メリーメリー  2







12月23日。


不二はお金持ちが有するお決まりの黒いリムジンの中で
少し憂鬱な気持ちで窓の外に続く長い長い塀を眺めていた。

跡部邸で開かれると言うクリスマスパーティーには
もちろんと二人で赴くと思っていたのに
は主賓側という事で彼女の姿はここにはなく、
それでも気を遣ったのであろう、
跡部家からの迎えの者に不二は丁寧に礼を述べた。

跡部の家がどんなにお金持ちなのかは
知りたいと思う気持ちがなくても
ここ最近の財政界の中心であることは不二でも知っていた。

その親戚とあればの家も不二の想像を超える域なのだろう。

普段のを見れば到底それは信じられないものがあるが
こうして大邸宅のエントランスで幾人ものドアボーイに出迎えられれば
圧倒的な規模に思わず目を見開く事となる。

丁重な案内のもと、大広間に入るや
不二に向かってがすぐに駆け寄ってくる様に
不二は社交的でない笑みをその口元に浮かべた。

いつもより大人びて見えるドレスなのに
が一生懸命不二の元へと急ぐ姿は微笑ましくて
周りの不審げな視線も不二は気に留めることなく
真っ直ぐにを見つめていた。

くるりとカールされてる髪がの頬の横で揺れている。

息を整えてるは恥ずかしそうに不二を見上げた。


 「よかった・・・。
  不二君が来なかったらどうしようかと思ってた。」

 「少し道が混んでたみたいでね。
  でも迎えの車を寄越してくれてありがとう。
  門から玄関まであまりにも長くて
  歩いてたら日が暮れそうだったよ。」

皮肉を込めてそう言うと
も一緒になってため息をついてくれる。

 「景ちゃんちは特別なのよ。
  私、未だに景ちゃんちで迷子になるくらいだもの。
  それにしても今年はいつもより大掛かりで私もびっくりしてるの。
  だから不二君も迷わないようにね?」

はにかんだ様にが笑うと不二もニッコリと笑い返す。

 「今日は僕は見学者だから。」

 「そんな。
  不二君は大切な私のお客さまだもの。
  後で折を見て、不二君の事を私の家族に紹介したいと思ってるのだけど、
  今日は無理かも・・・。」

 「ああ、無理に決まってんだろ?」

不意に割って入る跡部の声に不二は眉根を寄せた。

髪を掻き揚げながら歩いてくる跡部のタキシード姿は
の隣に立てばまるでパズルのピースがピタリとはまる位似合いすぎている。



 「。長老が呼んでるぜ?
  あの爺、孫の俺よりの事をよっぽど気に入ってるからな。
  先に挨拶済ませとかねーと機嫌損ねられて
  戻って来れなくなるぞ?」

 「えっ、うん、そうだね。
  ごめん、不二君、すぐ戻って来るから待っててね。」

決まり悪そうにが少し俯けば
不二はそっとの頬に手を当てた。

 「僕なら平気だよ?
  今日はとても可愛いさんのドレス姿を見る事ができたし。
  少しだけ社会勉強のつもりで楽しませてもらうから。」

が赤らめた顔で頷くと
跡部はこれ見よがしに舌打ちと同時にを急かす。

余程と不二が仲睦まじくするのは気に食わないらしい。

ふわりと浮かぶドレスの裾を翻したの後姿を不二がいつまでも眺めていると
跡部もまたを見送りながら憮然とした声を出した。

 「全く、のこのことよく来れたもんだな。
  その度胸だけは見直してやるぜ。」

 「別に跡部に褒められたくて来た訳じゃないけどね?」

 「はっ。誰が褒めてるものか。
  ここでよく我が身を思い知るんだな。
  は青学では普通に見えるかも知れんが
  お前とここにいる奴らじゃ、格が違いすぎる。
  身の程をよくその目に焼き付けるんだな。」

 「君は行かなくていいのかい?
  それこそ跡部家の跡継ぎなんだろ?
  僕に付き合うほど暇じゃない癖に。」

不二は跡部に何を言われてもどこ吹く風で
腕組みをしたまま立ち尽くしている。

まあ、こうしているだけなら
他の大勢のどこぞの令息より不二には気品がある。

天才肌はこんな所でも雰囲気に飲まれる事無く
己の存在をアピールできるのかと跡部は心の中で感心した。

 「ああ?
  別にお前のために付き合ってる訳じゃねぇ。
  俺と面識があるってだけで
  お前にはもう、ちょっとしたステータスが付くんだよ。
  そうすりゃ、お前もの虫除けくらいの役には立てるんじゃねーの?」

