所有欲と独占欲 2
小さくなっていく忍足の後姿を追いかける事もできずにいる私は
全くと言っていいほど鳳君の存在を忘れていた。
初めて言われた忍足の言葉が本当に思えなくて
嬉しいはずなのに素直にそれを認める事ができないでいた。
でもその言葉が私を捕らえて離さない…。
「ひどい先輩だ。」
ぽつりと呟く鳳君の声にやっと我に返る心持ち…。
「な…に…?」
「だってそうでしょう?
俺が告白する前に先輩の心を持って行ってしまったんですから。」
「あっ//////」
鳳君の言葉に突然湧き上がる羞恥心。
「でも、引き下がるつもりはないんです。
俺は、先輩が好きです。」
「え、えっと…。」
あたふたする私をよそに鳳君は苦笑している。
「無理して取り繕うとしなくてもいいです。
先輩に任せるなんて、あんな自信たっぷりに言われちゃ
どうあがいても無駄な事くらい分かります。
でも、俺、こう見えても諦めの悪い男なんです。」
鳳君は私の手を握り締めると、忍足の歩いて行った方に歩き出した。
「お、鳳君? どこに?」
「もちろん、学食です。
一緒にランチくらい付き合って下さい。」
「えっ? で、でも…。」
「大丈夫です、3人で仲良くランチにしましょう?」
そう言って胸を張って歩く鳳君が年下の癖に嫌に大人びて逞しく見えた。
そうでなきゃ、テニス部のレギュラーなんて務まらないって事なのかな、
なんて、また横道それてぼんやり思っていたら鳳君がクツクツ笑い出した。
「先輩って本当に可愛いですね。」
「はい?」
「俺と手を繋いでるのも吹っ飛んじゃうくらい、
忍足先輩に言われた言葉で動揺してるんですから。」
「わっ////」
鳳君には悪いけど、瞬時に手を離さなきゃと思って力を込めたのに
鳳君はぐいっと逆に私を引っ張るようにしてずんずん歩いていく。
「でも俺に感謝して欲しいくらいです。
俺が参戦しなければ忍足先輩はあんな風には言わなかったでしょうから。」
「えっ、なに?」
「先輩だって半信半疑なんでしょう?
忍足先輩は意固地になっただけです。
自分のお気に入りのおもちゃを俺に取られるのが嫌なんです。」
淡々と、でも優しい口調で言われると鳳君の言っている事が
とても的を得ているように思える。
俺はの事が好きや
あの告白の言葉がなんだかその場の成り行きで言われた台詞のような気がしてきた。
いつもなら自分が彼氏気取りで断って来ていたのに
今回は私に任せるなんて、都合よく逃げるためだけの台詞だったとしたら?
ううん、違う
鳳君の言葉に流されてはだめだ。
忍足は鳳君の事をよくわかっているはず。
その彼があいつは放って置いても大丈夫だと言った。
そして、忍足は私に任せるって言ったんだ。
それはどうでもいいって事じゃなくて、
私にはっきりしろって言いたいんだと思い直した。
「鳳君。」
「はい?」
私は鳳君の手に力を込め直して立ち止まった。
鳳君は私を振り返って止まってくれた。
「この状態で学食に行ったらすごく目立つと思うけど?」
「そうですか?」
「さっき、どうあがいても無駄だって言ったよね?
それは鳳君の本音だよね?」
鳳君は黙ったまま、でもほんの少しため息を漏らしたように思えた。
「忍足はきっと私がちゃんと鳳君に返事をしてひとりで学食に戻って来ると思ってる。
だから、私、ちゃんと言うべきだと思う。」
「待ってください、先輩!」
「私、鳳君の――。」
見上げた視線がぶつかった時、鳳君は私の両肩をその大きな手でがっちりと掴むと
上ずった声で私の言葉を制してきた。
「このまま、先輩の口を塞ぐことなんて簡単な事なんですよ?」
私はいつもの自分を取り戻すと目を逸らすことなく鳳君に応えた。
「でも、鳳君にはできない…。」
「いいえ!」
「だって、鳳君はいい人だもの。」
私の言葉に鳳君は耳まで赤くなるとがっくりとうなだれて
私の肩に置いていた手もゆっくりと離してくれた。
「鳳君はとても大きい人だから私が抵抗してもきっとなんでもできてしまう。
でもそうだったら、忍足はきっと私を一人にはしないって思う。
鳳君はいい人だからそこまでできない。」
「…悔しいな。」
「私、忍足が好きなんだ。
だから鳳君の気持ちは嬉しいけどそれに応える事はできない。
ほんとにごめんなさい。」
忍足が好きっていう言葉を初めて口に出した。
とても照れ臭かったけど、鳳君には素直に言える事ができた。
このまま忍足にもちゃんと告白しようと思ったらなんだか自然に笑えて来た。
「あーあ、忍足先輩の焦る顔が見てみたかったんですけど。」
鳳君はやっぱりいい人だと思う。
後腐れのない爽やかな笑顔がとても素敵だと思った。
「鳳君の笑顔、素敵だよ?」
「ありがとうございます。
俺、やっぱり先輩の事、好きです。
俺にとっては憧れの女性なんです。」
「ちょ、ちょっと、鳳君。
そういうの恥ずかしいからあんまり言わないで…。」
「えっ?でも、ほんとの事ですし。
迷惑ですか?」
しゅんとなってしまうその顔はいつの間にか幼く見えて
鳳君のギャップについ魅入られてしまいそうになる。
「はっきり言っちゃえば迷惑…かな?」
「先輩〜、そういう事ははっきり言わなくていいです。」
「ふふっ、ごめんごめん、ついね。
私、鳳君の事、嫌いじゃないから、さ。」
「えっ!?」
「だから、ランチはやっぱり3人で食べよう?
