Rマークの君  1








高校に入って俺もやっと彼女でも作ろうかな、と言う気になった。


彼女なんて作ろうと思えばいつでも作れる、
なんて仁王が言ってたけど
俺は割合そういうのが苦手だった。

フェンスの向こうで黄色い声援を送ってくれる女の子たちは
確かに俺たちのファンで、熱烈に俺たちの事を
好いてくれていると分かっていても
あの集団の中の一人を選ぶのって結構難しいと思うんだ。

俺の目にはどれも同じように見えるからね?

あの中から適当に選んでも長続きするようには見えなったし
例えば他の子が、どうしてその子を選んだんですか?
なんて面倒臭い事を言ってきたら明確に答える事もできそうになかったし、
それで揉めたりしたらもっと面倒臭い事になりそうで・・・。

要するに面倒臭い事は回避したいのが俺のポリシーだった。

柳のような平和主義でもなかったから
俺は取り繕う事なんて好きじゃないし
自分の主義を曲げてまで女の子に合わす気もなかったし、
そうなれば何も無理して彼女なんて作らなくてもいいかな、
そんな風に思っていた。

でも、あんなに軽めに見えた丸井が
中学の終わりから付き合ってる子と
高校になってもずっと付き合ってる姿を見ていたら
なんだか無性に焦りが出てきた。

というか、丸井の彼女が結構可愛くって
あんなにひたむきに練習を見ていてくれて
どこへ行くにも付いて来てくれる彼女を見ていると
丸井の奴がとんでもなく羨ましく思えた。

だから新しいクラスになった時
自然と同じクラスの女子を品定めするかのように
見回してしまったのは案外単純な行動だったと思う。



その中で俺の目を引きつけたのは
俺の斜め前の席になったさんだった。

ほんとにうっかりすればその存在を忘れてしまいそうな位
大人しくて目立たない印象の感じの子だった。

それなのに俺の目が引きつけられたのは
後で思い出せば笑ってしまう理由だった。

さんは机の上に真新しい教科書と一緒に
今や誰も買わないであろう立海大購買部のノートを出していたからだ。

立海大のマークが表紙にでかでかとついているそのノートは
中等部の最初の頃は誰もが使っていたけれど
高等部になれば見慣れたマークはダサい感じがした。

というかほとんどの生徒はルーズリーフを使っている。

未だに教科毎にノートを揃えている子なんて珍しい。

面白いなって思っていたら
自己紹介の時に立海大に憧れて高校受験したと話していた。

その時はまさかさんが俺の彼女になるなんて
これっぽっちも思わなかった訳だけど
でもそれからというもの、教室移動の時に
胸の前で抱えてる立海大のマーク入りのノートを見るたび
俺はさんをついつい見つめてしまっていた。



