スキということ 4
は幸村の寂しそうな後姿を思い起こすと
その背中を探し回って廊下を走った。
あの後姿。
前にも何度か見たことがあった。
その時はまだ、声をかけるほど幸村の事は知らなくて、
でも何か耐え難いものに挫けそうになる自分を
誰の目にも触れさせたくないのだろうという事はわかったから
ただ遠くから見つめるだけだった。
自分の好きな場所を
幸村もまた大切な場所にしているのだろう、
そんな風に直感的に解ったから
はそんな幸村の背中を自分だけの胸にしまっていたのだ。
そう、彼はそこにいる。
多分、傷ついたまま…。
新館と旧館の間の長い渡り廊下の中ほどで
は上履きのまま中庭を突っ切っていく。
小鳥たちの水のみ場として置かれてる小さな噴水の向こうに
のお気に入りの場所はある。
英国風に刈り込まれたミニ薔薇の小さな広場は
誰にも邪魔されずに日向ぼっこをしながら読書するのにうってつけだった。
古びた木製のベンチに幸村は頭を抱え込んだまま座っていた。
「幸村君…。」
彼は微動だにしない。
「幸村君。隣、座ってもいい?」
返事をしない幸村のそばにそっと腰を下ろす。
「私もね、ここ、大好きな場所なんだ。
知らなかったでしょ?」
「…なんで?
なんで来たの?」
「決まってるじゃない。
聞いてなかった?
大事な人が傷つくのは見たくないって。
だから、来たの。」
「君の大事な人って…俺じゃない。」
「幸村君だよ?」
は小さくため息を漏らした。
「あのまま、幸村君が仁王に手を出したら
幸村君はきっと後で後悔すると思った。
だって、幸村君は誰よりもテニス部の人たちを大事に思ってる。」
「…。」
「中学の時、退院してテニス部に復帰した頃、
私、何度もここで幸村君に会ってるの。」
「えっ?」
幸村はやっと顔を上げると
今は真っ直ぐ前を向いて話すの横顔に釘付けになった。
「私、幸村君の入院のことはあまり知らなかった。
でも、退院してすぐにレギュラー復帰を果たして
全国大会3連覇という大きな試合に向けて
みんなをまとめ上げるすごく強い奴だって仁王に聞いてた。
それなのにここで見る幸村君の背中は
そんなに凄い人には見えなかった。
きっといろんなプレッシャーがあって
弱気になる事もあったりして、
だけどそんな姿をチームメイトには絶対見られなくないんだろうな、
って勝手に思って。
あの頃から多分幸村君に惹かれてた…。」
「…嘘だ。」
「嘘は…、幸村君の事、少ししか好きじゃないって言ったこと。」
の目の淵に涙がたまっているのが見えて
幸村は視線を外せなかった。
泣き笑いのようなの切ない表情が幸村の胸の奥を熱くさせた。
「私、ほんとは幸村君の事、すごく好きだよ。
幸村君の事、ずっと気にしてた。
だけど、幸村君は高校に入ってから
いつも誰かしらと付き合ってて、
でも長続きしなくて、
全然幸せそうに見えなくて…。
すごく好きなんて言ったら、うざったく思うんだろうなって。」
「そんな…。」
「ほんとにいつの間にか好きになってた。
仁王と付き合ってた時は毎日がとても楽しかったけど、
でも会わなければ会わないで全然平気だった。
仁王には冷たい奴って言われたけど
会えないから寂しいって思ったことはなかった。
でも、幸村君は違った。
会えない日はどうしてるんだろう、今誰といるんだろう、
何をしてるんだろう、ってそればかり考えてる。
好きになればなるほど、苦しくてもどかしくて切なくて。
今、幸村君にふられたら、仁王みたいに友達になる自信もない…と思う。」
一気に自分の思いを口に出して、伏せられた長い睫から
はらりと一滴の涙が頬を伝っていった。
幸村は思わず人差し指の背でその涙を受け止めると
そのままの肩を引き寄せた。
「参ったな。」
「…ごめん。」
「俺も君と友達になる気は全くないんだ。」
「う…ん。」
「もうひとつ、君の知らない事を教えてあげる。
俺はね、もうとっくに君の事が好きだった。
好き過ぎて毎日落ち込んでた。」
「えっ?」
驚いて幸村の顔を見ようと思っても
幸村はを抱き寄せたまま離してはくれなかった。
「俺、中学の時、テニス部を引退したら
君に告白しようと思ってたんだ。
それなのにいきなり入院になって
退院してみたら君は仁王と付き合ってた。」
「う…そ!?」
幸村がわざと大き目のため息をついたのが解った。
「今更嘘なんて言わないよ。
君たちが別れるのを今か今かと狙ってたなんて
ほんとバカみたいだろ?
それなのに、仁王と君は別れてもすごく仲が良くてさ、
俺は付け入る隙もなくてやけになってたんだ。
今だってそうさ。
君が告白してくれたのは嬉しかったけど、
それでも君のそばにはいつも仁王がいて、
俺はどんな風に君を受け入れればいいのかわからなかったんだ。」
「幸村君?」
「ああ、その呼ばれ方も気に入らない。」
幸村は引き寄せたの上体を戻すと
の顔を両手で包み込んだ。
「俺は君づけで、友達なのに仁王は呼び捨てだよね?」
「じゃ、じゃあ、ユ…キ?」
「それもだめ。
仁王と同じように呼ばれるとさらに腹が立つ。」
の目を覗き込むようにゆっくりと顔を近づけてくる幸村は
にこやかに笑ってる。
「俺がなんて呼ばれたいか、君ならわかるよね? 。」
耳まで赤くしたままは瞳を伏せて頷く。
「。俺を好きになってくれてありがとう。」
「私も、好きだよ。…せ…いい…ち/////」
言い終わらないうちに唇に優しい感触がして
そのままぎゅうっと抱きしめられた。
ドキドキが止まらなくて、体中が熱くて、
それなのに満ち足りた気持ちが一杯で何も考えられなかった。
遠くでチャイムの鳴る音が聞こえて
始めて二人はその腕を離した。
「せ、精市の意地悪/////。」
「なんで?」
「ドキドキしすぎてこれじゃあお弁当が食べられない。」
「うん、どうってことないよ。
部活まで時間は一杯あるし。」
幸村の笑った顔が嬉しくても思わず笑ってしまった。
の傍らにあるお弁当が二人分あることに
幸村が気づくのは数分後の事だった…。
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☆あとがき☆
いやあ、思わず長くなってしまいました。
それにしても魚が好きな幸村のために作るお弁当は
なかなか難しいなあと心配になります。
そして、部活はしっかり出るんだ?と突っ込んでしまう私は
彼女失格ですかね?(笑)
2007.6.28.