クリスマスの二人 1
「ねえねえ、クリスマスに集まろうってことになったんだけど、
も来ない?」
期末テストも終わり、まっすぐ家に帰る必要もなくて、
放課後の教室はなんとなくまったりモード。
も帰る支度を済ませた鞄が机の上に出てるものの、
やっぱりなんとなくまだ帰る気はしなくて、
ぼんやり夕方の校庭を眺めていた。
呼ばれて視線を親友の方へ向けると、
の他に数人のクラスメイトたちが、
集まる店を決めかねてるらしくて、
雑誌のクリスマス特集を開いて楽しげに相談している。
「え〜? 私はいいよ。」
「何言ってるの。クリスマスを一人で過ごさなきゃならない者同士が集まるんだよ?
も同志でしょ?」
「同志って…。」
は苦笑した。
「こらこら、親友の私のお墨付き!
だって正真正銘独り者でしょ?
みんなで集まってさ、楽しくやろうよ?
クラス委員がでないでどうする?」
こんな時にクラス委員も何もないだろうに、
いったんこうと決めると、相手に反論させる暇を与えないの性格がわかりすぎてるだけに、
はもう嫌とは言えなくなってしまう。
「ナニナニ?何の相談かにゃ?」
昇降口の掃除当番だった菊丸が教室に戻るや否や、
との間に割って入ってきた。
「おー、わがクラスのアイドルがご帰還でしたか。」
が調子よく菊丸の肩に手を置いた。
「ねえ、菊丸ってさ、今、付き合ってる子、いなかったよね?」
「へっ?」
「あのね、今、このクリスマスをさびしーく一人で過ごさなきゃいけない同士で、
どっか借り切ってパーティしようって事なんだけどさ。
菊丸もどう?」
「へ〜、面白そうだね!俺はオッケーだよん!
で、どこにするの?」
そう言うと、菊丸は今度は店決めで悩んでる子達の輪に飛び込んでいった。
「クリスマス会、やるの?」
独り言のように呟くその声は、わがクラスのもう一人のアイドル、不二だった。
「不二も来る?…って、そんな訳ないか?
不二ってクリスマスのお誘い、多いもんね?」
がオーバーアクション気味に肩をすぼめて見せると、
不二はちらっとに視線を移した後、案外簡単に答えてきた。
「そうだね、お誘いは多いけどさ、
このクラスのメンバーだったら参加してもいいよ。」
「ええっ?本当、不二?
不二ってやっぱりフリーだったの?」
「ん?」
「いや、不二ってもてるけど、こういう付き合いには乗って来ないからさ、
他校にでも彼女がいるんじゃないかってもっぱらの噂だよ。」
「いやだな、どっからそんな噂になるんだか。
でも、ま、フリーって訳じゃないんだけどね。」
くすくす笑う不二には、まあ、なんでもいいわ、と菊丸たちの方へ加わった。
は一連の不二との会話を聞きながら、
不二の方を見やることもできず、落ち着かなくて鞄の留め金を意味もなく弄んでいた。
不二がゆっくりとの前の席に座るのに気づくと、
は慌てたようにたちの方へ視線を移した。
どうやら店決めで菊丸とが対立しているらしい様子だった。
「ね、英二って実はの事が好きだったって、知ってた?」
淡々と話す不二の口調は穏やかで、
この声は好きだな、とはいつも思う。
だけど、誰かに向かって発せられる不二の言葉は平気なのに、
こうして自分に向けられた言葉をはうまく受け止めることができないでいた。
その声はの胸に染み透って、無駄にの鼓動を早くするだけだった。
「ああやっての意見と合わない事ばっかりわざと言うんだよ。
口げんかみたいだけど、最後はいつも結局英二が折れる事になるんだよね。
それなら初めからに合わせればいいのに、って言ったら、
そういうのが楽しいんだって。」
そう言われて眺めてみる菊丸は、にこっぴどく何か言われてるようなのに、
へらへら笑ってて、でも、なんだかいつもより嬉しそうかもしれない。
でも、不二に相槌を打つべきか、何か別の事を言った方がいいのか、
悩んでるうちにたわいもない言葉ですら出てこなくて、
どうしても不二には緊張してしまう。
思う事の半分も言えなくて、自分はなんて進歩がないのだろう、
はふっと去年の事を思い出してしまう…。
********
中学3年生のクリスマス前。
そうあれは二人が付き合いだしてまだ1週間も経たない頃。
不二に好きだと言われたのはいいけれど、
憧れの不二と2人っきりでいる事に慣れなくて、
はどうしても緊張して不二と話す事ができなかった。
それでも不二は優しくて、
テニスの事とか、部員たちの面白い話とか、
いろいろ話しかけてくれていたのだが、
はそれを隣で聞くだけの自分がたまらなく苦痛だった。
相槌を打つだけでも、そのタイミングを悩む自分がいて、
どうしてこんなに会話が成り立たないのだろうと、
不二の彼女という立場の居心地の悪さに、
は段々寡黙になるのだった。
そんなの様子に不二が気づかないはずはなかった…。
コート脇のフェンスの所で、は俯いたまま不二の前に立っていた。
「ねえ、僕といると楽しくない?」
そんな事はない、そう思ってるのに…。
「は僕と二人っきりだと苦痛?」
ちゃんと言わなきゃ…。
「ごめん。僕だけが先走っちゃったのかな?