同じクラスというのはいいもので
俺はさんと日直になれた日の放課後
期せずして二人っきりで過ごすと言うチャンスをものにした。

俺の目の前で日誌を書いているさんは
いつも通り姿勢良く机に向かっている。

こう、少しは俺の事を意識してるかと思いきや、
さんは全く普通だった。

まるで俺なんていなくても全然平気だと言わんばかりの日直振りに
こっちの方が遣る瀬無くなってしまった。


 「さんって入試組なんだって?」

 「入試組?」

 「ああ、俺たちはエスカレータ組だから。」

 「エスカレータ・・・? えっと、もち上がりって事ね?」

 「うん、そう。
  立海大の入試って偏差値高いから大変だったんじゃない?」


そんな風に当たり障りない話題を振ってみたら
さんはまじまじと俺の方を見た。

真正面から向き合うとさんの口元に
小さな笑くぼができるのを見つけて俺の方がドキドキしてしまった。

ニッコリ笑うさんに俺は一目惚れしてしまったんだと思う。

なんて他愛無いんだ、俺。


 「うん、大変だったよ。
  凄く憧れてたから合格した時は自分でもびっくりした。」

 「そんなに憧れてたんだ。
  それで立海大のノート、使ってるの?」

 「えっ?」

俺の言葉にみるみる顔を赤くするさんは
本当に可愛かった。

いつだったか丸井が自分の彼女の顔は見飽きないって言ってたけど
くるくる変わるさんの表情に悔しいくらい俺の目は釘付けだ。

彼女と一緒にいたい、少しでも長く話をしたい、
いつかそんな日が俺にも来るのだろうかと思っていたら、これだ。

俺はどんどん膨らむ自分の気持ちに心の中で呆れていた。

けど、それがとても心地いいと思っていた。

これが恋なんだろうな。


 「私ね、立海大のマーク、好きなんだ。
  ここだけの話だけど、合格した時、
  立海のマーク入りのグッズ、いろいろ買っちゃったんだ。」

話し出せば意外にさんはフランクだった。

普段はとても内気そうで、話し掛けづらかったのにな、
なんて思いながらさんの話を促すように相槌を打つ。

 「へえ。そんなにあったっけ、うちのマーク入りグッズ。」

 「消しゴムとかボールペンとか、ミニタオルとか。
  エコバックもあったし。
  だけどシャーペンは売り切れててまだ買ってないんだ。」

そう言えばさんの手の中にあるシャーペンには
小さな星のキーホルダーが付いていた。

 「ああ、あの立海大のロゴマークのキーホルダーが付いてるやつ?
  字を書くとあれがプラプラ揺れて書きにくいよ?」

俺が笑うとそれでも欲しかったなと、さんは目を細めた。

 「それなら、家にあるよ。
  確か中学入学の時に全員に配られた。
  最初の頃は使ってたけど、そのうち誰も持ってなかったよ?」

 「ええ〜、あれが可愛いのに。」

 「じゃあ、探してみるよ。」

 「ホント?」

 「うん、見つけたらあげるよ。」

 「いいの?」

俺は使ってないから、とそう言うとさんはとても嬉しそうに笑った。

そんな嬉しそうな顔をさせたのがこの俺なんだと思うと
たったそれだけの事なのに、俺の方まで嬉しくなる。

やばいな、そんな風に思う。

完全にさんに参ってる・・・。


 「ねえ、そんなにあのマークが好きなら
  これが終わったらテニス部、見に来ない?」

 「えっ?」

ぽかんとするさんの顔を見ながら
我ながら間抜けな誘い方をしてると自覚していた。

だけど一瞬浮かんだその光景は
鮮明に脳裏に焼きついて離れないとも思う。

丸井や仁王に聞かれたら完全に馬鹿にされそうだと分かっていても
必死になっている自分は情けないくらいバカだ。

 「テニス部のジャージ、
  さんならもの凄く欲しくなるデザインだよ?」

それなのにさんは真剣に俺の話に乗っている。

目をキラキラ輝かせてるさんに
俺のジャージを着せたらどんなに可愛いだろう、
そんな妄想をしていたなんて洒落にならないくらい腑抜け男だ・・・。

 「幸村君、テニス部なの?」

それなのにさんは俺が有名なテニス部員だって事も知らないでいる。

その温度差に俺は正直がっくり来ていた。

もちろんさんがフェンスの向こうでキャーキャー言ってたら
間違いなく俺は好きになんてならなかったと思う。

そう思うくせに、
俺のステータスがさんには有効でない事が
やはりショックだったのは否めない。

 「小学生の時からずっとテニスやってる。」

 「テニスかぁ。
  幸村君に似合いそうだね。」

 「立海大のテニス部は強いよ。
  伝統もあるし、実績も凄い。
  今まで聞いた事ない?
  全国大会出場の常連校で、しかも優勝か準優勝しかした事がない。
  中学の時に最もプロに近いのは
  俺か青学の手塚しかいないってくらい騒がれたんだけど。
  それも知らない?」

