スキということ   2






今日は月に一度の美化委員の定例会だった。

秋の文化祭に向けて校内を「花いっぱい運動」で盛り上げようという試みは
どうやら大多数の賛成派によって可決された。

まあ、美化委員の男子たちにとってはどうでもいい議決だったが
校内の大掃除をやるくらいなら
花壇を作ったり、リボンフラワーで校内を飾る方がかったるくない、
というのが本音だった。

各クラスごとに大体の分担が決まり、
今日配布されたプリント類を
休んだ委員のいるクラスに届ける事になったは、
隣のクラスの委員が幸村だったことにほんの少し笑みが漏れた。

恐らく部活優先で委員会には参加しなかったのだろうが、
こういう事でもなければ幸村と接する機会のない自分にとっては
美化委員の名の下でしか話せるチャンスはなかった。
 
しんと静まった階段を下りて、
幸村のいるクラスの前を通り過ぎようとした
不意に泣きじゃくる声に足を止めた。



 「…やっぱり私でも駄目なの?」

 「へえ、自分なら大丈夫なんて思ってたんだ。」

 「なん…で?
  なんで駄目なの?
  どこが駄目なの?」

 「全部だよ。」

 「ぜ、全部って…。
  酷い、酷すぎる。」

 「俺、頭の悪い子は嫌いなんだ。
  俺が酷い奴だって知ってて近付いたくせに。」

 「だって、オーケーしてくれたじゃない。
  少しは、好きだったって事でしょう?」


見るまでもなく、それは幸村との二人だった。


 「俺が君の事好きなんていつ言ったのさ?
  そういう所がうざったいんだよね。」


冷たく言い放つ幸村の声に、ついには堪えきれぬ様子で
教室を飛び出した。

開いたドアの前で、の歪んだ顔がの目に飛び込んできた。

噂以上に酷い別れ方だった。

はしばし思案気に手の中のプリントを見やったが、
一呼吸置くと、ゆっくりと教室に足を踏み入れた。

そして窓から校庭を覗いてる幸村の背中に、躊躇いながらも声をかけた。



 「幸村君。これ、美化委員会のプリント。」

その声に幸村はゆっくりと振り向いた。

 「花いっぱい運動に決まったから。」

幸村はの手からプリントを受け取ると微妙な笑みを浮かべた。

 「…聞いてたんだろ?」

が心もち首を傾げるので、幸村はもう一度尋ねた。

 「さっきの、聞いてたんだろ?」

 「…どちらかと言えば、耳に入ってきた、って感じなんだけど。
  聞かれてまずかった?」

今度はが尋ねたが、幸村はそれには答えなかった。


 「ねえ、さんのどこが気に入らなかったの?」

 「なんでそんな事を聞くの?」

 「だってさんにはチャンスはなくても
  私にはまだあるから。」

が考え考え答えると、幸村は驚いたようにを見つめた。

 「幸村君がフリーになったんなら
  私と付き合ってくれないかな?」

 「俺と?」

 「そうだよ?」

私、他の誰と喋ってるって言うの?、とがクスクス笑うものだから、
幸村は困惑したように額に手を当てた。

 「幸村君でも悩む事あるの?
  それとも、私とは付き合ってくれないの?
  わ、それ、最悪!?」

 「いや、だって、さんって仁王と付き合ってるんじゃないの?」

 「仁王?
  仁王は友達だよ。」

 「でも…。」

 「幸村君がそんな事気にするなんて、意外。」

 「じゃあ、俺と付き合うって事は、
  君は俺の事が好き、って言う事?」


いつの間にか真剣な幸村の眼差しに、
別れる時はあんなにぞんざいな口ぶりだったのに
付き合う前はこんなに真っ直ぐに向き合ってくれるのかと
は内心驚きの連続だった。


 「正直に言うとね、少しだけ。」

 「えっ?」

 「だって、幸村君の事、私、少ししか知らないから。
  だから私の知ってる分だけ、好き。
  それってダメかな?」

 「俺、…酷い奴だって知ってるよね?」

 「う〜ん、でも、私、まだ幸村君に酷い事されてないから、
  知らないって事になるのかな?」

がニッコリと笑いかけると幸村は少しだけ慌てたように視線を外した。

 「幸村君ってしつこくされるのが嫌なの?」

 「なんでそんな風に思うの?」

 「だって長続きしないから。」

 「付き合ってみたけど好きになれなかった。
  それだけさ。」

幸村はむっとしたように言うと自分の鞄を取り上げ、プリントをしまいだした。

 「君の事も好きになるかどうかわからないけど、
  それでもいいなら付き合うよ。」

 「そっか、そうだよね。
  幸村君って自分に正直なんだね。
  またひとつ、幸村君のことがわかった。」

 「えっ?」

 「私はまたひとつ、幸村君の事、好きになったってこと。
  じゃ、部活、頑張ってね。」