ただし、手は繋がないからね。」
ぱぁーっと明るい顔になった鳳君を見ていると
こんな弟がいたら可愛いだろうな、って不謹慎にも思ってしまった。
これが私の鳳君に対する所有欲だったらどうしよう、なんて。
私たちは並んで学食へと歩き出した。
********
「なんでや!?」
忍足はAランチ、鳳君はBランチの特盛、そして私の目の前にはCランチ。
3人3様のランチはどれもおいしそうで、
ただ一人忍足だけはフォークをためらいがちに揺らしてるだけで
全然食べる気配がなかった。
「忍足先輩、冷めますよ?」
ニコニコしている鳳君は忍足の眉間の皺をものともせず、
その様子がさらに忍足を不機嫌にしている。
「どういうつもりなん?」
私は忍足の問いを無視してCランチを食べ始める。
我ながら大胆だと思う。
でも、この位しないと、忍足はその気持ちを全部
私にくれないような気がして。
「何がですか、忍足先輩?」
「お前には聞いてない!
、どういうつもりや?」
イライラした様子の忍足に私はわざとらしく小首を傾けて見せる。
「どうかした、忍足?」
「どうかした?や、ないやろ?
鳳のことは振ったんやろ?
なのに、なんで仲良う二人揃って来るん?
おかしいやろ?」
「忍足先輩、俺、嫌いじゃないって言われました。」
「はぁ?」
「だからですね、これからも先輩とは仲良くさせてもらおうと思ってます。」
「…だって!?」
私が相槌打つと忍足は物凄く黒いオーラをバックに睨んできた。
それって、なんだかヤキモチだと思う。
私、忍足に本当に好かれているんだ、なんて思って
口元は緩みそうになるのを無理して堪えた。
「さよか。
俺より鳳の方と仲良うやりたい訳なんやね。」
ゆらゆらさせていたフォークがカチャリと忍足の手から落ちた。
前髪をかき上げてそのままこめかみを押さえて目を閉じてしまった忍足は
その端正な顔立ちに悲壮感を漂わせていて、さながら悲劇俳優のよう…。
その異様な雰囲気に隣の鳳君は完全に飲み込まれている様子で
恐らく今日の部活は荒れるのだろうかと心配しているのかもしれない。
忍足が鳳君と私の関係に本当に危機感を持っているなんて思えないけど、
へそを曲げてしまった駄々っ子のような忍足はきっと私の言葉を待っている。
「私、忍足が他の子と仲良くしてても文句言ったりしないけどな。」
忍足は相変わらず不機嫌さをまとったまま微動だにしなかったけど、
私は構わず次の言葉をゆっくりと告げながら忍足の顔をじっと見つめていた。
「私だけが、忍足の、彼女なら、ね!?」
忍足の目が弾かれたように開かれ私の方へ向けられた時、
私は余裕で微笑んで見せた。
「そのかわり、彼女候補はもう作らないで。
私の代わりがいつでもいるっていうのは嫌。
私だって忍足を独占したいし。」
「…。ほんまに?」
忍足ははーっとため息をつくと、かなわんなと首を振った。
その様がクールな忍足には似つかわしくなくて
お互い視線がぶつかったまましばらく見つめ合ってしまったら
なんだか忍足の顔が少しずつ赤くなってきてふいっと視線を外された。
と同時にこっちまでドキドキがうつってしまって
今までの余裕はなくなってしまった私まで頬に熱を持ち出した。
忍足が私の事を好きでいて私も忍足の事が好きで、
今まで普通だった事が普通でなくなっていく感じに
自分でもむずむずしてきてしまった。
「あーあ、何が悲しくて俺、
忍足先輩の腑抜けた顔を見ながらランチしてるんだろ。」
鳳君の間の抜けたぼやきに私と忍足は思わず噴出してしまった。
「鳳、お前ほんまにうざいわ。空気、読まんかい!」
あれから私と忍足の関係は一歩進んだものとなったけど
相変わらずランチだけは鳳君も混ざってくる。
あのふてぶてしさは次期部長候補だって忍足が言ってたけど
鳳君を利用してるのは忍足も同じ。
鳳君のせいにしてベタベタ独占欲丸出しで私の隣にいる忍足は
鳳君がそばにいない時の30%増しで鳳君以上にうざくなる。
でもそれが心地いいって言ったら二人に呆られてしまうかも…ね。
The end
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☆あとがき☆
あ、なんかチョタが可愛そう?
でもチョタと侑士を独占できたらすごいだろうな?
全学年女子を敵に回すんだよ?
こんなスリル、滅多に味わえないかもよ!(笑)
2008.6.27.