好きで、好きで、好き 幸村編
「幸村、今年の誕生日はどうするんじゃ?」
部室で仁王がまったりと聞いてきた。
多分あんまりまともな答えなんて期待してない。
所謂社交辞令的に、幸村の誕生日が近くなったから聞いてみた、
そんな所だった。
ロッカーの中から制服を取り出して着替えていた幸村は
少しの間その動きを止めて考えてる風だった。
「そうだな、ちゃんに告る。」
「えっ、また?」
思わず後輩の切原が突っ込んだ。
「別に何度したっていいだろ、赤也?」
幸村の切り返しに赤也は口篭った。
「そ、そりゃ、別にいいッスけど。」
「誕生日にひとりなんて嫌じゃないか。
好きな子に祝ってもらうのって普通だろ?」
幸村の憮然とした声に赤也は慌てて答えた。
「あ、まーそうですけど。」
「赤也はいいよね、彼女が側にいてさ。
俺なんて学校違うからなかなか会えないし。」
何で俺の彼女の事、知ってるんだ、と赤也はぎょっとなった。
付き合いだしたばかりで誰にも言ってないというのに、と
ちらりと柳先輩を横目で見て赤也はため息をついた。
この部ではまず秘密は秘密にならないらしい。
「幸村、次の土曜日、女テニは練習試合決まったそうだ。」
「えっ、ほんと?」
柳は赤也には視線もくれずノートを見ながら幸村に報告する。
途端に幸村の表情が明るくなった。
「女テニの練習試合がそんなに嬉しいんかの?」
「まあ、幸村にはそうだろうな。
なんと言っても相手校は青学だからな。」
「そういうことか。」
仁王はもう質問するのをやめた。
幸村が好きで好きでたまらない相手は青学の女子テニス部の副部長だった。
去年の関東大会で出会って幸村の一目惚れだったらしい。
らしいと言うのはその時の様子を誰も見ていなかったからだ。
大体立海大の部長が一人で女子の試合を見ていたのもびっくりだった。
姿が見えないと思ったらナンパしていたのかと思うと
さすがの仁王も幸村の行動は読めないと目を白黒させたものだった。
「ちゃんのテニス、フォームがとても綺麗なんだ。
俺、一度ちゃんを絵に描きたいなって思ってるんだ。」
幸村は普通にそんな事を話すが
立海メンバーはの事は全く知らない。
大体幸村はを彼女扱いしているが
今まで何度となく告白してるものの
ちゃんとしたO.K.は実は貰っていない。
というか、ずっと幸村の片思いらしい。
青学の文化祭に幸村は出かけて行ってしつこく迫ったらしいが
立海大の文化祭には結局は来なかったし、
クリスマスも正月も幸村が出かけなければ
向こうからはメールのひとつも来ないらしい。
よく諦めないものだと感心する。
「先輩もいい加減諦めたらどうッスか?
学校違うって、両思いでも結構きついみたいッスよ?
俺の友達でも長続きしてる奴っていないし、
幸村先輩なら立海大で彼女を作ろうと思えば楽勝じゃないッスか。」
赤也は恐る恐る進言してみた。
何だかんだと言っても、立海大テニス部で一番人気があるのは
やはり部長の幸村なのだから。
「赤也はちゃんの事知らないからそんな事言うんだよ。
立海大でちゃん以上の子なんていないね。
あーあ、大学は俺、青学に行こうかな。」
とても本気とは思えない発言に赤也は顔を顰めた。
「けどよ。」
丸井がポケットからガムを取り出すと
口に入れながら赤也と幸村の会話に入って来た。
「ちゃんってそんなに可愛いんだったら
青学で彼氏とかいねーの?」
「いないよ。」
「だっておかしくねぇ?
幸村に靡かないんだったら好きな奴がいるって事じゃねーの?」
割合サラッと無神経な事を言う丸井に赤也の方がたじたじとなっている。
柳は相変わらず静観してるし、仁王は携帯を出してメールを打ち始めてる。
そんな雰囲気の中、幸村は鞄を肩に担ぐとロッカーの扉をパタンと閉めた。
「ちゃんは俺と同じだからね。」
「何スか?」
「テニスが一番だから好きな奴とかいないよ。」
断言する幸村はそう言って笑うと機嫌よく部室から出て行った。
*******
土曜日。
3月の初めにしては半袖でも良いくらいの陽気になった。
赤也は興味本位で女子テニス部の周りをぶらついていた。
そろそろ練習試合の相手が来る頃だ。
赤也は幸村が好きで好きでたまらないという彼女を
一目見ようと午後練習の始まる少し前からここにいた。
立海大に彼女以上の女の子はいないと断言した部長の
その目が確かなのか、半信半疑だったのだ。
「赤也、何か用?」
赤也を目ざとく見つけたのは女子テニス部のだった。
部長であるは赤也の彼女とは友達だったから
学年は違えど何かと赤也とは仲が良くて話す方だった。
自分の彼女ほどではないが、先輩もなかなかスタイルは良いのに
こんなに身近にいる彼女が幸村の恋愛対象にはならないのかと、
赤也は不思議な面持ちでを見た。
女子の中ではテニスも断トツに上手いが
確か去年の個人戦では優勝はできなかったんだっけ、
と普段情報収集に縁遠い赤也でもおぼろげながら記憶があった。
「今日、青学と練習試合、あんだろ?
