所有欲と独占欲 1
廊下にいても聞こえるひときわ目立つ関西弁。
見なくてもわかる光景に不快感を覚えながら足早に通り過ぎようと思ったのに。
「!! どこ行くん?」
教室の後ろの開いたドアの向こうから呼びかけてくる忍足の声を
当然のごとく無視したのに、無視されるのが分かってたらしく
前のドアからすっと伸びてきた腕に捕まれた。
「なあ、返事くらいしよか?」
常識のない奴にそんな風に諭されるってほんと忌々しい。
「忍足には関係ないと思いますが?」
むっとして返したら大げさにため息つかれた。
「これから学食行くんやったら一緒に食べよ?」
「なんで?」
「たった今が彼女候補のNO.1になったからや。」
教室の中からそんな〜、と不満の声が複数沸きあがる。
忍足はもてるのをいい事に勝手に女の子たちに序列をつけて
今日は君が一番やから、とか言いながらとっかえひっかえ日替わりで遊んでる。
よくもまあ、そんな事をやって反感を買わないものだと思うけど、
元来マメな性分らしく、そこら辺は満遍なく如才なく付き合ってるらしい。
それが忍足侑士という男なのだからしようがないと言えばそれまでだけど
そういう取り巻きの女の子たちの中に私を含めるなと声を大にして言いたい。
いや、毎回言ってるのになぜか忍足はやめてくれない。
いい加減うんざりなんだけど。
「私、用があるんだけど?」
「ええよ、用が終わるまで待ってるから。」
忍足の腕を振り解いて歩き出せば、結局ついて来るつもりらしく
忍足は私の隣をゆっくりと歩き出す。
「困るんだけど?」
「困らんやろ?」
それはあながち嘘ではないけど、どうしてこうも忍足は
一から十までしゃべらなくても私の事が分かるのか不思議に思う事がある。
「俺がおる方が断りやすいやろ?
で、今日はどこの奴?」
クツクツ笑う忍足は私よりもずっと背が高いからその表情はよくは見えないけど
ゲームを楽しむ感覚で人の告白場面に立ち会う気持ちはちょっといただけない。
でも、迷惑な告白劇に的確かつ即効的にピリオド打つには
忍足の存在がてきめんな事は否定できないから、まあいいかと許してしまう。
「…2年生。」
「の人気もここまで来るとたいしたもんや。」
「それはどうも。」
「それにしてもえらい心臓の持ち主やな、に告る下級生やなんて。」
「そうね、先輩の教えが良いからなんじゃないの?
…テニス部だから。」
「は? なんやて?」
初めて聞く忍足の焦ったような声。
同じテニス部の奴だと断る側には回りたくないのかな、なんて?
「なんかね、好感持てる手紙だったよ?
年下って言うのもいいかもね。」
「何言うてるん?
は俺の彼女…」
「候補だよね?
それも、私は候補に入れてくれって言ったつもりはないけど。」
「けど、今まで誰とも付き合わんと…。」
「今まではね?」
意地悪言ったつもりはないんだけど
結局の所、忍足と私の関係なんて同級生の枠からほんの少しだけ
仲がいいというくらいのもので。
本音の見えない忍足の気まぐれに付き合うのも
本当は私の秘めた想いがそうさせているだけで、
忍足に振り回され続けてる今の自分はそろそろ限界だったりする。
「誰なん?」
忍足がぼそりと低く呟いたけど私は聞こえなかった振りをした。
今までは私に告白してきた男共を忍足は気持ちいい位あっさりと撃退してくれていた。
それは彼女候補を何人も有しているという所有欲なのか優越感なのか、
たぶんそんな所だろうけど、その時だけはなんだか自分が忍足の唯一の彼女みたいで、
忍足が人の告白劇にちゃちゃをいれて面白がってるだけだとしても
うまく言えないけど私の中では嬉しかったりする。
でもいい加減そんな曖昧な関係に自分が乗っかってるのが苦痛になってきた。
彼女候補という少しだけ優位な立場も裏を返せば
忍足がそれ以上を誰にも求めてないという事で
優柔不断な忍足にも正直嫌気が差して来ていたから。
たまにはこの日常を変えて見ればたとえ裏目に出たとしても
自分が半歩でも一歩でも前に進んだと思えるじゃないかと
策士な彼を前に浅はかにもそんな風に思っていた所だった。
「あそこ…。」
私が指差す先には長身な見るからに爽やかそうな後輩が立っていた。
「鳳か…。」
普段女の子たちに見せる、あのへらりとした態度はそこにはなくて、
不思議なくらい不機嫌な忍足にまた腕を捕まれた。