 「そ、そうなんだ。
  立海大は文武両道だって言うのは聞いてたけど・・・。」

さんは俺に悪いと思ったのか
はにかみながら下を向いてしまった。

そしてそのまま日誌を書く作業に戻ってしまった。

俺は多分自分でも気付かないくらいがっかりした表情を
さんに見せてしまったのかもしれない。

彼女がテニス部のこと、ひいては俺個人の事を全く知らなかった事は
仕方ない事なんだ。

それなのについ口調がきつくなってしまったかもしれない。

しかも熱く語りすぎだ。
  
滅多に動じない俺がさんの態度一つで
こうも焦ってしまうなんて、俺からすればあり得ない事だ。

 「あ、ごめん。」

ついでにこんな事で謝ってる自分もあり得ない。

 「さんが俺の事知らなくても当たり前だよね。」

静かに首を振るさんはそれでも顔を上げてくれない。

 「立海大の受験で大変だったんだよね?
  テニス部の事なんてこれから知ってもらえればいいよ。
  そう言えば、さんは何で立海大を受験しようと思ったの?」

俺の問いにさんはちょっと固まったように思えた。

逡巡した後、それでもポツリポツリとさんは話してくれた。

きっと話しかけた俺に答えなくちゃ、と思ってるだけなんだろうけど
そんな素直な優しさがにじみ出てて、ますますさんの事が好きになる。

 「中学の時に、教育実習で来てくれた先生が
  立海大出身だったの。
  すごく教え方が上手くて熱心で、
  授業の合い間に話してくれる立海大が
  その先生と同じくらいいい所に聞こえたんだ。」

 「それで立海大受験?」

 「うん。」

 「初恋の相手だったりして?」

俺がすかさず茶化したらさんは真っ赤になって反論してきた。

 「そ、そういうんじゃないの。
  ただ、立海大に行けば先生みたいになれるかなって。
  その先生みたいな教師になれたらいいなって憧れて・・・。」

抗議するように顔を上げて俺を真っ直ぐ見つめて来た
さんの目はとてもきれいだった。

夢を持っている人って、こう1本芯が通っていて
ストレートにいいなと俺は思う。

 「さんは教師志望なんだ?
  いいね、ちゃんと夢があって頑張ってるって。」

きっと教壇に立っても立海大マーク入りのノートを
使っているんだろうな、なんてふと想像して笑いが漏れる。

 「あ、やっぱり笑っちゃうよね?」

 「えっ?」

 「ううん。
  私、ほら身体も小さいし、声も小さいし。
  友だちには私が先生なんて無理だ、なんて
  よく言われてたから。」

 「そんなことないよ。」

確かにさんはクラスの中でも背が小さい。

内気そうだし、バリバリ生徒たちを引っ張っていくイメージは
悪いけどちょっとないかな。

小学生には振り回されそうだし、高校生なんてからかわれるのがオチだ。


 「俺、別にさんの夢が教師だっていうので笑った訳じゃないから。」

 「ほんとに?」

 「ね、そうだ。
  ちょっとそこの教壇に立ってみてよ?」

 「えっ?」

俺はびっくりしてるさんの腕を掴むと教壇の方へと促す。

しぶしぶ教壇に立つ先生の為に
おれは教壇のまん前の席に座り直した。

 「どう?」

 「どうって言われても。
  幸村君だけでも緊張する。」

 「こういうのは慣れればどうって事ないと思うけど。」

 「そうだといいけど。」

不安そうにこっちを見てくるさん。

そんな風に頼られちゃ、手を貸さない訳にはいかないじゃないか。

 「はい、先生!」

 「えっ?」

 「質問していいですか?」

俺が勢い良く手を上げたらびっくりしたような目つきのまま、
それでも生徒役を買って出てる俺に合わせて
さんはニッコリ笑ってくれた。

 「はい、幸村君。」

 「先生には今、好きな人がいますか?」









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