会話の内容はともかく
こうして不二が跡部と親密そうに話してる様は
どうやら他の客人に対して一目置かれる事になるらしい。

不二は無遠慮に驚いた目つきで跡部を見た。

 「へえ、跡部にそんな気の利く事ができるなんて知らなかったな。」

 「ふん、俺様はな、そんなに心が狭い訳じゃねぇ。
  不二に肩書きがない以上、俺様と旧知の仲だって見せつければ
  が肩身の狭い思いをしなくてすむだろうが?」

跡部は側を通った給仕に声を掛けると不二のために飲み物を頼んだ。

一応不二は客人扱いなのだろう、
との仲の事は認めたくないにしても主賓としての責務はきちんと果たす。

そういう点では跡部は実に社交的だと言える。

 「跡部も意外におせっかいだね?
  別に僕はどんな風に思われたって平気だけどね。
  さんが来て欲しいと言ったから招待を受けたんだ。
  僕はね、跡部。
  彼女が望んだ事なら例え自分の意に反する事だって叶えてあげるつもりだ。」

 「そうか。
  俺はお前の事を認めた覚えはねーが、
  が本気なら仕方ないと思っている。
  つうか、あいつは力もねーくせに要領も悪い。
  加えて周りの圧力はお前自身にも降りかかってくる事を自覚するんだな。」

 「跡部に出来たなら僕にも出来るよ。
  さんは僕が守る。
  そう、僕なりにね。」

 「その覚悟があるんなら、まあゆっくりして行くんだな。」

二人の前を通り過ぎる別の客人に愛想よく挨拶をしながら
跡部は適当な所で不二の側から離れて行った。

落ち着き払った物腰はテニスをしている時とは別人のように見える。

自分の意に反する事に抗うことなく
さりとてそれに従属するでなく、自分の役割を演じつつ楽しんでいる跡部は
さすがとしか言いようがない。

それは幼少の頃から身に付いたスキルなのだろうが
それでも同じように育ってきたにはそれは不得手のように見える。

あれから小一時間は過ぎたであろうか、
不二の所へ戻ろうとしているの姿を見つけて
不二は遠目からしばらく彼女を観察していた。

あっちで声を掛けられ、こっちで引き止められ、
無碍にも出来ず、精一杯の笑顔で会話に付き合い、
相手に不快感を残さぬよう細心の注意を払っている様が
不二には手に取るようにわかる。

跡部のような余裕がにはない。

要領よく適当に誤魔化す事ができない分、
そして上手く会話を切り上げる自信もない分、
それはそれで魅力的に映るのであろう、
誰もが強引にと話したがっていた。

後から後から際限なく話しかけられて
まるでスターのようにもてはやされている状態だと言うのに
当のは少しも楽しそうではなく、
恐らく跡部なら何事もなくあの輪から彼女を救い出していたのだろうと
不二は静かにひとつため息を付いた。

なかなか切り上げられないの様子に
不二は側にいた給仕に頼んでに伝言を頼んだ。

給仕の出現は会話を中断させ
の意識がやっとこちらに注がれたのを感じて
不二はゆっくりと片手を振ってみせた。






 「不二君、ごめんね。」

幾度となく謝るに不二は苦笑した。

 「そんなに謝らないでよ?」

 「でも、すぐ戻るって言ったのに
  随分待たせちゃって・・・。」

 「仕方ないよ。
  さん、ここでは人気者だし。」

不二がそう言うとは申し訳なさそうに首を振る。

 「人気者だなんて、全然。
  父の取引関係の人たちがご機嫌伺いしてるだけなの。
  皆、見てるのは私じゃなくて私の後ろにあるもの。
  そういうの、分かってるつもりなんだけどね。」

 「そういうの、って?」

 「みんな私がどういう人間か?なんて事は考えたりしないもの。
  だから例えば凄く嫌いな人だと私が思っていても
  作り笑いだと分かる笑顔で挨拶しても、
  表面上はとても和やかに進んでしまう。
  それが何度か重なればいつのまにか
  さんとは懇意にさせて頂いてます、ってなっちゃう。
  だからこういうクリスマスは好きじゃないの。」
  
クリスマスだけじゃないけどね、とは付け加える。

 「それで今までは跡部が盾になっていてくれたんだね?」

 「景ちゃんがそう言ったの?
  ・・・うん、確かに景ちゃんがいれば違うけど。
  でも私は景ちゃんに私の盾になって欲しいなんて思ってない・・・。
  それが嫌で氷帝に行かなかったんだし。」

