強く願えば叶うって信じてた


そんな子供時代に戻りたいよ






         願いの代償    1





大人になったら何になりたい?



小学校の低学年の頃、学級会での議題に
それぞれが口々に自分の夢を語っていた。

あの頃はみんな、なりたいものがあって
大人になれば自然になれるって思ってたんだ。


隣に座って生真面目にノートを取っていた柳なんて
小さい頃から学者にでもなるんだろうなあって思ってた。

ほんとにあの頃から生真面目な所は変わらなくて
背が伸びた今でも彼の夢は変わらないんだろうと、
ううん、多分もう、その夢は確実に自分に引き寄せてるのだろうと思ってた。



およそ日焼けする柳なんて想像も出来なくて
いつも静かに本を読んでた記憶しか私にはなくて、
彼が子供の頃からテニススクールに通ってた事も全然知らなくて、
だから立海大のテニス部で3強のうちの一人だという噂を聞いた時も
『全く別の柳』って言う人の事だと思ってた…。


私の記憶の中では柳は文学少年のままで、
データを下に相手を追い詰めるテニスをするような人だとは
今でも信じられない。


ちらりと隣の席の柳を盗み見ると
背をピンと伸ばしたまま相変らずマイペースで読書に没頭している。






かれこれもう何年になるのだろう?

私の初恋は実ることなく風化され、
この十数年というもの、柳と接点すら生まれなかったという悪運を呪いつつも
片想いの時間だけ蓄積されてきた。

そろそろ片想いにも終止符を打たなくては思っていたというのに、
なんで最終学年になって柳と同じクラス、
それもいきなり柳の隣の席だなんて、間が悪いにも程がある。

焼けぼっくいに火が付くなんて見当違いも良いとこで
到底私の手の届く人ではなくなってしまったかつての幼馴染に
私はただただ諦めの境地ってやつを会得したかどうか
人生の神様っていうのがいるとしたらきっと試されてるんだと思った。



でもきっとそんな事は起こらない…。



柳にとって私は存在しない点であって、
私が彼の事を意識しただけでは、柳との間に線が生まれる事はあるはずがないのだから。






そうは思ってみても、
今までこんなに近くにいたことなんて小学生以来だったから、
私だけが毎日毎時間、柳の息遣いにさえびくびくしてるなんて本当に心臓に悪い。

なるべく柳の方は見ないようにしてるのに
教科書を開いたとか、ノートに板書を写してるとか、
クラスメイトのとんちんかんな答えに苦笑してるだとか、
彼の気配だけでも目の端にちらついて、私はもうどうにかなりそうだった。







       ********




こんな気詰まりな状態は昼休みだけは解放された。

それは少し残念な気持ちが含まれてはいたけれど
おかげで食事が喉を通らないという目には
幸いな事に陥らなくてすんでいた。

柳は決まって少し大き目のお弁当を持って何処かで食べて来るようだった。

柳がどこで誰と食べてるのかは興味がない訳ではなかったけど
それを詮索する余裕はもうどこを探しても今の私にはなかった。






 「ねえ、ねえ、。」


テニス部のマネであり、私の親友である
お弁当をつつきながら私に聞いてきたのは、
柳と同じクラスになってちょうど3ヶ月目だった。


 「、この間、後藤君に告白されたんだって?」

 「あ、…うん、そうだけど…。」

 「3年になってから告られるの、増えたね。」


この時期、3年生たちは最後の夏を迎えるにあたって
各部活は県大会や地区予選といった数々の試練を乗り越えねばならなかった。

そして惜しくも次へと駒を進められなかった3年生たちは
引退という余儀ない二文字を突きつけられると、
虚しさを隠すため余った時間のほとんどを青春謳歌という
少々間違った思考へと駆り立てられるらしく、
あちこちでにわか告白劇が展開される事となるのであった。


 「そ・れ・で?」

 「うん? 何?」

 「とぼける気〜?
  後藤君と言えば泣く子も黙る立海運動部系イケメンとしては
  トップテンに入るほどじゃない?」

 「そうだっけ?」

 「私なら後藤君はポイント高いと思うよ!」



何を思ってポイントが高いというのかの思考にはついていけない部分もあったけど、
彼氏のいるにとっては不毛な時間を過ごしてるとしか思われていないようで、
キープ君でいいじゃない、と後藤君を薦められる私は
それでもイケメンをイメージすると、脳裏には柳の整った顔しか鮮明には思い出せなくて
末期患者のようだと深くため息をつくしかない。


 「ってさ、本当は好きな人がいるんでしょ?」

 「えっ?」

 「私ね、なんとなくわかるんだ、の好きな人。
  後藤君なんて霞んじゃうよね?」  


私は突然何を言い出すんだと、隣の空席に思いを馳せながら
今は視線をそちらに動かせやしないとはらはらとの表情を伺っていた。

勘のいい、この友人なら、あるいはばれて当然かもしれない。



 「でも、幸村はやめた方がいいよ?
  とても向きじゃないし。
  あいつ、マネの私が言うのもなんだけど、
  家庭を大事にするタイプじゃないからね?」

 「…?」

 「後藤君じゃ物足りないよね、幸村を見ちゃうとさ。
  人当たりはいいし、優しいし、
  それでいてリーダーシップはあるし。
  でもね、素の幸村ってわりと優柔不断なのよ!
  他校にも付合ってる彼女がいるっていう話だし、
  来る者拒まず、っていうか、ね。
  今はつまらない奴に見えても、実は後藤君みたいな方が
  堅実なだんなさんタイプなのよ。」