「なあ、。
あいつなら放って置いてもなんとかなるわ。」
「えっ?」
「このまま学食行かへん?」
あり得ない事に忍足は私の腕を引っ張ったまま踵を返すので
私は訳が分からず忍足を見上げた。
「そんな事言ったってもう気づかれてるし。」
「かまへん!」
呼び出されて、目の前まで来てるのにこのまま方向変換するなんて
あまりにも非常識過ぎると後ろを振り返ったら
呼び出した本人は忍足のこの行動をまるで予知していたかのように
物凄いスタートダッシュを掛けたかと思うとものの数分で学食への近道を阻んで来た。
さすがテニス部は違うな、なんて暢気に思っていたら
その後輩君は先輩に怯むことなく力強い視線を投げかけて来て
私はさすがにバツが悪くなって何て言っていいものやら言葉に詰まってしまった。
「忍足先輩、どういうつもりですか?」
「なんや、鳳やん? 奇遇やな。」
「冗談は止めてくれませんか?」
「お前こそ冗談きついわ。」
一触即発の様子に私がおそるおそる鳳君を見上げれば
私の視線を受け止めた途端、一瞬の妙技のように鳳君は柔らかく笑みを漏らした。
「すみません、先輩。
驚かすつもりはなかったんですが。」
「あっ、ううん…。」
「まさか本当に忍足先輩がくっ付いて来るとは…。」
「何やねん。」
「どこまで保護者面して来るんだろうと呆れてますけど?」
向けられた視線が忍足に戻るとまた挑むような鋭い目つきになって
今までの告白劇にはなかった展開に私はただ呆然としていた。
「大体な、は俺の―」
「彼女候補ですよね?
あまりにも有名な話で牽制にもなりませんけど?」
「牽制なんかしてへん。
俺のもんに手ぇ出すとはえらい度胸やねん?」
「先輩、それって単なる所有欲ですよね?」
「なんか文句あるんか?」
「先輩は忍足先輩の彼女じゃないってことです。」
きっぱりと言い放った鳳君は私に向けてにっこりと微笑むと
大きな手を私の前に差し出して来た。
「忍足先輩は先輩の彼氏ではありませんよね?」
そのストレートなまでに残酷な問いに私は頷くべきなんだろうけど
鳳君の真意を測り損ねて私は、私の手を掴んでるままの主の手に視線を落としてしまった。
「鳳!」
「忍足先輩は黙っていて下さい!
俺は先輩に聞いてるんです!!
俺の告白を聞いてもらうだけなのに忍足先輩の許可が要りますか?
先輩に俺の気持ちを聞いてもらいたいのに
それも聞いてもらえないんでしょうか?」
鳳君の言葉は真剣だった。
告白というとても勇気のいる行為を軽んじていい法なんてどこにもあるはずがない。
鳳君がきちんと伝えたいという姿勢を誠意を持って受け止めてあげるのが
彼の気持ちに応えてあげられない自分の誠意だと思った。
「忍足。」
「嫌や。」
「手、離して…。」
「嫌なもんは嫌や!」
「忍足?」
「そんなに鳳の話を聞きたいんか?」
「ちゃんと聞くべきだと思うから…。」
「そうか…。」
忍足のため息が聞こえたかと思うと掴まれていた手にさらに力が加わって
私は忍足の体にぴったりと密着するように抱きしめられていた。
「なんて、俺が言うと思うんか?」
「えっ!?////」
頭上から聞こえるはずの忍足の声が
忍足の体の中から直接耳の中に広がっていくようだった。
「鳳!」
「何ですか?」
「俺にもな、所有欲とは別に独占欲ちゅうのがあるんや。」
ぎゅっと抱きしめられて不意に耳元に熱い吐息でくすぐられるように囁かれて
私はいきなり異空間に放り出されたような、ある種の麻痺感覚で呆然としていた。
それは一瞬の出来事で忍足はトンと私の背中を押すと
普段通りの胡散臭い笑みを浮かべて私を開放してくれた。
「あとはに任せるわ。」
忍足の囁いた言葉が信じられなくて慌てて振り返っても、
もう忍足は私に背中しか見せてはいなかった。
片手をひらつかせて、先に学食に行ってるわ、なんて捨て台詞と共に
さっさと歩き出していて、私は不覚にも鳳君に言葉を掛けられるまで
恥ずかしいくらい忍足の後を見送っていた。
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☆あとがき☆
久々のオッシーです。
ちょっと長くなったので後半はまた今度。
って、期待はしないでね。
なんだか久々すぎて忍足書くのが照れる…なんて。(笑)
2008.6.20.