はヒラヒラと小さな手を振ると
そのまま走って教室からいなくなった。


  「…まいったな。」



頬を染めたの顔を可愛いなと思って立ち尽くしていた幸村は
自分の顔も赤くなっているのではないかと窓ガラスの自分を振り返って確かめてしまった。










         ********





 「お・は・よ!」

 「お前、今朝はやけに早いの?」


朝練を終え、部室から出てきた所で
仁王は人待ち風のに怪しむような視線を送る。

 「待ち伏せしてるの。」

 「ほう〜、にしてはよくできたな。」

今までどんなに仁王が誘っても
テニス部の近くには寄り付きもしなかったが、
こうして朝練が終わるのを待っているとは
仁王にとっては、にわかには信じられない光景だった。

 「さては、告白したんじゃろ?」

さすがとはツーカーの仲である。

が何も言わなくても、昨日何かあったかぐらい
仁王には容易に想像できる。

 「ん、まあね。」

 「なんじゃ、そりゃ。」

 「たまたまね、さんが振られてる現場に居合わせちゃって。」

 「ノリで告ったのか?」

 「そんなとこ。」

は自信なさ気に笑った。

 「んで、返事もらってないのか?」

 「や、そういう訳じゃなくて。」

 「なら、なんじゃ?」


部活では幸村は私情を持ち込む事がなかったから
今日とて練習ではと別れた事とかと付き合いだした事も
まるで気づく範疇のものではなかったな、と仁王は思った。

 「いや、ほら、私、勢いで告っちゃったけど、
  何していいかわからなくて…。」

 「ぶっ!」

 「噴き出さないでよ!」

 「いや、スマン、スマン。…で?」

仁王はその先を続けさせようと、
笑いを堪えるのに必死だった。

 「で、恋愛経験希少な私と致しましては、
  仁王先生に告っていただいたのが唯一のお手本なので
  不承不承ながら、あの時の事を思い出して…////」

 「、マジ、ウケル!!」

仁王はつい誘惑に負けて笑い出してしまった。

こいつがこんなに可愛い奴なのを知ってるのは
まだ自分だけかと思うと、幸村に教えてやるのも癪に障るが、
それでも今は恋愛の兄貴分としてこうして自分を頼ってくるが愛しくて
の頭を優しく撫でると、部室のドアの方へ戻った。


 「ユキ! お前さんの彼女が待ってるぜ。」

仁王が声をかけると制服に着替えた幸村が現れた。

仁王に背中を押されるままには幸村の前に出た。


 「お、おはよう、幸村君///」

 「ああ、おはよう。何か、用だった?」

幸村は挨拶するのも面倒くさい、と言わんばかりの
不機嫌そうな顔をしていた。

 「あの、ひとつ聞きたい事があったんだけど…。
  幸村君って昼はどこで食べてるの?学食?」

 「いや。
  俺は柳や真田と一緒に部室で食べてるけど。」

 「あっ、そうなんだ。
  私もね、仲のいい子と教室で食べてる。」

 「…。」


好きで告白したのは自分の方で
この温度差は仕方ない事だとは思ったけれど、
幸村の不機嫌そうな顔はのなけなしの勇気を凍結させた。

の中では幸村はもう少し違う印象だったのに、
突き放すような視線で黙っている幸村の態度に
は少しだけ傷ついた。


そんなの様子を敏感に察知した仁王は、
おうおう、何固まっとるんじゃ、と仕方なくの肩をぽんとひとつ叩いた。


 「。そういや、英語の訳を写させて欲しいんじゃが。
  今日当たる事になってたしな。」

 「えっ、あ、そうだっけ?」

 「おお、早く行かんと写す時間、なくなるからな。」

 「ん、わかった。
  幸村君、また後でね。」


仁王に促されるまま、は仁王と共に並んで歩き出した。







 「ユキ〜。」

の後姿に見入る幸村の肩に手を回し、
丸井が幸村の顔を覗き込んだ。

 「新しい彼女って、?」

 「…。」

 「もっと嬉しそうな顔すればいいのに。」

 「そう見えない?」

 「全然!
  の方から告ってきたんだろ?
  問題ねーじゃん。」

幸村は肩に回されたブン太の腕を解くと肩をすぼめて呟いた。

 「俺の事、少ししか好きじゃないってさ。」

 「はぁ?なんだそれ?」

 「俺がどの位想ってて
  どの位その想いを捨ててきたか…。
  そう思うとさ、嬉しくなんて思えないさ。」


仁王と連れ立って歩く
幸村は忌々しそうな思いを吐き出した。

 
 「今更…、俺にどうしろっていうんだよ?」







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☆あとがき☆
 おかしいなあ、2話で終わるはずだったのに
ついつい幸村になると力が入ってしまう!?
2007.6.23.