私の願いは




好きな人の笑顔を独り占めにすること









         願いの代償  2










 「さんは将来の夢は?」

 「え、えっと…/////」

 「恥ずかしがらなくていいのよ?
  今のあなたたちには無限の可能性があるんだから。
  年を重ねるごとに増えていく人もいれば
  絞り込んでいく人もいるし。
  それとも小さい時に思っていた事と全く別の夢に変わる人もいるし。
  だからね、今何を願ってもそれは恥ずかしいことじゃないのよ?」

 「で、でも。普通だし…。」

 「あら、お嫁さんになることが普通とは限らないでしょ?」

 「あっ、先生ってば/////」

 「えーと、特別な人のお嫁さん?」



今思えば大学卒業したての先生はとても若くて、
後から幼馴染と結婚したらしいと風の便りで聞いた。

あの頃、私の書いた夢を自分のことのように感じていたのかもしれない…。


 「わあ、お嫁さんだって〜!」

 「どうせならかっこいい人がいいよねぇ。」

 「俺のことか?」

 「絶対違うって!!」

 「特別って何だ?」

 「頭がすっごくいい人のことだよ、きっと。」

 「どうせなら芸能人とかいいよね?」

 「スポーツ選手がいいってうちのお母さん言ってたよ!」

 「え〜、お金持ちならなんでもいいよねえ。」


好き勝手に飛び出すクラスメイトたちの発言に私は真っ赤になって下を向くばかりだった。




あの時ちらっと垣間見た柳がやっぱり驚いたような目をしていたんだ。








   ********






教材を持って出て行く柳の後姿を見つめながら、ふっと子どもの頃を思い出してしまった。


思えばあの時からずっと柳のことが好きだった。

お行儀よく静かに本を読んでる柳が
他の男子よりとてもかっこよく思えたんだ。

柳の夢はきっと学者とか医者なんかより、
今はもうプロのテニスプレーヤーになってしまったのだろうけど…。







 「さん!」


ぼっとしていたら、教室の後ろから誰かに呼ばれた。


 「幸村、どうしたの?」

 「ああ、もこのクラスだったっけ?
  蓮二は今いないの?」

の質問にゆっくり答える幸村はに笑顔を向けると
手に持っていた弁当の包みを揺らして見せた。

 「柳君なら先生に頼まれて…。」

 「いないんならいいんだ。
  ねえ、さん、一緒にここで食べてもいい?」

いいとも悪いとも返答に困っていると、
幸村は空いていた前の席にすばやく腰を下ろして
悠然と包みを開き始める。


 「ゆ、幸村ぁ!?」

 「なかなかこの教室に入ることができなかったからさ。
  今日は俺、さんとお昼食べるから、
  は真田の所でも行って来るといいよ。」

 「急にどうしたのよ?
  まさかあんた…。」


血相を変えると面白そうに笑っている幸村の顔を交互に見ながら
それでも用を頼まれて出て行った柳より先に昼食を取るのも憚れて
私は自分の弁当を出す気にもなれないでいた。


 「やだなあ、別にさんを取って食おうだなんて思ってないから。」

 「思うだけであんたの場合は犯罪だから。」

 「なんでこんな口達者な女が真田はいいんだろうね?」

 「余計なお世話です。」


ぽんぽん飛び交う幸村との会話を聞きながらも
私はどこか他人事のように聞き流していた。



 「さん!」


また誰かに呼ばれて顔を上げると、
教室の入り口で後藤君がこちらに手招きをしている。

幸村の登場だけでもクラスメイトの好奇の目が集中してるというのに
野球部のエースまでもが登場となると
これはどうにも他人事では済まされないものを感じて
私は仕方なくそそくさと席を立った。


