再会   2







今にも泣きそうなくらいどんよりした曇り空なのに、
少し動けば汗が滴り落ちる蒸し暑さ。

こんな日は気を引き締めねばと思いつつも、
どうしても集中力に欠けてしまう。

自分もそうなのだから後輩の赤也なんて、
見なくてもへこたれてるのが分かる。

案の定、ラケットをベンチに投げ出すと、
赤也が真っ先にみんなが思ってるであろう言葉を口に出した。


 「真田先輩、休憩取りましょうよ。」

 「なんだ、赤也。
  このくらいでへばってどうする?」

 「だって潤いが欲しいッスよ、ね、丸井先輩!」

赤也がニヤニヤしてる。

 「お、おう。心も体も栄養補給が不可欠だよな。」

 「なんだ、それは。」

憮然とする真田に仁王が苦笑する。

 「真田に潤いはいらんとよ。
  じゃけん、幸村には必要かもの。」

幸村は突然仁王に振られて、何の事かと眉を曇らせる。

 「幸村、こいつらはただ単に女子の練習試合が気になるだけらしいぞ。」

柳の言葉に赤也が抗議する。

 「ああ、ひどいなぁ、柳先輩。
  自分だって貴重なデータが取れるって言ってたじゃないッスか。」

ふくれっ面の赤也に幸村はため息をつきながら苦笑する。

 「要するに休憩時間に女子テニス部を覗きたいんだね、赤也?」

 「全く、たるんどるな。」

 「けどな、今日の練習試合は青学らしいんじゃ。
  あそこは可愛い子が多いけんのぉ。
  幸村も目の保養になるとよ?」

 「ああ、もう、仁王の言いたい事は分かったよ。
  とにかく休憩にしよう、ね、真田。」

幸村の言葉に赤也がやったーと喜び勇んで女子コートの方へ行くのを、
真田は呆れ返って見ていた。









結局男テニ・レギュラー全員が女子の練習試合を観戦することになったのだが、
あまり気乗りしない幸村は途中でコートに行くのはやめ、
フェンス裏のベンチに腰掛けた。

女子コートからは小気味いいボールを打ち返す音だけが響いてくる。

ベンチは丁度いい具合に木陰になっていて、幸村はぼんやりと足元を見つめた。

そこには恐らく誰にも気づかれないであろう、ピンクのオキザリスの花が可憐に震えていた。






と、コートの方から青学のテニスウェアを着た女の子たちが歩いて来るのが見えた。

どうやら水飲み場へ行くらしい。

確かに青学の女の子は噂どおり可愛いのかもしれない、そんな風に思いながら、
幸村は胸の奥が熱くなるのを感じた。

その中の一人、髪は短くなってはいたが、幸村が見間違うはずがないその笑顔は、
忘れる事の出来ない、幸村が好きだった笑顔。



どうして、とか、なぜ、とか考える前に幸村は立ち上がっていた。


 「…!?」


幸村の発した言葉に、3人の女の子たちはお互いに顔を見合わせて喋るのを止めた。



 「…だよね?」

幸村がもう一度呼ぶと、その中の一人がと呼ばれた子に囁いた。

 「、知ってる人?」

 「ううん、知らない。」

は俯いた。

と、今度は一番背の高い子がと呼ばれた子をかばうように前に出ると、
ちょっと怒ったような顔をして幸村に返答した。

 「あの、何か勘違いなさってます?
  はもう…。」

 「うん、それは知ってる。
  でも…。」


幸村の言葉にはいたたまれなくなったのか、
友達にごめんと呟くとその場から逃げるように駆け出した。

幸村はその後姿を目で追いながら、先程の子に詰問した。


 「あの子の名前は?」

 「えっ、あの、です。」

動揺する友達を残し、幸村はの後を追った。












     ********








水飲み場を過ぎ、プールの脇を通り過ぎても、、
は慣れない学校の校舎の間を夢中で走り抜けていた。

何処に行く当てもないけど、あの場から逃げ出したかった。

一番会いたくて、一番会いたくなかった人。

幸村の驚いたような顔が瞼から消えない。

は胸を締め付けているのが、罪悪感なのか、急に走ったせいなのかわからず、
中庭の、恐らく立海大のシンボルツリーなのだろう、
樅の大木に手をついて荒い呼吸に身を任せていた。


しばらくするとの背後に人の気配がした。

身を強張らせながら、は振り返る事が出来ないでいた。




 「君の本当の名前は、って言うんだね?」

責めるでもなく淡々と幸村が話しかける。

 「ねえ。俺の事、覚えてるよね?」

 「…な、何の事か私には分からない。
  私、…あなたの事なんて、知らない。」

 「そう?
  君はまた俺に嘘をつくの?」

 「…。」

 「君は俺にだと名乗ったよね?
  死んでしまったのはだったけど、
  でも、俺にはと名乗った女の子と、死んでしまった女の子が一緒だとは思えなかった。
  友達はみんな、俺が好きな奴を失って気がどうかしたと思ってくれたよ?
  でも、今、俺の方が正しかったってわかってすごく嬉しいんだ。
  俺の好きな子はではなくて、今、俺の目の前にいる君だって言う事!」

