる。
みんな誰かしらのファンだから。
校内試合とかあると歓声でもっと凄くなるよ?」
テニス部の凄さを自慢げに言ったら
なぜかさんは黙り込んでしまった。
大人しいさんにしてみればびっくりするような
光景だったに違いない。
「幸村、何やってんの?
遅かったじゃん。」
委員会が長引いたと文句を言いながら
丸井が俺たちの所に加わった。
俺の隣のさんを不思議そうに眺めているのが分かった。
「日直、終わったとこ。」
「ふーん。
で、何してんの?」
「クラスメイトのさん。
こっちは同じテニス部の丸井。」
俺は二人にそれぞれを簡単に紹介した。
何となく彼女のいる丸井には一番に紹介したくなっただけだった。
「さん、俺がテニスしてるの知らないって言うから
見に来てもらったんだ。」
「へぇ。」
さんは丸井と目が合うと小さく、初めましてと挨拶をする。
丸井は不躾にもさんを上から下まで眺め回した。
「さん、こういう雰囲気初めてだからさ、
ちょっと緊張しちゃってる。」
「あー、まあそうだろうな。
けど、今日のギャラリー、異様じゃね?」
丸井はぶっきら棒に答えた。
その理由が幸村が女連れでコートに来たことにあると
瞬時に悟ったのに、どうも幸村は分かっていないのだろうと
丸井は傍らの彼女を気の毒に思いながら幸村に返した。
「なあ、幸村。
こういうの、マジできついもんだぜ?」
「何が?」
「いや、なんつうか、
幸村、ちゃんと考えてここへ来たんだろうな?」
「だから何が?」
見当違いな答えしか返って来なくて丸井は脱力したようだった。
「そんなんじゃ身が持たねーって事。
とにかく早くコート行かねーとそろそろまずくねぇ?
先輩たち、試合するって言ってたじゃん。」
「ああ、そうだった。
じゃあ、さんはここで見てて?」
実力はあるもののまだ正式にレギュラーを勝ち取っている訳ではなかった。
だからぐずぐずしていれば先輩たちに
外周を走らされるのは日の目を見るより明らかだった。
さんを残してコートに向かおうとしたら
さんは小さな声で、けれどしっかりと俺の背に声を掛けてきた。
「あの、幸村君。
私、今日は帰ります。」
「えっ、何で?」
「ちょっと寄りたい所があったの思い出して。
だから、ごめんね。」
丸井にもぴょこんとお辞儀をすると
さんは髪をなびかせながら
正門の方へ真っ直ぐに走り出してしまった。
彼女の後姿をなかばポカンと見送っていたら、
丸井がいらついた声で追い討ちをかけて来た。
「幸村、早く行こうぜ。」
「ああ。」
せっかくいい所を見せようと思ったのに
さんがいなくなったせいで急にやる気が失せてしまった。
どうせまだ先輩たちと試合はやらせてもらえない。
基礎トレーニングばかりの退屈さは
いつもの倍以上に感じた。
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