 「じゃあ、僕が君の盾になるために呼ばれたのかな?」

不二が突然低い声でそんな事を言うものだから
は目を見開いて不二を仰ぎ見る。

とても冷ややかな視線にぶつかっては一瞬固まったけど
は自分の視線を不二から逸らそうとはしなかった。

 「私、不二君の事、そんな風に思ってないよ?」


力もねーくせに、と跡部は言い放ったが
は意外に芯の強い部分があると不二は思っている。

そうでなければ青学に移って来たりはしなかっただろう。

素性を隠して、結果、人付き合いに臆病になりすぎて
クラスの中では引っ込み思案な「さん」と言う女の子の役に甘んじている。

けれど本当はなりに確固たる自分を持っているのだ。



 「さんですよね?」


そんな二人の間の雰囲気を全く度外視して
見ればや不二と同じくらいの若者が慇懃無礼にに手を差し出していた。


 「去年のクリスマス以来ですね?
  また会えて光栄です。」

 「あの・・・。」

 「去年は跡部のご子息に睨まれてしまって遠慮してしまったのですが
  今年は是非僕と踊って頂きたくて。
  父も大層さんの事を気に入っておりまして
  できればダンスの後に父にも会って頂きたいのですが・・・。」

の返事も待たず話し始める彼に
不二は間髪入れず彼の言葉を遮った。

 「あいにく。」

不二はの肩に手を置いて自分のそばに引き寄せると
目を疑っている彼に不敵な笑みを送った。

 「さんには今僕がダンスを申し込んで了承してもらったばかりなんだ。」

 「えっ?
  き、君は誰なんだ?」

 「誰だっていいじゃない?
  失礼極まりないのはそっちだと思うけどね。
  とにかく僕たちの邪魔はしないで欲しいな。」

不二は毅然とした態度で突っぱねると
そのままの肩を抱いたまま隣のダンスホールへと歩き出した。

びっくりしたのはの方だった。

このクリスマスパーティーで行われるダンスは
ほんの遊び心の社交場ではもちろんない。

そこで主賓側であると踊る事は
後々周りに絶大な影響を及ぼす事は必死である。



 「ふ、不二君?」

 「うん?」

 「不二君、その・・・、踊れるの?」

不安と期待に満ちた目つきでに見つめられれば
不二は困ったなと、苦笑いをこぼす。

 「全く、全然。」

 「えっ? じゃ、じゃあ、無理しないで?」

 「あのさ、さっきの話だけど・・・。」

ダンスホールは煌びやかな衣装を纏ったカップルが
すでに花のように彩りを添えるべく軽やかなステップを披露していた。

 「僕は君の盾ではなく、常に剣のようにありたい。」

 「剣?」

 「そう。君を守れるほどの堅固な盾にはなれないけど
  相手に度肝を抜かせるくらいの剣さばきには自信有るけど。」

クスリと笑う不二の横顔はシャンデリアの下で煌々と輝いている。

とても冗談とは思えない。

 「言ってくれれば良かったのに。
  そうすれば少しは練習できたのに。」

 「本気なの、不二君?」
  
 「さんが困ってる。
  なら、助けるのは僕の役目だ。」

 「でも…。」

 「大丈夫。
  ダンスって言ったってみんながみんなプロじゃないし。
  基本のステップ位ならいけると思う。」

フロアで踊っている人たちを見ながら事も無げに言う。

 「それに僕よりもさんの方が上手い訳だし。
  だから君にリードしてもらえれば何となく大丈夫な気がする。」

不二の言葉に呆れてしまうけど
でも不二と踊れるなんて思ってもいなかったから
にとっては素直に嬉しい事だった。

 「さんなら、きっと僕が上手いリードをしてるように
  見せかけてくれそうだし?」

 「えっ?」

 「僕と踊ってくれますか?」

恭しく差し出される不二の手をはまじまじと見つめてしまった。

確かにダンスのパートナーに選ぶなら不二だと思ってはいたものの、
それは叶わぬ事と諦めていた。

それにこの観衆の元、不二の手を取れば
それはすなわちが選んだ事になる。

躊躇する手を不二が先に握り締めた。


 「僕たち、凄く注目の的だね?」

不二は楽しそうに笑みを漏らす。

 「こんなスリル、滅多に味わえないな。」

 「不二君。」

 「ね、さんも楽しもうよ?
  僕たちの仲を見せつけてやらないと。」

は観念したように不二の手を握り返すと
フロアの中心へと不二を誘って行った。









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