好きで、好きで、好き  2   幸村編









滴り落ちる汗が目に入って
赤也には幸村の表情がよく分からなかった。

それでもあまり良い表情をしていないのは直感的に分かった。





 「ちゃんも人が悪いな。
  俺と言うものがありながら赤也とテニスするなんて。」

幸村の出現では肩を竦めるとベンチに置いてあったタオルを取りに行ってしまった。

 「ああ、ごめん、幸村。
  私が頼んだのよ。
  でもなかなか良い勉強になったと思うんだけどね。」

取り成すようにが割って入れば
幸村はそれを無視しての元へと歩き出した。

何だよ、無視かよ、と赤也は思った。

思いながらも赤也の視線はそんな二人に釘付けだった。

まるで王子様とお姫様。

そんな幼稚な言葉が赤也の口からついて出てくるとは思わなかったが
も赤也と並んで納得するかのように二人を眺めた。








 「言ってくれれば俺が相手したのに。」

ベンチの前まで来ると幸村は拗ねたような表情を浮かべていた。

 「ま、赤也ならちゃんを退屈させなかったとは思うけどね。」

はそこで初めて幸村に笑いかけた。

 「切原君の片足スプリットはなかなかだったわ。
  でもうちのリョーマ君の方が上だと思う。
  そういう意味では切原君はまだ伸びしろがあるわね。」

 「そうか、赤也の奴、どこかで手を抜いてるね。
  後で走り込みを増やさせよう。
  ところで。」

幸村は真面目な顔つきでを見下ろした。

 「練習試合が終わったら付き合ってくれるかな?」

 「幸村君と?」

 「他に誰か君に付き合える奴がいる?」

 「えっと、付き合ってもらいたい人はいるけど?」

不敵な笑みを浮かべて自信たっぷりな幸村をよそに
は思い付いた人の名を次々に口に出した。

 「まずは丸井君。あの妙技は一度目の前で見てみたいし、
  真田君の風林火山も是非ともお願いしたい所だし?
  そうそう、仁王君のイリュージョンも間近で見てみたい。
  それから・・・。」

 「ちょっと待って。」

慌てる幸村には頭を傾げてどうかした?と目で問いかける。

 「そうじゃなくて。」

 「そうね、いくら私だって今日は無理だわ。
  練習試合の後なんて・・・。」





幸村の落胆する後姿が何とも情けなく目に映るが
切原にはそれがもの凄く新鮮なものを見ているかのようだった。

 「あの二人って、何なんスか?」

赤也の独り言にが肩を竦めて答えた。

 「最強カップル?」

 「最強って・・・。」

 「さんとテニスしてみてどうだった?
  赤也ももの凄く嵌ってたみたいだけど。」

 「そ、そりゃあ、女子でもあんだけの腕前なら・・・。」

 「それに美人だしね?」

からかう様なの横槍に赤也は二の句が告げなかった。

あれだけの力量と器量なら幸村が諦めきれずにいるのも頷ける。

 「あの二人、どう見たってお似合いでしょ?
  まあ、幸村が好きで好きで追い掛け回してるって感じだけど。
  青学の乾君に言わせるとね、
  さんだって相当幸村の事、好きみたいだけどね。」

 「なら付き合えばいいじゃないッスか?」

 「そうね。
  まあ時々二人でストリートテニス場で打ち合ってたらしいけど。」

 「テニスだけの付き合いなんスか・・・。」

 「だってね、幸村は両思いになってもきっと崩れないわよ?
  あいつ、精神力はかなり強いからね。
  でもさんはね、かなり危機感を持ってるみたいだって。」

 「それも乾さんの情報ッスか?」

赤也は呆れたように呟いた。

うちの参謀といい、どこまで情報通なんだか・・・。

 「さん、中学の頃手塚君といい仲だったみたい。」

 「えっ、マジッスか?」

 「でも手塚君、肩を痛めて九州に行ってた事があったじゃない?
  あの頃、さん、すごく不調になったらしくて。」

 「そ、それじゃあ今も手塚さんと?」

 「ううん、お互いにテニスに専念するために別れたとか、どうとか・・・。」

 「何スか、それ。訳分かんないッスよ?」

赤也が頭を掻きむしった。

 「そうかな。手塚君はさんに自分のテニスを極めて欲しかったんじゃない?
  幸村だってさんのテニスに一目置いてると思う。
  お互いのテニスが魅力的だから惹きつけ合ってるんだし。
  お互いに伸ばし合えるならそれはすごい理想像だと思わない?
  ただ、幸村は恋をしてもテニスが疎かになったりなんてしないけど、
  多分さんはまたテニスの調子が不安定になりそうで
  今ひとつ踏み込めないんじゃないかな。」

