「〜、頼みがあるからあとで生徒会室に来てくれる?」
それは七夕祭の3日前のことだった。
は何やらいろんな書類を両手に抱えたまま、3-6の教室に入ってきた。
はその日、日直だったためクラス日誌を書いていた。
「どうしたの?」
「もうやることが多すぎて手が一杯なんだよね。」
は珍しく弱音を吐いていた。
例年七夕祭は学園内での行事だったのが、今年は地元商店街を巻き込んでの一大プロジェクト、
さすがに根回しは万全だったが、当日の役振りで大忙しの毎日であった。
「確か、各委員会の委員長たちも総出でやってるんじゃなかったっけ?」
「でもねえ、引き継いだばかりの2年生たちじゃ、どうしようもないのよ。
ま、当日の接待なんかは大丈夫だと思うんだけど、
タイムスケジュール作ってみんなに配ってやらなくっちゃと思ってさ。」
「面倒見のいい先輩ならではね?」
「でさ、大体の下書きはしてあるんだけど、を見込んで清書してくれないかな?」
「そうねえ、親友の頼みとあらば断れないかなあ。」
「でしょ?そうでなくったって、は私の秘書なんだからさ。」
生徒会副会長であるは今までにもに議事録やら総会資料の作成を頼んできていた。
書記はいることにはいるが、会長の手塚同様運動部のため、試合が近づくとほとんど生徒会の仕事は
が一人でこなしていた。それを見かねたが支障のない部分だけ手伝ってきていたのだ。
「助かるなあ。持つべきものは友達よね。」
そう言いながら、それまで二人の会話をニコニコしながら聞いていた不二には突然話しかけた。
「で、不二君はなんでここでと一緒にいるわけ?」
今まで散々自分の事を無視していたくせに、と思いながら不二は答えた。
「ひどいなあ。今日は僕たちが日直なわけ。
有能な僕の秘書が日誌を書き上げてくれたら僕が職員室に持っていくことになってるんだ。」
「秘書って私のこと?」
はため息をつきながら不二を見た。
「こらこら。は私の秘書なんだから。勝手に横取りしないでくれる、不二君。」
はちょっと怒ったような顔をしたが、何を思いついたのか、をじっと見つめた。
もの視線に嫌な予感がした。
が何か良からぬことを、多分友達想いの企みを考えているだろうことを長年の感から察知していた。
(、お願いだから何もしないで…。)
の目は精一杯のへの抵抗であったが、は含み笑いをすると不二に視線を移した。
「ねえ、不二君。確か写真が趣味だったよね?」
の質問には必死の抵抗も無駄に終わったことを知る。
が思いついたことをすぐに行動に移すタイプであることは百も承知の上だったが、
結果は後からついてくるもの…と信じて疑わない友達に時として驚かされることが多かった。
自身は石橋を叩いても渡れないことが多かったから…。
「へえ、よく知ってるね。」
不二はどこか楽しげに相槌を打っている。
「確か乾君に聞いたことがあったような…。
そんなことはどうでもいいのよ。
とにかく、七夕祭当日に花火の写真を取ってもらいたいんだけど。」
「写真なら写真部の人に頼めばいいんじゃない?」
「そうなんだけど、そっちの方には来賓の方々の写真を撮って貰う手配をしてるし。
生徒会新聞にやっぱり花火の写真は載せたいじゃない?
頼めないかしら?」
は本当に人に物を頼むのが巧いなあ〜とはぼんやり思っていた。
「そこまで言うんなら、引き受けてもいいけど。」
「じゃあ、お願いね。助手をつけるから。」
そう言ってはを指差した。
「えっ?助手って?」
は慌てた。
「うん。わかった。の許可が下りたから
当日はが僕の助手だね。」
「ちょっと、ったら…。」
じゃ、、あとで生徒会室に来てね、と言い残しては教室を出て行ってしまった。
「う〜、なんであんなに強引なんだろう。」
は日誌を書き込むことに専念した。
そうでもしなければ不二と目を合わさないでいられる状態が保てないからだ。
「もしかして七夕祭は誰かと花火を見る予定だった?」
不意に不二がに聞いた。
は書き上げた日誌を閉じると、シャーペンをペンケースにしまった。
「ううん。
当日もきっとに何かしら手伝いを頼まれるんだろうなあと思ってたから。」
「クスッ。本当にに頼まれると嫌とはいえないんだねえ。」
「付き合い長いし、も私の頼みは聞いてくれるんだよ。」
は日誌を不二に渡しながらつい目を合わせてしまった。
昔から知ってるような優しい眼差し。
サラサラと顔にかかる髪をかき上げる仕草も、
自分の何もかもを包み込んでくれるような雰囲気もは好きだった。
好きという言葉を出してしまったら、この目の前のものを全て自分のものにできるのだろうか?
それとも全てを失って、クラスメイトという居心地のいい関係まで失ってしまうのだろうか?
自分と不二をつないでる見えない橋を何度叩いてみても、向こう側へ行けない自分がいた…。
「僕の頼みも聞いてくれる?」
思いがけない言葉には現実に引き戻される。
「七夕祭の日はポスターの子みたいに髪を結ってほしいな。」
「えっ!?」
「だってここのところ、ずっと髪を下ろしてばっかりなんだもの。」
確かに例のポスターが張り出される前は、は長い黒髪をポニーテールにしていた。
うなじを出してしまうと、あの後姿に似てるって言われるのが嫌だったからだ。
「不二君って菊君と一緒だね?
ポスターの子に恋しちゃったんじゃない?」
はドギマギする自分の心をひた隠しに隠すと、
急いで自分の鞄にペンケースをしまって立ち上がった。
これ以上ポスターの話はしていたくなかったからだ。
「じゃ、日誌お願いしていい?
私、を手伝ってくるから。」
不二の返事を待つまでもなく、は教室をあとにした。
「わかってないなあ〜。
僕は英二とは違うんだけどな。」
不二の独り言はには届かなかった…。
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