再会   1








 「なあ、幸村。
  お前、まだあのちゃんのこと、忘れられないのか?」

昼休み、教室の窓から校庭でふざけあってる女の子たちを眺めながら仁王が話しかけてきた。

見るとはなしに、ただ外を眺めていた幸村は仁王を振り返ることなく呟いた。

 「忘れる…?
  俺だって忘れたいよ。」

 「ああ。気持ちは分かるんじゃが、
  もう仕方ない事じゃけん。」

 「…。」

 「幸村だって本当はわかっとんのじゃろ?
  あの子とはもう2度と会えないんじゃけん、
  いつまでも引きずっとーはらしくない思うがの。」

幸村はふっとため息をついた。

 「仁王、君に分かってもらおうとは思わないけど、
  俺、どうしてもあの子が死んだとは思えないんだよ。
  の死に顔を見たっていうのに、
  でも、あの時から俺の思考回路は狂ったままなんだ。」

 「そりゃあ、ショックだったんじゃけ、気にする事はなかとよ。」

 「いや、俺はあの時、かなり冷静だったよ?
  で、今もその時の直感を信じてるんだけど、
  の死に顔は全然別人だったように思うんだ。」



その言葉に仁王は少なからず幸村を哀れに思ってしまった。

好きな奴が自分を置いて旅立ってしまったのだ。

その事実を受け入れられないのはよくあることだ。

彼女はまだどこかで生きている…そう思いこんでる幸村に
仁王はもうそれ以上掛けてやる言葉を失っていた。






















そうあれは中学3年の春。

突然幸村を襲った病気は彼を病院のベッドに縛り付けた。

やりたいテニスも出来ず、ただただ検査漬けの毎日が億劫だった。

そんな幸村が唯一和めたのは、病棟と病棟の間に作られていた庭園を眺める事だった。

長期入院患者の目を楽しませるようにと配慮された庭園は数多くの花々で埋め尽くされていた。

幸村は体調のいい日は必ず散歩がてら花壇を見て回った。



そんなある日、彼女に出会った。


薔薇の花の香りを確かめるように、花に顔を近づけている彼女が可愛くて、
幸村はしばらく彼女を観察していた。

長い髪を押さえるようにしていた右手が、つと薔薇の花に差し出された。

けれど盛りを過ぎていた薔薇はほんの少しの衝撃にも耐えられなかったのだろう、
開ききっていた花びらがはらりと落ち始めた。

まるでスローモーションで見ているような不思議な感覚だった。

幸村にはそう見えたのだが、
彼女にしてみればそれは一瞬の破壊に見えたのだろう、
酷く悲しげな表情になっていた。

幸村は思わず声をかけた。





 「君のせいじゃないよ。」

彼女は驚いたように幸村の方を見た。

 「散る前に君に見てもらえてよかったんじゃないかな。」

 「…優しいんだね?」

 「だって君があんまり悲しそうな顔をしてるから。」

 「そう?」

 「うん。」







それが出会いだった。





それからも時々会うようになった。

彼女は入院してるらしいのに、いつもかわいいワンピースにカーディガンを羽織っていた。

いつだったか、聞いた事があったな。


 「いちいち着替えるの?」

 「だっていつもパジャマ姿だと滅入っちゃうでしょ?」

 「俺なんか何処行くのもパジャマだよ。」

俺の言葉に彼女はクスクス笑っていた。

 「私、病気だって思われたくないから…。」

彼女は時々面白い事を言う。





 「ねえ、名前なんていうの?」

 「どうして?」

 「知りたいから。」

 「教えたらずっと忘れない?」

 「ふふっ。変な事言うね?
  君は俺の名前、覚えてはくれないの?」

 「…忘れちゃうかも。」

 「ひどいなあ。
  俺は絶対忘れないよ?
  だから教えてくれる?」

 「。」

 「じゃあ、俺は精市って呼んでよ。」





はすごく不思議な子だった。

一緒にいるとすごく癒されてる自分がわかるけど、
あまり自分の事は話さなかった。

大体、入院してるのに普通の格好でいる事自体、
自分の病気のことも入院してる事も触れられて欲しくない意思表示に見えた。

儚くて抱きしめれば折れてしまいそうな華奢な体つきをしていたけど、
入院するほどどこかが悪いなんて微塵も感じさせなかったから、
敢えて病気の事を聞くつもりもなかった。

入院は長いらしいのにそれを苦にしてる風でもなかったように思えた。

ただ、病室には絶対来ないで、と言われた事があったっけ。

元気じゃない自分は見られたくないって言っていた。

でも、俺の手術の日取りが決まって、回復する見込みが出てきた時は、
自分の事のようにすごく喜んでくれた。



 「手術が無事済めば、またテニスが出来るようになるって言われた。
  もしかすると案外早く退院できるかもしれない。」

 「よかったね。
  じゃあ、学校で会えるかもしれないね。」

 「えっ?」

 「私、立海大の付属中に在籍してるんだよ、ほんとは。」

 「なんで言ってくれなかったの?」

 「言っても何も変わらないから…。
  私ね、本当は精市のこと、前から知ってたよ?
  でも、精市は私の事なんて知らなかったし。
  精市が復帰したら、また別世界の人になっちゃうもの。」

 「何を言ってるの?
  前とは全然違うよ。
  俺の方が先に退院しちゃうかもしれないけど、待ってるから。」

 「…。私の事、忘れない?」

 「忘れるわけないでしょう?
  俺は、が好きだよ。
  ずっとずっと一緒にいたい。
  君は?
  君こそ、俺の事どう思ってるの?」

 「私、私も精市が好きだよ?
  ずっと好きだから…覚えていてね?」





彼女はなんであの時そんな言葉を言ったのだろう?

もう会えなくなるって知っていたから?







   精市の名前は忘れちゃうかもしれないよ?



   でも、ずっと好きだから。



   精市のこと、本当に好きだから。



   私の事、忘れないで。













忘れないよ。




   忘れないけど、



      信じたくないんだ!!










君が僕を置いて死んでしまったなんて…。
















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2005.6.11.