まだ来てねーの?」
はタメ口を聞く赤也に苦笑した。
真田あたりが聞いたらまた怒られるというのに。
「ううん、もう来て着替えてるとこよ。」
「あのさー、青学の副部長ってどんな奴?」
赤也はさり気なく聞いてみた。
「さんの事?
凄く綺麗な人。一見するとモデルみたい、かな。」
「まじで?」
「何、赤也はそれを見に来たの?」
の呆れた口ぶりに怯む事無く赤也は続けた。
「幸村部長が惚れてるって、そいつの事?」
「ああ。有名だよ。
さんのテニスは凄いからねぇ。」
「はぁ?それじゃあまるで、部長はその人のテニスに惚れてるみたいッスね?」
「だってそうだもの。」
「何言っちゃってるの?」
ふざけて言う赤也にはキッと冷たい視線を投げ掛けた。
「赤也も一度さんのテニス、見た方が良いよ?
うん、ちょうど良いわ!
赤也こそ、その不埒な腐った目を浄化してもらうといいかもね?」
「何だよ、それ。」
むっとする赤也の腕を引っ張るとは奥の練習用コートに
赤也を連れて行った。
1年生が最初に使うそのクレーコートは
練習試合のウォーミングアップ用に提供されていたのだが
早くも一人、黙々とサーブの練習をしてる青学のユニフォームが見て取れた。
すげぇ美人!?
赤也は目をむいた。
モデルなみにすらりとした体つきのせいで
余計彼女の胸に赤也の視線が釘付けになってしまう。
長い髪もゆるやかに纏められていて
ラケットを持っていなければ運動部とは思えない可愛い人だった。
「こんにちは!」
天王子が悪びれる事無くのコートへと自分を引っ張って行くのを
さすがの赤也も気が引けて思わず伏目がちになる。
けれど相手は少しも嫌がる風でもなくニッコリと笑い返した。
「こんにちは。」
「すみません、練習中に。」
「いいえ、まだ早いんだけど待ちきれなくて。」
の澄んだ声に赤也はちらりと視線をくれた。
やばい。
本当に幸村の言った言葉が冗談でない事が分かった。
女神じゃないかと思う位のレベルの高さに赤也は唸った。
幸村が必死になって口説きたくなるのも分かる気がする。
自分の彼女より先に出会っていたら赤也だって必死になったかもしれない。
けれどあの幸村が口説き落とせないなら自分では先ず無理だ、とも
同時に分かってしまって赤也は少なからず凹んだ。
「もし良かったら、うちの次期エースに
さんのアップを手伝わせてもらいたいんだけど?」
思わぬの無茶振りに赤也は思わず無理無理と顔を振った。
「次期エース?」
「そ。ちょっとやんちゃなんだけど
さんのスピードについて行くなら
この子のスプリットがいいかなって。」
「もしかして切原君?」
不意に名前を呼ばれて赤也はぎょっとなったが
はクスクスと笑っている。
「あ、ごめんなさい。
切原君の事は幸村君からいろいろ聞いてたから、
想像通りの感じだなって。」
「へっ?」
「私は青学3年の。
切原君とテニスできるなんて、光栄だわ。」
はきょとんとしている赤也に
ベンチに置いてあった自分のラケットを手渡した。
「切原君には軽すぎるかもしれないけど
軽くラリーするだけだから我慢してね。」
赤也は言われるまま反対コートに入った。
何でこんな風になったのか分からぬまま
のウォーミングアップに付き合う形になってしまった。
興味があったとは言え、テニスをするとは思わなかった赤也だったが
ラリーが段々激しくなるにつれ
赤也の闘争心が燃えたぎるように体中にほとばしった。
何なんだ、こいつ!
もはや女相手等と抜かした事など言えない状況だった。
確かにパワーなら赤也の方が断然有利なはずなのに
そのパワーをラケットに乗せる事ができないのだ。
縦横無尽に伸びてくる打球は返すほどそのスピードが上がる。
ぞくぞくするほどの快感が沸き起こった。
赤也のスプリットと互角でありながら
その球筋はコーナーラインギリギリを目指してどこからでも伸びてくる。
いつの間にか肩で息をしているのは赤也の方だった。
「赤也、無断で何をしているんだい?」
振り返ればそこに腕組みをして立っている幸村がいた。
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