掌に伝わる温度  sequel  1









全国大会が終わってひと月も経たない頃
全日本テニス連盟から選抜合宿の案内が届いた。

もちろん男子テニス部のレギュラーは文句なく
全員招待選手として登録されていたけれど
今年の夏、全くいい戦果を挙げられなかった女子テニス部は
前年の成績と合わせてかろうじて部長のと私だけが
一応監督推薦ということで行ける事になった。

もっと早くから幸村と両思いになっていれば
こんなにヤキモキする羽目にはならなかったのよ、
には散々馬鹿にされてしまった。

どんなに技術が備わってもメンタルな部分が強くないと
とたんにその威力を失ってしまう私のテニスは
幸村と言う存在が近くにあるだけでメンタルゲージが驚くほど
異変を唱えるのだ。

けれど、それはなぜか両思いになった今もさほど変わらなくて
幸村がそばにいると途端にミスを連発する自分は
幸村に対しての耐性がまるっきりないのだろうと思う他ない。


 「そんなんで選抜合宿、やっていけるの?」

 「どうかな、自分でもよくわからないんだよね。」

 「幸村は何て?」

 「えっ? いや、別に?」

 「あっ、なんか誤魔化してる!」

 「ご、誤魔化してる訳じゃ・・・。」

 「なら正直に言いなさいよ?」

 「え〜? い、嫌だよ。」

 「そうよねえ、幸村だっていい加減呆れるよね?
  自分がいるだけでテニスの真価が発揮できないなんて。」

 「そ、そんなことないって。
  か、可愛いって・・・/////」

 「はぁ? 何、調子こいてんの?
  サービスエースも取れない、ネットには引っかかる、
  そのどこが可愛いよ?」

ぶち切れそうなは可哀想な子を見るような眼差しで
ぴしゃりと言い放つ。

 「あんたねえ、ほんっとに本気出さなかったら
  選抜合宿生き残れないんだからね?
  途中で帰されたりしたら幸村とミクスドなんてできないわよ?」


のいう事は尤もな事だ。

私とが選抜合宿に抜擢されたのは実力よりも運の方が大きい。

だから選抜合宿内できちんと評価されなければ
残る事も先に進む事もできなくなる。

それはわかっているのだけど
自分の真価を十二分に発揮できるかどうかは私自身でもわからない。





 「それで落ち込んでるのかい?」

合宿開始が明日に迫った放課後
幸村は自分のラケットのグリップテープを替えながら聞いてきた。

 「落ち込んでる訳じゃないんだけど。
  だってもう当たり前みたいになってるし。」

 「それは困るなぁ。
  が残らなかったら合宿が全然つまらなくなるじゃないか。」

 「う、うん。」

選抜合宿は遊びに行く訳ではないのだけど
幸村がつまらなくなる、と言ってくれればそれはやはり嬉しい。

私だって幸村と一緒にずっと合宿に残りたい。

 「でも男子と女子は最初のうちは別々のコートだから
  しばらくは大丈夫かな。」

 「あっ、うん、そうだね。」

 「そう肯定されると俺がいない方がいいみたいでやだな。」

 「えっ、ち、違うって。」

私が慌てて取り成そうとすれば
幸村は冗談だよって優しい笑みをくれる。

 「でも、全国大会終わってすぐ選抜合宿だろ?
  なんだかデートらしい事もできなかったし、
  そうだ、この際だから合宿中の自由時間は
  出来ればずっと一緒にいるっていうのはどう?」

 「いや、それはまずいでしょ?」

 「なんで?」

 「だって全国からいろんな人が集まって来てる訳でしょ?
  それに選抜合宿のコーチ陣は名のある人ばかりで凄いらしいし、
  そんな時に・・・。」

 「いちゃいちゃしてたら反感買うから?」


屈託なく幸村は笑い飛ばしてくれるけど
周りの反感買うよりも私にしてみれば
自由時間にいちゃつく余裕があるとは到底思えない。

全国トップクラスの幸村と一緒にいるだけで目立つのに
それがテニスの出来は今ひとつなのに幸村の彼女だなんて
他校の生徒に好奇の目で注目されるのはとてもじゃないけど
並の神経ではいられない気がする。

そんな合宿を頭に描いて憂鬱そうにため息を吐いたら
幸村が私の手をぎゅっと握り締めてきた。

 「はさ、もっと自信持ちなよ?
  俺の自慢の彼女なんだから、さ。」

 「えっ、そ、そんなことないよ。」

 「戦績は残してないけど技術だけならトップクラスだよ。
  サーブもショットもボレーも使える技数は多いし、
  見かけによらず女子にしてはパワーもある。
  集中力さえ欠けなければコントロールもいいし、
  俺、のスピンショットが決まるところが凄く好きだ。
  その実力をみんなに認めさせることができれば
  難なく合宿でもトップクラスに上がれると思う。
  もちろん、俺とミクスド組むのに問題はない。」

