後ろにも目を  2










 「何、何、朝から優等生同士で痴話喧嘩だって?」


目を輝かせて興味津々の親友の口ぶりは実に楽しそうだった。

 「誰が痴話喧嘩よ!?」

 「えー、何だか知らないけどうちのクラスまで噂になってるよ?」


全く酷い話だ。

そしてこの手の話は足が速い。

あっという間に流れに流れて
知らない子達の視線までもがチクチクと刺さって来るものだから
仕方なく昼休みは学食の隅っこで取る羽目になった。

 「大体何で私が柳君と噂になるのよ。
  好い加減にして欲しい。」

 「そうは言っても柳は自分の彼女については一切口にしないからね。
  その代わり、学年トップの優等生同士って
  周りは何となくライバル以上のものがあるかも、って思ってるし。
  そこへ来てが男物のネクタイしてるんだもん。
  柳が渡したんじゃないなら誰の?って事になるんじゃない?」

勝手に三角関係のもつれみたいに噂されてこっちはたまったものじゃない。

それもこれも忌々しい非日常的なネクタイのせいだ。

 「で、それ、誰に貰ったの?」

 「それ、も聞くの?」

 「当たり前じゃない。
  今まで男っ気がなかったが突然ネクタイ交換してるんだもん。
  いくら親友でもびっくりだよ。」

は身を乗り出して聞いてくる。

 「じゃあさ、教えたらこのネクタイ、外してくれる?」

 「へ? 自分でできないの?」

呆れたようなに、こんなにきつく結ばれては解けないと
正直に打ち明ければ、反対にニヤニヤと曰くあり気に笑われた。

 「愛されてるんじゃない?」

 「だからそういうんじゃないんだってば。」

私は周りを見回して一段声のトーンを低くした。

 「私、本当に困ってるんだから。絶対誰にも言わないでよ?」

 「はい、はい。」

 「できればこのネクタイ、から返してもらいたいの。」

 「えっ、何で私が?」

 「だって部活が一緒なんだし。」

そこまで言うとはちょっと困ったような顔をした。

 「相手、テニス部なの?」

 「うん。」

 「柳じゃなくて?」

 「だから違うって。」

 「あー、うん、柳じゃないわよね。」

の視線が落ち着かなくなるのを私は不思議そうに見ていた。

同じテニス部だと気まずいのかな、なんて。

 「もしかして・・・仁王、とか?」

 「違うって!!
  もっとこう、もてはやされて胡散臭い奴がいるじゃない?」

 「胡散臭いって・・・。」

 「私もね、カッコいいなあ、位は思っていたんだよ?
  でも何かちょっと違ってた。
  変わってるって言うか、マイペースって言うか。
  モテ過ぎちゃうと何でも許されるなんて思ってるんじゃないのかな?
  人をからかうのにも程があるって言うか、
  まあ、他の子はこういうのされると喜ぶんでしょうけど。」

幸村君にネクタイを結んでもらう時にドキドキした事は
この際なかった事にしよう。

そんな風に思っていたら
に大きなため息を付かれてしまった。

 「まさかと思うけど、幸村、なんだね?」

 「う、うん。」

 「有り得ない・・・。」

 「そうなのよ、有り得ないでしょ?
  もう信じられない、って感じで。
  ね、だからこれ、外してよ?」

渡りに船とばかりにそう答えたらは小さく無理、と呟いた。

 「えっ?」

 「できない、いや、むしろしたくない。」

 「?」

 「友達として言うけど。
  、あんたはもう少し後ろを気に掛けた方がいいわよ?」

の言葉の意味が分からなくて
後ろが何?とばかりに振り向きかけたら
耳元に信じられない言葉が飛び込んで来た。

 「胡散臭い奴って俺の事?」

本当に心臓が止まるかと思った。

いつの間に人の背後にいたのやら、
気付けば間違いなく胡散臭い笑みが私の鼻先にあるものだから
思わずのけ反って椅子から滑り落ちそうになった。

 「随分楽しい事になってるね。」

幸村君は平然と私の横に並ぶようにして座って来た。

止まるかと思われた私の心臓は
今度は逆にもの凄いパワーでドクドクと血流を押し出して来て、
何でこんなに幸村君の事を馬鹿みたいに意識してるんだ、と
頭の隅で思いっきり自分に突っ込んだ。

