スキということ 1
「あいつはやめておけ。」
幸村がスキかも、と告白したら即答された。
―お前の手に負える奴じゃない―と。
人間って本来好奇心の強い動物だと思う。
怖いもの見たさって言うか、自分と違うものを拒絶する心があるくせに
それ以上に、それに抗いきれない、天邪鬼な心もあると思う。
幸村精市は立海大テニス部の頂点を極める、ある意味伝説的な男だったけど、
同時に恐ろしく他人に対してどこか投げやりにしか付き合わないいい加減な男だった。
中学の頃は病気をしたせいか、病弱で儚げで、どこか憂いを含んだ物静かな感じが
とても好感を持てる男子だと思っていたけど、
高校に入ってからはなぜか真逆なプレイボーイになっていた。
プレイボーイっていうのはちょっと違うかな。
自分から引っかける訳じゃなくて、
来るもの拒まず…の癖にすぐに別れてしまう、
そんな所に誠意のなさが見受けられる。
だけど端から見た風貌は昔どおりの甘いマスクに魅惑的な笑みで包まれていたから、
彼に心を奪われる女子は後を立たず、
でも彼と付き合うのはそう簡単な事ではないらしいと
1ヶ月ももたない彼女候補たちのぶざまな別れ方の噂を聞くたび、
彼はどうして心穏やかに過ごせないのだろうと
その事の方が気がかりで仕方なかった。
はといえば中学の頃、そう確か幸村が入院した頃に仁王に告白されて、
中学生活最後くらい彼氏というものを作るのも悪くないと
さほど感情がそこにあった訳でもなかったけど、
ただただ告白された事が嬉しくて仁王の誘いに応じてしまった。
流されたままに始まった付き合いは結局恋愛と言えるものでもなく、
まるで協議離婚のような淡々とした話し合いの末
今は昔以上に何でも話し合える友達に昇格していた。
そんな彼になんとなく気にかかる幸村の事を話したら
なんであいつに惚れるんだ、とため息混じりにけなされた。
「ユキの女癖の話は耳に入っとるんじゃろ?」
「そうね。」
「悪い事は言わん。
あいつもお前向きじゃなかとよ?」
「あいつも、って…。」
が苦笑すると仁王はわかっとるくせに、と頬杖のままを見据える。
「仁王も大概女泣かせの癖に。」
「いやいや、俺は優しく付きおうてるじゃろ。
あいつほど冷たくはせんよ。
じゃけど、ユキはテニス以外に夢中にはならんとこあるしの。
止めた方が賢明じゃ。」
「あー、私もそう思うけどね。
頭のどこかで警戒音は鳴ってるんだけど、
スキになっちゃうとだめみたいだよ?」
あっけらかんと笑うは中学の頃より数段色っぽくなったと仁王は思う。
思えば自分から告白しただけで
からはスキという感情をひとつももらわなかった事に
あの頃は何が足らなかったのだろうかと仁王は幸村に
ヤキモチのような気持ちを覚える。
は今初めて、スキという感情に向き合ってるのだろう。
その恋を応援してやりたいのは山々ではあったが、
相手が幸村だと思うとさすがの仁王も
策を練って成功する相手ではない事くらい重々分かっていた。
「ユキのどこがええんじゃ?」
「そうだな、悪そうで悪そうじゃないところ。」
「はぁ?
悪そうで、っていうのは分かるが、
悪そうじゃないって、どこで分かるんじゃ?」
「女の勘!」
「お前、バカじゃろ?」
「バカとは何よ。
私、仁王より100番近く成績は上ですけど?」
テニスコートの見える芝生に並んで座る二人は、
未だに恋人同士にしか見えないらしく、
なんで別れる必要性があったのですか?とは、
高校に入った頃よく柳生が言っていた言葉だった。
仁王といるとそれなりに面白かったけど、
ワクワクはドキドキを引き起こす所まではいかなかった。
と付き合いだした頃だって
相変らず元カノとも仲良くやっていたし、
他校にも女友達は多くて
仁王は器用にもどの子達とも楽しく付き合っていける奴だった。
それは憎めないほど自然体だったし、
は敢えて仁王のそのスタンスを変えさせようという気にはならなかった。
多分それは自分の中にもカレカノという形に憧れていただけで
仁王そのものに恋をしていた訳ではなかったのだと
今になってみれば滑稽なくらい単純な付き合いだった。
昔も今も仁王は一番気心が知れた男友達なだけだった。
「ま、あれだの。
恋する乙女に何を言っても無駄なんじゃろの。」
「よくおわかりで。」
「じゃけん、ユキは今、と付き合うとる。」
「知ってる。
結構お似合いだよね。」
「普通そういう事言うか?」
「別にいいんじゃない?
外野はいつだって無責任なものだし。
私と仁王だっていまだに誤解してる人、多いし。」
「ああ、まあ、俺は元サヤに納まってもええんじゃけど。」
「私たちに納まるサヤなんてあったかしら?
そういうことばっかり言ってると本命の子に捨てられるわよ?」
最近青学の女テニの子と付き合い出したらしい仁王は
それでも今回は彼女を大事にしてるらしく、
そればっかりは勘弁と、照れくさそうに笑う。
「それで?
恋愛経験ゼロのはどうやってユキにせまるつもりじゃ?」
「そこなのよねぇ。」
軽くため息をつく割には悩んでなさそうなに、
お前ってほんと能天気な奴じゃな、と頭を小突かれる。
「幸村君ってさ、仁王と違って同時に何人もの女の子と付き合ったりしないよね。」
「酷い言われようじゃな。」
「それが出来るって言うのが仁王の良い所って言うか、
マメで優しくて、甲斐性がある…みたいな?」
「そこで疑問系にするな!」
「だって〜。そういう所が私、ほんとは嫌だったんだもん。」
独占欲が私にもあったんだね、とは笑った。
「でも、幸村君は絶対一人の子としか付き合わない。
そりゃあ、入れ替わりが激しいけどさ。」
「じゃけん、あれは性質が悪かと。
ユキもそれ程好きじゃなかったんなら初めから付き合わなきゃええと思うがの。」
「うん、そうなんだけど、
恋する乙女としてはね、これはチャンスなんだよ?」
「チャンス?」
「そ。
もうすぐさんとも別れるでしょ?
そうしたら私、幸村君に付き合ってもらう。」
「やっぱりお前はバカだな。
付き合ってはもらえても、どうせ捨てられるんじゃ。
それとも、自分だけは違うなんて自惚れてるとしたら、
大バカもんぜよ?」
仁王が救いようのない視線を送っていたけど、
は気にもしなかった。
自惚れてる訳じゃなかったけど、
幸村の事をもっと知りたいと思う自分がいただけだった。
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☆あとがき☆
幸村の素顔が公になる前に
うんと捏造しておこう、なんて思ったり。(苦笑)
2007.6.15.