それなら、今まで通り、クラスメイトでいいから。」
クラスメイト、その方がよっぽど気が楽かもしれない。
前に戻るだけ。
何も変わらない、多分。
でも…。
は最後まで不二に、それでも好きだった、という思いを口に出す事もできなかった。
********
高校生になって、まさかまた不二と同じクラスになるとは思ってもみなかった。
だけど今のクラスは、外部生が多かった事と、
内部生の、テニス部の熱狂的なファンがいなかったせいか、
不二たちも特別扱いを受けることなく、
このクラスの中に居る限り、普通な存在だった。
初めこそ、も不二にどう対応していいかわからなかったが、
不二はに告白した事や、付き合いを振り出しに戻した事なんか、
微塵も感じさせない風だったので、
もクラスメイトとして日常会話くらいなら普通にできるようになった。
不二はにも優しかったけど、誰にでも優しかった。
敢えて言うなら、このクラスの男子と女子は、
他のクラスが羨ましがるほど仲がよかった。
ただ、たまに、こんな風に突然不二と間近に相対すると、
やっぱり緊張して自分から話しかける事はできなかった。
でも、とは思う。
前みたいに、苦痛だと感じる気持ちはなかった。
不二はたとえの返答がなくても全然嫌な顔をしないばかりか、
10のうちひとつくらいに返答しただけでも満足げな微笑をに返してくれるのだった。
は段々と、不二は自分がこの状況に慣れてくるのを、
ゆっくりと待っていてくれてるのだろうか、と思うようになっていた。
それはの都合のいい願望だったかもしれない。
ただのクラスメイトに戻ったとはいえ、
不二は自分の事を嫌いになった訳でもなさそうだったし、
ともあれ、の方だって不二を好きな気持ちは前と同じ、
いや、多分あの時よりもっと好きになっている。
「も…きっと…菊丸君のこと、嫌いじゃないと思うよ?」
がポツリと言うと、不二は嬉しそうに笑った。
「うん。いい感じだよね?」
それは菊丸たちの事を言ってるだろう事はわかっていたけど、
は自分と不二が、今、いい感じだよね、と言われたようで、
なんだか耳元がくすぐったくて、ほっとしていた。
「そう言えばさ〜、不二、前に言ってたよにゃぁ!」
突然菊丸が不二に声をかけた。
「ほら、あそこの店が雰囲気いいとかなんとか。
彼女連れて行くならあそこが絶対いいって!」
菊丸はなかなか思い出せなくて頭をかきむしっていたが、
不意にの方を凝視すると、?という風に頭を傾げる。
「なんだったっけ、あそこの店。
ほら、中学ん時、不二がと一緒に行ったんじゃなかったっけ?」
英二の爆弾発言に、をはじめ、教室に残っていたクラスメイトが全員の方を振り返った。
「えっ?何?
って不二と付き合ってたの?」
外部生だったは、思わずと不二を興味深げに交互に見やった。
がのストレートな言葉に青ざめて立ち上がるのと、
不二がその目を見開いて「英二!」ときつく叫ぶのが同時だった。
「えっ?わっ!!
俺なんかまずい事言っちゃった?
あれっ?あそこにまだ行ってなかったんだっけ?
でも、付き合ってたのはだったよにゃ?」
菊丸はなおも悪びれずに続けるので、
桜は困惑して思わず叫んでしまった。
「わ、私、別に付き合ってなんか…。
付き合ってたなんて言えないよ。」
叫んでしまってからは逃げるようにして廊下に飛び出した。
の後を追おうとしたの肩を不二が引きとめた。
「僕に任せてくれない?」
********
教室を飛び出してまっすぐ昇降口までやってきて、
は自分の靴箱に手をかけた。
けれど鞄を教室に残してきたまま帰れないことにはたと気づき、
気まずそうに手を下ろした。
自分は何から逃げ出したかったのだろう?
たちに不二と付き合ってたと思われるのが嫌だったのだろうか?
あんなの、付き合ってるなんて言えやしないのに。
大体、不二に自分の気持ちすら告白してなかったというのに。
は頭を振った。
それよりも、今、教室に戻る事はできそうにない…。
ため息をつくと、は中庭の渡り廊下の方へ歩き出した。
NEXT
BACK