そうでもしないと何だかどんどん
自分が自分じゃなくなる感覚に襲われそうだった。

 「まさか柳とそんな風になってるとは思わなかったよ。」

幸村君はなぜか深刻そうにため息を洩らした。

そんな悩ましい表情も絵になるんだから得だなと思う。

 「よ、よくそんな事が言えるわ。
  大体幸村君が変な事するからややこしくなっちゃったんじゃない。」

 「ややこしい?」

 「そうよ。
  勝手に人のネクタイ取っちゃうし。
  それにこれ、もの凄く固く結んでくれたお陰で解けないし。
  もう充分楽しんだんでしょうから返してくれない?」

が側にいてくれたお陰できっぱりと勇気を出して言ってのけた。

弁論大会で壇上に上がったってこんなにドキドキはしなかったと言うのに
裏返りそうになる声を必死で押さえ込んで少しきつめに睨み付けた。

でも目の前の幸村君には全然効果がないみたいだった。

 「解いてあげてもいいけどいいの?」

 「いいも何も、責任は幸村君にあると思うけど?」

 「もちろん責任は取るつもりだけど、
  ここで君のネクタイに手を掛けたら俺のだって周りにすぐばれちゃうよ?
  まあ、俺としてはそれも楽しいけどね。」

意味深な言葉に私はつと幸村君の肩越しに食堂を見回した。

隅っこにいるはずなのに幸村君のお陰で
なんだかこの場所が偉く目立つ気もしてきた。

遠巻きに幸村君を見てる子たちは
必然的に私と幸村君の関係も疑っている訳で
これ以上面倒な事に巻き込まれるのは正直困る。

幸村君にとってつまらない日常も
私にしてみれば平穏そのものなのだから。

その平穏をぶち壊そうとしているのは明らかに
この横にいる立海きっての人気者に他ならないのだけど。

を見れば、諦めたら、みたいな感じで苦笑している。

 「幸村ってば、本気だったんだね?」

 「俺はいつでも本気だけど?」

 「いくら何でも唐突すぎるでしょ?
  それもいきなりネクタイ交換なんて・・・。」

 「へー、にだけは言われたくないけどな。」

にやりと笑う幸村を見てわざとらしいため息を付く

腑に落ちない面持ちで私は二人の会話に割って入った。

 「ちょっと待って。
  、幸村君がこんな事するって分かってたの?」

 「えっ? ううん、もちろんそこまでは知らなかったけど。」

 「そこまでは?」

 「俺がさんを彼女にしたいって思ってる、ってとこまでは
  知らなかったと思うよ。
  まあ、君たちが仲がいいのは柳から聞いていたから
  に君の事をいろいろ聞いたりはしたけどね。」

幸村君の言葉に私は驚いてしばらく呆けてしまった。

彼女って?

幸村君が?

私を?

何で? どうして? いつから?

一度に浮かぶ疑問に対処できなくなった私は眉間に皺が寄ってしまったらしく、
クスクス笑う幸村君の指先が私の額を伸ばすように触ってきて
その感触に我に返った瞬間、顔が真っ赤になるのが分かった。

何て醜態!

免疫がないってこういう事なのかもしれない。

 「うわあ、やっぱり面白い。
  さんって凄く可愛い反応するなぁ。」

 「ちょ、ちょっと!」

 「俺の事、かっこいいなあって思ってたんでしょ?」

 「お、思ってなんか・・・。」

 「えー、さっきに言ってたじゃないか?」

 「幸村、をからかうのは止めてよ?
  私、そう言うつもりで幸村に頼んだ訳じゃないんだから。」

 「、俺は本気だって言っただろ?
  それに邪魔をするなら俺だって君に力を貸さないよ?」

幸村君の言葉に押し黙る

ばつの悪そうなの表情を見ていたら
私もそうだけど、親友にまで手玉にとって弄んでる幸村君に
無性に抗いたくなる気がしてきた。

 「ちょっと、までからかってるんなら許さないわよ!」

 「あれ、友達の事になると勇ましくなるんだね。
  だけど、いいのかな、俺たちが仲良くしないと
  が困るんだけどな。」

 「えっ?」

私はいまだドキドキ鳴り止まない胸に翻弄されながら
本日2度目の解けない問題を前に頭の痛くなる思いだった。








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