幸村の言葉には怒りで我を失った。

幸村の方に向き直ると、きっと睨み返してきた。

 「ひどい!!
  の事、好きだって言ったじゃない!
  っていう名前を、絶対忘れないって、精市は言ったじゃない!」

の抗議に困惑しながらも、幸村は嬉しそうに微笑んだ。

 「やっぱり君だったんだね?
  俺の名前、覚えてくれていた…。」

 「あっ////」

は身を捩じるようにしてまた逃げ出そうと身構えたが、
一瞬早く、幸村がの手首を掴んだ。

 「お願いだから、もう逃げないで。
  ねえ、って本当は誰なの?
  何でそこまで嘘を突き通したかったの?」


俯いたの目には涙がたまっていた。


 「は、私の双子の姉。」

 「だけど、どうして?」

 「だって、は、精市の事が好きだったから。」







病気で入退院を繰り返していたが突然立海大に編入したいと言い出したのは青春学園に入学してすぐだった。

何で急に?とが聞くと、は楽しそうに笑って答えた。

  

  だって、どうせなら、私の残りの時間、好きな人の傍で思い出を作りたいから


だけど、せっかく編入しても、はまた入院してしまった。

でも、運命の神様はいるもので、幸村がと同じ病院に入院してきた事を知ると、
はもう起きられないベッドの上からに頼んだ。


  ねえ、。私の代りにあの人と友達になって…。
  私、幸村君に名前だけでも覚えてもらいたいから。


儚く笑う姉の姿はいじらしくて、は快く代役を引き受けた。




 「は精市にいつまでも覚えていてもらいたかったのよ。」

の足元にポツリと涙が落ちた。

 「でも、だからって、あんまりだ。
  この数年、俺がどんな思いで過ごしてきたかわかるかい?
  最愛の人を失ったかもしれない絶望感と、
  でもあれはひょっとして他人じゃなかったかという違和感、
  でもそれを証明できる術がなくて自分自身への不安感と猜疑心。
  どこかで生きていて欲しいという儚い思いで毎日胸が苦しくて…。」

 「…ごめんなさい。
  でも私にはどうすることもできなかったのよ。
  だって、の方が先に精市を好きになったんだもの。
  死んでしまったを憎らしいと思った事もあったよ。
  あんな形で別れてしまったんだもの、
  精市の中でいつまでも生き続けてるが羨ましかった。
  だけど、の最後の頼みだったんだもの、
  私にそれを拒否できる勇気はなかった…。」

震えるの肩を幸村が優しく抱き寄せた。

 「ごめん。君も辛い思いをしていたんだ。
  だけどね、もし今もが生きていたとしたら、
  俺はのどちらかを選ばなくてはいけないんだよ?
  たとえあの時でも、俺は迷うことなく君を選んだ。
  いいかい?
  俺が好きなのは、君なんだよ、。」


そう言うと幸村はを強く、強く抱きしめた。



 「もう2度と離れないって、約束しよう。」



は小さくうんと頷くと、幸村の腕の中で泣いていた。









     ********









 「ねえ、仁王先輩。」

 「なんじゃい、赤也?」

 「部長だけ潤っただけでしたッスね?」

 「あー、そういうことになるのぉ。」

 「部長なんて全然気乗りしてなかったくせに、ずるいッスよ。」

 「はは。仕方なかけん。
  幸村とあの子は運命の赤い糸でちゃーんと繋がれていたんじゃけん。」

 「ええっ?仁王先輩、運命の赤い糸なんて信じてるんスか?」

赤也がまじまじと仁王を見上げる。

 「ま、信じるものは救われるとよ?」

仁王はニヤリと笑った。



 「赤也〜!来週はルドルフの女子が来るらしいぜ?」

 「丸井先輩、ほんとですか?
  今度こそ…。」

 「赤也!!!!
  たるみすぎにも程があるぞ!?」


真田の一括に赤也が首をすくめた。



それにしても、よかったのぉ、と仁王が幸村との姿を目で追いながら小さく呟いた。












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2005.7.10.







☆あとがき☆
 いやあ、なんなんでしょう?
突然書きたくなった癖にうまくまとまらない。
続きを気にして下さった方、こんなものですみません。
ま、いろいろと細かい所は突っ込まないように…。(笑)
管理人、切ない系が好きなんですが、
無理ありすぎやな〜。