七夕祭当日。
は鏡の中の浴衣姿の自分を見つめていた。
浴衣はもちろん自分のものだったので、ポスターの時のような大人びたものではなかった。
が、紺地に白の朝顔の大胆な柄は、それでもいくらかはを普段より大人っぽく見せてはいた。
「はぁ〜。髪型、どうしよう?」
は不二と別れての待つ生徒会室での会話を思い出していた。
「不二君に写真頼むのはいいけど、なんで私に助手をさせるのよ。」
「あれ、いけなかった?」
「あの振り方は絶対おかしかったもの。」
「うーん、だけど不二も望んでたと思うよ。」
「私、頼んでない!」
「ううん、だって七夕祭、不二と行けたらな、って思ってたでしょ?」
「うっ…。」
「私だったらこんなチャンス、逃さないけどな。」
「だ、だけど、心の準備が…。」
「そう言ってずーっと何もしないままより、
少しでもいいから同じ時間を過ごしたいと思わない?
あの時の不二って、日直でいられる時間、楽しんでたように私は思うけどな。」
確かに不二はが書き上げる日誌を待っていた。
が職員室に持っていくから、不二君は部活に行ってね、って言ったのに。
「でも、不二君って誰にでも優しいから…。」
「それは一般論。本人に聞いてみないとわからないことってあるよ。」
「それだと私、期待しちゃうよ…。」
は目を伏せた。
期待しただけ損することがあまりにも大きすぎるような気がするのだ。
「とにかく、当って砕けろよ!」
「砕ける覚悟があれば、もっと前に当ってるわ…。」
は苦笑した。
(砕ける前にやっぱりきれいでいたいかな?)
は鏡の中の自分に視線を戻した。
そうして、ポニーテールにした髪の半分を根元に巻きつけ、小さなシニヨンを作った。
あとの半分はそのまま背中にたらしたままにした。
(これでよし。不二君のリクエストにも応えてるよね?)
鏡の中の自分に問いかけると、普段より色のついたピンクのグロスをつけた。
不二との待ち合わせは午後6時半。
花火は7時からだったが、青春学園の敷地内は多くの人で活気があった。
思い思いにシートを広げ、早くから場所取りをしているグラウンドでは、
いつもの夜の静けさは全く想像できなかった。
が不二の姿を探していると、昇降口の前で数人の浴衣姿の女の子たちに囲まれてる不二が見えた。
女の子たちの嬉しそうな顔を見ていると、不二に想いを寄せてるのが自分だけではないことに
改めて思い知らされるのであった。
生徒会の用事があるから…とやんわり彼女たちを納得させたであろう柔らかな物言いも、
には手に取るようにわかるようで、不二が自分に気がつくまでは動けなかった…。
「やあ、もう来てたんだ?」
不二はいつもの調子でに話しかけてきた。
藍色に細い白の縦縞模様が入った浴衣姿には思わずため息をついた。
「浴衣姿の不二君って初めて見た。」
「僕だって見せるのは初めてだよ。」
不二はクスクス笑った。
「もすごく似合ってるよ。」
「あ、ありがとう。」
「今日の方がらしいけどね。」
「えっ?」
「だって、あのポスター、モデルはでしょ?」
不二はニッコリ笑った。
「どうしてわかったの?」
「そりゃあ、僕だからさ。」
不二はそう言うとの手を引いて非常用階段の所へ向った。
「早く屋上に行かないと、花火が始まってしまうからね。」
は手を引っ込めるきっかけを失い、そのまま連れ立って階段を上がり始めた。
の鼓動は早鐘のようだったけど、不二は全然気がつかない風だった。
屋上へのドアはがあらかじめ鍵を開けておいてくれたようで、二人はすんなりと屋上に出た。
星が間近に見れるような、雲ひとつない夜空だった。
不二は黙ってカメラを取り出すと、フェンスの上から身を乗り出し、
花火が打ち上げられるであろうプールサイドのあたりにカメラを構えた。
も不二のそばに立つとフェンスにもたれかけた。
「不二君は今日誰かと約束があったんじゃないの?」
「どうしてそう思うの?」
不二はレンズを覗いたまま答えた。
「だって、…もてるから。」
「そろそろ始まるよ!」
不二が言うのと同時に、グラウンド内の照明が消えた。
と、間髪入れずに花火は上がった。
何尺玉なのだろうか?それは見事な大きさだった。
間近で見ているせいか、花火の片鱗が雨のように空から降り注いでくる光景に、
は思わず目を見張った。
赤や黄色、緑…。夜空のキャンパスに光の絵筆は何重にも彩られていた。
その後の数十分は本当にすごかった。
花火の音が夜空に突き刺さるたびにグラウンドからはその美しさに感嘆の声が聞かれ、
花火が終わる頃には拍手の嵐が起こっていた…。
「すごくきれい!!」
は興奮冷めやらぬ様子で呟いた。
不二とこうして夜空の花火を見られたことはにとってかけがえのない時間だった。
「うん、すごく良かったね。」
不二の笑顔も今までにないくらいきれいだった。
「ねえ、人は何のために生まれてくるか、わかる?」
「えっ?」
突然の不二の問いには彼が何を考えてるのか全くわからなかった。
「幸せになるためだよ。」
「幸せになるためにはね、好きな人と一緒にいなくちゃいけないんだ。」
不二はそう言うとをじっと見つめた。
「だから、僕は君と一緒にこの時間を過ごしたかったんだ。」
不二のアイスブルーの瞳がを捕らえて離さなかった。
「は僕のこと、どう思ってる?」
はこの瞬間、自分と不二をつないでる橋が夢ではなく、はっきりと存在しているのを知った。
(踏み出さなきゃ!)心の中の自分がの背中を押した。
「私、不二君のこと、すごく好き。」
その言葉を聞くと、不二は安心したようにを優しく抱きしめた。
「今、僕は世界一幸せだなって思うよ。」
二人はしばらく幸せを噛みしめた後、夜空を見上げた。
「多分、牽牛と織女も今夜ばかりは僕たちに負けるかもね。」
不二はクスクス笑った。
「うん。私、今年の七夕は一生忘れないな。」
The end
back
☆あとがき☆
周助 「で、英二はお目当ての浴衣の女の子を見つけられたの?」
菊丸 「それが全然だめだったにゃ〜。」
周助 「それは残念だったね。」
菊丸 「う〜。なんか不二、残念そうに思ってないでしょ?」
周助 「くすっ。だってほんとはあのポスターの子は英二の近くにいたんだよ。」
菊丸 「え〜!!!だれだれ?」
周助 「でもね、あの子には彼氏がいたから英二には言わなかったんだ。」
菊丸 「そっかぁ〜。
あ、ちゃんだ〜!!!!」
「きゃあ。///。」
周助 「英二。だからには彼氏がいるんだからいい加減抱きつくのはやめてほしいな。」
菊丸 「????(そんなこといつ言われたっけ?)」
わぁ。七夕記念ドリ…なんつうものをやってしまいました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
それにしても、菊丸、いつもいつもごめんね〜。(苦笑)
そのうちきっといいことあるから。