 「できるかな。」

 「できなかったら困る。」

幸村の甘い声が耳に心地よくて思わず瞳を伏せたら
幸村の唇が私の唇に重なってきて
全くの不意打ちに一気に耳まで赤くなってしまった。

こんな風に幸村は何の前触れもなくさらっとキスをしてくれるけど
離れた唇から広がる熱はいつもなかなか冷めてくれなくて
どんなに平静を保とうとしてもしばらくは幸村の顔も見れなくなる。

 「、俺が一番好きなのは君だよ?
  テニスをしたいのも君だけだ。
  が俺の事を他の誰よりも好きだって思うなら
  必ず俺の所まで来て。いい?」

幸村はテープの巻き上がったラケットをベンチの端に置くと
今度はちゃんと私と向き合うと息もつけぬほど長い時間キスをしてきた。

多分さっきはあんな事を言ったけど
自由時間に濃厚なキスが出来るほど私たちに自由はないって
幸村も分かっているのだろうと思う。

不安がない訳ではなかったけれど
持てる力を十二分に発揮して幸村の所まで追いつこう、
そう思った。













全日本テニス連盟主催の選抜合宿は想像以上に凄いものだった。

敷地だけでも立海大の3倍の広さの中に
ありとあらゆる施設が充実していた。

そして選抜という名の下に集められた選手の数は意外に多く
初日からランク付けされたコートでの練習では
見知った顔はほとんどなく、それこそ幸村が
どこで何をしているのかなんてには全く分からなかった。
  
細かく分かれたランクごとに指定コートへの移動がある。

午前中に練習メニューの課題をクリアできないと
その日の対戦メニューに参加できない。

対戦メニューはその場で決まる抽選でダブルスを組み
指定時間内に総当たり戦の勝敗数で翌日のランクが決まる。

だから試合時間は短いほどいい。

しかし抽選で決まるパートナーも対戦相手もまるで運だから
自分たちの相性をいち早く見極め、戦術を的確に組み立てねば
勝利数を増やす事はなかなか困難を極めた。

初日、昼休憩もコートごとに微妙に時間帯がずれる事で
は幸村の姿を垣間見る事さえできないでいた。

夕食もランクごとに決められたスペースで取るため
は心細い思いでトレーを持ったまま空いたテーブルを探していた。

そんな時、ひょっこり黄色いジャージを見つけ
は思わずざわついている食堂の中で足早に奥のテーブルへと向かった。



 「切原君、ここ、いい?」

そう尋ねると赤也は嬉しそうな顔をした。

 「先輩、先輩と一緒じゃなかったんスか?」

 「うん、まさか夕食までランク付けされるとは思ってなかった。」

 「ほんとッスよね。
  先輩、今日は上がれました?」

 「うん、なんとか、ね。
  でもはだめだったから、食堂はあっちなの。」

はトレーを置くとひとまず水を飲んだ。

疲れた体に空腹感はあまりなかった。

 「俺は最悪でしたよ。
  まさか初日からミクスドなんて聞いてないっスよ。
  東北の子だったんスけど、いやもう何言ってるか
  全然わかんなくって、結局全然連携取れなくって・・・。」

赤也はぶうたれていた。

それでなくとも合宿では強い相手と対戦できる事だけを
楽しみにしていたのに、まさか自分が女子と組むとは思っていなかったのだろう。

ただでさえ赤也は他人と協調するタイプではない。

ダブルスだってほとんどした事がなかったはずだ。

 「俺も早くAランクになりたいっス。」

 「Aランクには誰がいるか知ってる?」

 「あー、はっきり知ってる訳じゃないっスけど
  幸村先輩とか青学の手塚さんとか四天宝寺の千歳さんとか
  あの辺りじゃないっスかね。」

 「やっぱりそっかぁ。」

は意味もなく味噌汁をかき混ぜて
浮いてくる具材がクルクル回るのを眺めていた。

この合宿では携帯やゲーム機の持込は禁止だったから
夕食を済ませても宿舎の違う幸村と話す事もできない。

は仕方なくメインのムニエルを一切れ口に運んだ。

とりあえず上を目指さなければ話にならない。

今日削り取られた体力は何が何でも一晩で回復して
また明日の対戦で勝ち星を挙げなければならない。

 「切原君とは当たらないといいな。」

 「あ、それ、マジっスね?
  俺も先輩と組むならいいっスけど
  対戦は勘弁してほしいっス。」

 「でも、切原君は私より上のランクだから
  当たらないかもね?」

 「でも先輩、対戦試合をヘッドコーチが見て
  優秀とみなされれば2つや3つ、ランクの飛び級ってやつが
  あるらしいっスよ。
  先輩、今Sランクっしょ?
  俺、今日Pになったばかりっスからわかんないっス!」

そう言ってサラダをほうばる赤也は
でも俺も負けません、と挑むような目つきになった。

でも後輩に負けるようじゃとても幸村には追いつけない。

は小さく息を吸い込むと赤也に倣って
目の前のサラダを引き寄せた。







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