秘密の恋人






 「どうしたの? 入学早々迷子…かな?」


優しい声が降って来て見上げるとそこには
こんな優しい声を持つ人はこの人しかあり得ない、と思わせる
ふんわりとした雰囲気の素敵な男の人が立っていた。


 「あ、あの、私、クラス割の表が張り出されてる広場がわからなくて…。」

 「ああ、あの掲示板、ちょっとわかりにくい所にあるからねえ。」


くすりと笑うとその瞳が細くなって
男の人でもこんなにきれいな人がいるんだと見惚れてしまっていた。


 「新入生かぁ。可愛いなあ。」

 「えっ///////」

 「ふふっ。耳まで赤くなってる。
  免疫がないのかな?」

 「あっ、いや、そんなこと…。
  い、今まで女子校だったから、その…。」


しどろもどろになりながら両の頬を押さえて俯いたら
くしゃりと頭をなでられた。


 「そんな風にいちいち反応してたら、からかわれるよ?
  立海大は男子の方が多いんだから。」

 「…////」

 「外部受験生だったんだね。
  ほら、掲示板の所まで連れて行ってあげよう。
  君はクラスは?」

 「い、1年C組、…です。」

 「ちゃんか、名前も可愛いね。」



街角でこんな風に言われたらナンパな野郎だとばかりに絶対目も合わせないけど、
そんなキザな台詞さえもこの人の口から出ると
まるで運命の王子様に言われてるみたいで
それはもう心までふわふわになるほどとろけてしまいそうな甘い響きだった。


 「俺は3年C組、幸村精市。
  何か困った事あったらいつでも訪ねておいで。」


掲示板まで送り届けてくれた幸村先輩はかっこよくて親切で、
その後姿をいつまでもぼーっと見ていたら
あろうことかは新入生の中で真っ先に有名人となってしまった…。











        ********






 「幸村先輩!」


あれから校内で幸村の姿を見かけるたび思わず声をかけてしまう。

たいした用事もないのにただただ先輩に会えるのが嬉しくて
自分がこんなに積極的だとは思ってもみなかった。

でもそれはいつどこで声をかけても
幸村が必ず応じてくれるから、それが自信になってる。

自分は特別…なんだと。

周りの同級生たちには羨望の眼差しで見られ
今まで浮いた話のひとつもなかったにとって
幸村は初めての恋の相手だった。


 「ちゃん、今日も元気だね。」

 「はい。もう学校に来るのが楽しくて。」

 「ふふっ。俺もちゃんに会えるのが楽しみだな。」

 「ほんとですか?」

 「ああ、もちろんだよ。」



幸村先輩が凄く嬉しそうに笑うからますます好きになる。


 「ああ、そうだ、ちゃん。」

 「はい?」

 「もう部活は決まったの?」

 「い、いえ、まだ…。
  中学ではあんまり部活がなかったから目移りしちゃってて。」

 「中学では何部だったの?」

 「陸上部です。
  あ、でも長距離の方だったからそんなに速くはないんです。
  持久力だけって言うか…。」

なんだか照れてしまって最後の方は声が小さくなってしまったけど、
幸村はうんうんと相変わらずニコニコと聞いててくれる。

ああ、幸村先輩と同じ部活に入りたいって言ったら笑われるかな?

そんな風に思っていたら幸村は、運動系のような気がしたんだよね、と
じっとのことを見つめていた。

 「ちゃんって健康的な感じだものね。」

 「は、はい、私、体力だけはあるつもりです。」

 「そう? そうだと嬉しいなあ。」

 「せ、先輩?」

 「ねえ、入りたい部活が決まらないんだったら
  テニス部のマネージャーやらないかい?
  ちゃんが助けてくれると俺も心強いんだけどな。」


幸村にそう言われてはもう大きく頷くだけで幸せな気持ちがした。






幸村に言われて放課後、テニス部の部室に行くと
そこにはずらりと背の高い先輩たちがを待っていた。

恐る恐る近づくと、着物でも着せたら絶対似合うような人が
ノートを片手に手招きしてくれた。


 「君がだね?」

 「はい…。」

 「ふむ、まあ幸村の目は確かだからな。
  ところでテニスはやったことがあるのかい?」

 「えーと、授業で少しだけ。」

 「まあ、経験者でなくともこちらはかまわない。
  マネージャーといっても雑用が多いからな。」

柳と名乗った先輩は幸村ほど優しい風体でもなかったけど、
次に口を開いた先輩は声も太くてなんだか
何もしてないのにこちらが怒られてるような感じの人だった。


 「
  初めに言っておくが、我が立海大テニス部は
  部内恋愛は一応禁止だ。」

 「えっ? あの、一応って…?」

聞き返したら悪いだろうかと思いながらも
それでも幸村が好きで一緒にいたいと思う気持ちもだめなのかと
そこは確認したくて小さな声で聞いてしまった。

 「約1名、自ら禁を犯してる者がいるからな。」

 「弦一郎、あまり初っ端から言わんでも…。」

横から銀髪の後ろを括った、どう見ても柄の悪そうな先輩が口を挟んできた。

 「だが、きちんと言わねば去年の新入りのように中途で脱却されてもな。」

 「まあ、仕方なかと。
  ユキの悪い癖じゃ。
  、お前さんはユキに見込まれたんじゃからのう、
  何があっても辞めんと頑張れよ?」

 「…はぁ。
  あの、テニス部のマネージャーってそんなにきついんですか?」

が不安げに最初の先輩見やると、
その先輩は薄い唇の端に笑みのようなものを浮かべて
相変わらず何を考えてるのかわからない顔で答えてくれた。

 「ああ、大丈夫だ。
  3年にというベテランマネがいるから
  彼女のサポートをするだけでいい。」

 「じゃけん、何を見ても落ち込むなよ?」

 「えっ?」

 「仁王!」

 「何、は完璧なマネだからのう。
  落ち込まんと頑張れよ、ちゅう話じゃ。」

仁王と呼ばれた先輩はクツクツと笑いながらの背をぽんと押してきた。








今思えば、先輩たちはの心の内なんてお見通しだったのだろう。

幸村の甘言にまんまとほだされてマネージャーやる羽目になって、
いろんな事がわかってきてもそれでもやっぱり幸村が好きで、
なんでこんな事になってしまったんだろうって
幸村たちの卒業目前になってもどうにもやり切れない気持ちのまま
は入部したての頃の事を思い出していた。








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