 「はぁ?
  それは可笑しいっしょ?
  幸村部長、あの人もテニスが一番だからって言ってたんスよ?
  それでもこの半年、好きで好きでずーっと一筋で。」

 「あら、女の子は複雑なのよ。」

 「あー、何かイライラするッス!
  頭でごちゃごちゃ考えるからそうなるんスよ!
  人の事でも俺、そう言うの嫌なんスよね。」

 「あ、赤也!?」

引き止めるのも聞かず、赤也はずんずん二人の側に歩いて行った。

それを見たはやれやれと後に続いた。

 「赤也は思った以上に考えなしのタイプね。」









 「だからテニスの話じゃなくってさ。」

幸村はそれでもに向き合うと深く息を吐いた。

 「練習試合の後、俺に君の時間をくれないか?
  誕生日くらい付き合ってくれてもいいんじゃないかな、と思ってさ。」

 「誕生日?」

 「今日は幸村部長の誕生日ッス!!
  そんな事も知らないんスか!?」

いきり立つ赤也の登場に驚きの目を向けたのは幸村の方が早かった。

 「あんた、幸村部長がどんだけ我慢してると思ってるんスか?
  テニスが上手いからって惹き付けといて、ほんとはその気が無いんでしょ?
  さっさとはっきりさせたらいいじゃないッスか!?
  要するに手塚さんがネックなんでしょ?
  未だに引き摺ってるって奴?
  そう言うの、人に言われないと気がつかないとか、
  そういうオチでしょ?
  あんた、可愛い顔して性質悪いッスね!」

 「えっ、な、何?」

 「赤也?」

顔を真っ赤にするほど興奮しながら赤也はを睨みつけた。

その剣幕にもびっくりした目で赤也を見つめていたが
やがてゆっくりと立ち上がると赤也に向けてにっこりと微笑んだ。

その意外性に赤也はたじろいだ。

 「切原君って面白いね。
  幸村君の事、凄く好きでしょ?」

じっと見つめられて赤也の動悸は弾みだす。

もしかして場違いな事を仕出かしてしまったのかと言う、
いつもの直感が赤也の胸の中に反省という言葉を浮き上がらせていた。

 「俺は好かれても嬉しくないけどね。」

幸村は額に手を当てて完全に哀れむような目を赤也に向けていた。

 「それで?
  赤也は何をに吹き込まれたんだい?」

 「えっ!?」

後ろを振り返ればが舌を出している。

赤也は脱力したまま青くなった。

 「手塚君か。
  相手としては不足なし?」

 「俺にヤキモチ焼いて欲しいって事?」

幸村に切り返されてははにかんだ。

 「確かにそんな風に噂された事はあったけど。
  私、本当に中・高とテニス一筋だったから、
  卒業まではそのスタンスを通したかっただけなの。」

赤也はきょとんと二人を交互に見やる。

 「でも切原君の言う通り、この半年、
  幸村君は本当に付かず離れず私に付き合ってくれたなって思う。
  だからやっぱりちゃんとハッキリさせるべきだよね?」

 「ちゃん?」

 「幸村君、誕生日知らなくてごめんなさい。
  そして、おめでとう。」

 「ああ、気にしないで。」

 「来年は一番にお祝いするから。」

 「「えっ?」」

期せずして赤也と幸村の声が重なった。

少し顔を赤くしたはラケットを抱えるとの方を見た。

 「じゃあ、そろそろみんな集まると思うから。」

幸村の脇を通り過ぎようとした時、
幸村は思わずの腕を取った。

 「ちょっと待って。
  付き合ってくれるの?」

 「私ね、幸村君、今は青学なの。」

 「うん?」

 「卒業まではこのままで・・・。
  でも4月からは立海大生なの。」

 「えっ?」

 「だから、同じ学校になったら付き合って下さい。」


の爆弾発言にポカンとする男二人。

が「それ、本当なの?」と嬉しそうにに話しかける後姿を
さしもの幸村も呆然と見送ってしまった。
  
クリスマスも正月も忙しそうにしていたのは
内緒で立海大の外部受験に備えるためだったのか、と
幸村は思い当たる節に思わず苦笑した。

 「してやられた。」

 「何がッスか?」

 「いや、でも最高の誕生日プレゼントだよ。」

自分の方が好きで好きで、きっと迷惑に思われるくらい
好きだと思っていたのが、の方だって
一緒にいたくてそこまでしてくれたのかと思うと
幸村は改めて自分の彼女に惚れ直す想いだった。

 「さて赤也。
  俺は今最高に気分がいいから
  赤也のスプリットを叩き直してあげるよ?」

 「えっ、いや、それは・・・。」

 「さあ、コートに行くよ!」

上機嫌な幸村は赤也の腕を取ると
有無を言わせずにずんずんと男子コートの方へと向かうのであった。
  








Back




☆あとがき☆
 今年は幸村の誕生日イベントに
参加できて幸せでした。
幸村に思われて思われて
そう言う学生生活に憧れます。
2011.3.28.