恋愛に関しては私より経験豊富なでも
私の秘めた思いは隠し通せてるようで、
幸村を思わず弁護したくなる自分はの熱弁に思わず笑ってしまった。


 「な、何よ?」

 「ううん。幸村君が聞いたら怒るな、って。」

 「!! 私真剣に心配してるんだよ?」

 「あはは、そんな心配要らないって!」



幸村とは美化委員繋がりですんなり友達になれた。

みんなが嫌がる花壇の草取りを結局二人でやる羽目になってしまったことは、
私にとっては柳の情報を得るためには唯一のテニス部との接点だった。

もちろん幸村に直接柳の事を聞く事なんてできなかったけど、
その他大勢の部員の話の中にぽつぽつと登場する柳の話は
たとえ幸村の口からこぼれる言葉の1%以下であっても
自分の知らなかった柳のデータを書き換えるには十分な情報だった。

そのためだけに幸村と会う機会を増やす努力をしていたなんて
目の前のに話したらきっと呆れられてしまうだろう。



 「には本当にその気はないのね?」

 「その気って? 後藤君のこと?」

 「違う、違う!
  幸村のこと!!」

 「幸村君はただの友達だよ?」

 「うわっ、あいつをただの友達呼ばわりするのもある意味凄いけど、
  まあ、いいわ。」


はなんだか一人で考え込みながら結論を導き出したようで
小難しい表情を浮かべたかと思うと身を乗り出して小声で話し始めた。


 「実はさ、幸村が柳にのことをあれこれ問いただしてたみたいでさ。」

 「えっ?」

 「なんだかさ、最近がもて始めたのが気になったらしくって。
  ひょっとしたら幸村の方がのこと、好きになっちゃったかなって。」

 「う、ウソ!?」

 「いや、あれはちょっとマジっぽい。
  だから私も心配でさ。
  柳もいい迷惑って感じで適当に流してたけど。
  にその気がないなら、ほんと遠慮はいらないからね。
  バシッと断ってやんのよ!?」


後藤君のことはえらく薦めたわりに
同じ部活仲間の幸村のことには手厳しい

その差は多分、が幸村に振り回されてる真田と付合ってるからなのだろう。

真田の堅実さに比べれば、幸村はもう
宇宙的に軽いヤツなのだろう、と友達の顔を見ながら苦笑してしまった。

だけど、幸村だってが心配するほど嫌なヤツには見えなくて、
というか、どちらかと言えばほとんど会話が出来ない柳よりも
付合ったら楽しいかもしれない。

そう客観的に考えてみたところで
でもやっぱり柳が好きな自分は
自分でもどうして柳でないとだめなのか
本当のところは良くわからない。









        ********







それから数日経ったある日、
私と柳は日直だった。

黒板に二人並んでる苗字はとても仲良くくっついてるのに、
隣の席の柳はまるで普段どおりだった。



 「今日の日直は誰だ?」

昼休みに入るチャイムの音が鳴ると不意に担任が二人の名を呼んだ。

 「ああ、柳とか。
  悪いがどちらか教材運びを手伝ってくれ。」

 「あ、じゃあ…。」「俺が行きます。」


それほど重い物ではなさそうだったのに
立ち上がろうとした私より先に柳が席を立った。


  
 「や、柳君。私が行くからいいよ!」

 「いや、そういう訳にはいかないだろう?」

 「だって柳君、昼休みは誰かと約束してるんじゃないの?」


言ってしまってから段々切なくなってきた。

ここであっさり荷物運びを女子に譲るほど無神経な男ではないと信じてはいたが、
彼の口から今まで気にしてなかった不透明な彼女の姿が現実のものとなった時、
はたして自分は平静でいられるかどうか、覚悟は出来てなかった。


 「心配ない。俺が行くまで待ってるだろうから。」


柳を待つ女の子は誰なんだろう。

知りたくもないくせに、柳が私に隠し立てしてるようで、
理不尽にもその事で傷ついてる自分にも腹が立った。


 「ああ、ごめん。
  私が心配するようなことじゃなかったよねっ!!」


突然、捻くれた心のひだは直しようがないくらい折が深くて、
いつもの自分ではない、語気の荒い言葉がほとばしってしまった。


その時の柳の驚きようったらなかった。


多分皮肉っぽく言ってしまったその言葉の調子に驚いたのだろうが、
こんなにまともに柳の目を直視した事がなかったから
その後にふんわり笑うような柳の目に私は改めて心を奪われてしまった。








    そうだ、私、柳の笑顔がすごく好きだったんだ!










Next


Back







2007.10.30.