スキということ   3







 「元気ださんか?」


昇降口でだらだらと上履きに履き替えるを見て
仁王はため息をついた。


 「まだ始まったばかりじゃろ?」

 「ごめんね、仁王。」

 「な、なにがじゃ?」

 「…仁王も大変だったんだね?」


ポツリと呟くの言葉に仁王は
過去の自分を改めて思い起こして苦笑した。

の気を引こうと、それこそいろんな事をした。

一緒に立ち入り禁止の屋上で弁当を食べたり、
理科準備室で飼育されてたグッピーで金魚すくいを試したり、
授業をサボって音楽室で好きなレコードを無断で鑑賞したり…。


 「ああ、必死だったな。」

 「嘘ばっかり。」

 「いいや、必死だったんじゃ。
  は何をしても笑ってくれたが
  結局手を繋いで抱きしめる事はできても
  それ以上はできんかったからの。」


あの頃は仁王のする事なす事が新鮮で
男の子と付き合うのがこんなに楽しいのかと
仁王に手を引かれるまま毎日を過ごした。

 「仁王…。
  私、仁王の事、好きだよ。」

 「ああ、憎たらしい位友達としてじゃな。」

 「うん。」

 「俺もじゃ。」

仁王はわざとの頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。

 「はいい女じゃ。
  ユキだって今にわかるじゃろ。」



 「…ねえ、仁王。
  私ね、振られてもいいんだ。」

教室までの階段を上がりながら
は仁王を振り返ると気弱な笑みを浮かべていた。

 「振られてもいいから
  仁王みたいにずっと付き合える友達になりたい。」







      ********






 「〜、今日お弁当忘れたから
  パン買って来る。」

親友の那美が財布をちらつかせながら
慌てて教室を飛び出したのは、
4時限目のチャイムが鳴ると同時だった。

リーディングの先生よりも先に廊下に出たんじゃないのかと
の前の席の仁王が笑った。

今頃幸村は部室に向かっているんだろうな、と思い出して
机の上に出したお弁当の包みに手をかけたまま
はそれをほどく気にもなれない。


 「小鷹を待ってたら昼休み、終わってしまうの。」

仁王が屈託なく笑いながら
いつも通りに後ろ向きになって自分の弁当を開け出す。

それを見ながら、それでも小鷹の帰りを待とうかな、
と思っていたら、ふいに女の子たちの歓声が上がった。

と仁王が教室のドアの方を見やると
そこには朝と同じくらい不機嫌そうな幸村の姿があった。

幸村はツカツカと真っ直ぐにの前まで来ると
冷ややかに仁王を睨みつけた。


 「昼食は仲のいいクラスメイトと、か。」

 「ゆ、幸村君、どうしたの?」

 「君はどこまで俺を傷つければ気がすむんだ?」

幸村は低く呟くとの手首を掴み、
そのまま乱暴にを引っ張り上げた。

 「きゃっ。」

 「ユキ!」

 「何? 文句があるのか、仁王?」

 「お前さん、自分のやってる事わかっとるのか?」


幸村の理不尽な行動に仁王は臆することなく幸村を見上げた。


 「俺が誰と付き合おうが仁王には関係ないだろ?」

 「ああ、関係ない。
  じゃが、と付き合うんなら大ありじゃ。」

 「なんだと?」

 「自分の胸に手を当ててみろ。
  はな、お前にはもったいないんじゃ。
  お前みたいな、いい加減な気持ちに付き合わせる女じゃなか。」

 「いい加減な気持ちだって?」

 「ああ、そうじゃ。
  思いやりのかけらもない。
  昼飯をとしたいんなら、
  なんで朝練の時、応えてやらなかったんじゃ。」

 「仁王、やめて!もういいから…。」

幸村に掴まれていない反対の手でスカートをぎゅっと握り締め
は悲痛な面持ちで仁王を見ている。
  
その様子に幸村はやるせない表情を浮かべたまま唇をかみ締めた。


 「本気で付き合う気なんてないんじゃろう、ユキ?」

 「その言い草がいちいち癇に障るんだよ!
  俺の気持ちなんて最初からわかる訳ないくせに!
  俺の本気をなくさせたのはそっちだろう!?」

幸村はの腕を放すとそのまま仁王の胸倉に掴みかかり、
物凄い力で仁王を椅子から立ち上がらせるとそのまま窓際の壁に押し付けた。

周りの椅子やら机の倒れる音に
教室中のクラスメイトが息を殺して見守っている。

幸村が仁王の顔を殴りつけようと拳を振り上げた瞬間、
自分のわき腹をぎゅうっと締め付けてくる暖かな感触に
幸村はその動作を寸での所で止めざるを得なかった。


 「幸村君、やめて。
  大事な人が傷つくのは見たくない…。」


幸村の中でずっと秘めていたものに亀裂が入った。

急激な脱力感に彼は2、3歩後ずさりすると
仁王から離したその手でを仁王の方へ突き放した。

 「…わかった。」

を抱きとめた形の仁王には目もくれず、幸村は肩を落としたまま
教室からゆっくりと出て行った。




 「大丈夫か?」

呆然としたままのに声をかけると
はぽろぽろと涙をこぼした。

 「酷いよ、仁王…。」

 「ああ、すまん。」

仁王は苦笑するとの頭を優しく撫でた。

 「の大事な人は俺じゃのぅて幸村なんじゃろ?」

 「…っく、あ、当たり前じゃない…。」

 「じゃあ、ここにおらんと、
  あいつを追って行きんしゃい。」

 「わ、わかってる。」

 「大丈夫じゃ。
  ユキは俺にヤキモチ妬いてるだけじゃろ。
  ほら、行ってやらんと、あいつ、
  立ち直れんかもしれんの。」



はひとつコクンと頷くと
落ちてしまった弁当の包みを抱えて
そのまま教室から飛び出して行った。







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☆あとがき☆
なんか仁王がおいしいところを持って行ってるような?(汗)
2007.6.27.