 「あ、あのさ、ちょっと話がしたくて…。」











        ********






後藤君は私を教室から連れ出して
教室から少し離れた階段の所で向き直ると
外野が煩くてごめん、と気遣ってくれた。


後藤君は野球部のエースで、おしくも関東大会の準決勝で敗退してしまったけど、
新聞にその名前が出るほど、プロ顔負けの剛速球を投げるらしい。

その割りに私とそれ程背の違わない彼は、
こうして相対せば快活で爽やかな好印象だった。


 「この間の返事、聞かせてもらいたくて。
  本当はもっとさんにじっくり考えてみてもらいたかったんだけど。
  やっぱりさ、こうストレートに速球で返してもらわないとさ、
  不安になってきてさ。
  その、さんって人気あるし…。」


少し決まり悪そうにそう告げる後藤君は
告白の時もそうだったけど、強引でもなく
大人びた声の癖に口調はとても丁寧で優しかった。



とてもいい人だと思う。


付合ってみなければ分からない部分はあるにしても
…とてもいい人だと思う。

でも私には、いい人だと思う以上に
後藤君の他の部分を知りたいと思う気持ちはやはり起こらなかった。

ちゃんと断ろう、そう思った時、階段の下から上がってくる声に
私の気持ちは揺らいだ。





 「ねえ、柳君。柳君って好きな人いるの?」

 「私、柳君のこと、好きなんだけど、付合ってくれないかな?」




自分が何年も言えなかった言葉が階段中に木霊して来る。

下に柳がいると思うと、私の体は鉛のように重くなっていた。

自分が告白されてる所も見られたくなかったし
まして、柳が告白されてる所なんてもっと聞きたくないと思った。




 「なんか、妙な具合になっちゃったね?」

下から聞こえる声に後藤君が微妙な笑顔で同意を求めてくる。

 「ここで告白すると成就する確立高いんだってさ。
  そんなジンクス信じてるなんて可笑しいだろ?
  でもさ、それでも俺、さんとどうしても付合いたいんだ。
  俺の事、嫌いじゃなかったら、登下校だけでも一緒にしてくれないかな?」


さすが変化球も得意な後藤君らしく、
やんわりときわどいコースをはずしながら求めてくるその手腕は
見事だとしか言えなかった。

それともずるい言い方…って言えばいいのかな?



 「どこって?
  柳君って知的なのにテニス上手いじゃない?
  私、スポーツ選手って憧れてたんだよねえ。
  柳君ってプロになるんでしょ?」


後藤君の真摯な気持ちに真面目に返答しようと思ってるのに、
吐き気を催すほど甘ったるい声が耳に入ってくると
途端に思考回路は聞こえてこない柳の言葉を拾おうと躍起になる。

その口調から、とても柳が応えるとは思えないタイプの女子だと分かっていても
プロになる柳を想像できない私には太刀打ちできないものを感じて
なぜか焦ってしまう。


 「彼氏がプロテニスプレーヤーなんてかっこいいじゃない。
  行く行くは玉の輿、なーんてさ。
  私、マッサージとかこれでも得意なの。
  どう?試してみない?」



そんなアプローチの仕方ってあるだろうか?


  
 「うーん、なんか、下の告白は過激だね?
  俺はさ、少しずつさんと仲良くなれればいいんだ。
  甲子園は逃しちゃったけど、これでもスカウトの数はそこそこあるんだ。
  プロになって君を幸せにするぐらいの契約金はもらえると思うし。
  なんて、先の事まで俺の夢を押し付けちゃだめだよな?
  とりあえず、俺専属の友達になってくれないかな?」


私の好きな人は誰か他の子に迫られていて
柳を好きな私は野球少年に迫られている。

階段の上と下とで私と柳の運命は平行線のまま。

階段を降りて行く勇気はないけど
自分の気持ちははっきりと言わなきゃだめだと手に力を込める。


 「ごめんなさい。
  私の夢は小さい時からずっと変わらないんです。
  後藤君はいい人だと思うけど、けど…。」

 「あっ、ちょっとストップ!
  俺の事、いい人と思うんだったら…。」



 「だめだよ、さん。
  こういう体育会系は諦めが悪いからちゃんと断らないと!」


後ろから突然腕が伸びてきて
私はよろめくように後ろに引っ張られた。

いい人だと思った後藤君の顔つきが怖いくらいに険しくなって
私は初めて背後の声の主に気がついた。














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2007.11.8.