9.青学テニス部
その日はまるで初夏のように朝から蒸し暑かった。
幸村と会って自分の気持ちに一区切りつけたとは言え、
ここ数日のことを思うと、自分が何かに翻弄されてるようで、
はどうにも熟睡できないでいた。
そして、は青学テニス部で新たなスタートを切る決心はついたものの、
その実、それをどうやって実現するかということをまるで考えていなかった事に気がついた。
大体、不二はミクスドをやりたいと言っていたが、
はたして青学がミクスドの大会に出るのかどうかもわからなかった。
眠気でぼうっとなりつつも、は考え込みながら校門をくぐっていた。
「さん、おっはよう!」
そこには朝からハイテンションな菊丸が待っていた。
「あ、菊丸君、おはよう。早いんだね?」
菊丸は制服ではなく青学のジャージを着ていたので、
恐らく朝練があったのだろう、とは思った。
「あのさ〜、さん、ちょっと来てくれないかにゃ。
テニス部の顧問のスミレちゃんが待ってるんだけど・・・。」
スミレちゃんというのは、顧問の先生である竜崎スミレのことであった。
竜崎先生は長年、青学のテニス部の顧問であり、
最近では関東学生テニス連盟の理事も勤めていた。
「私を?」
「うん。男テニの部室にみんないるんだよね〜。」
みんな・・・というのが引っかかったが、顧問の先生に呼ばれたのなら行くしかない、
テニス部に入部できるかどうかも聞いてみなくてはいけないし・・・。
は黙って菊丸の後について行った。
部室には驚く事に男子テニス部のレギュラー全員が待ち構えていた。
正面の机に向かって座っているのがスミレちゃんだった。
「失礼します。」
「ああ、お前さんがだね?
話は不二と乾に聞いたよ。
単刀直入に聞くよ?
お前さんは青学でテニスをやる気はあるのかい?」
不二と菊丸の視線がを捕らえた。
「・・・はい。
ただ、私の我侭を聞いていただけるのなら、
ミクスドの大会に出たいんですけど。」
「そうかい。それは願ったり叶ったりだね。
実を言うと、今年のミクスドの大会を推したのは私でね。
関東学生連盟の理事がこの件を押し通したのに、
そこの学校から1組もミクスドが出せないって言うのはカッコつかなくてね。
正直に言うと、青学の女テニは男テニとはレベルが違いすぎての。
ミクスドを組める状態ではないんだ。
聞けば、お前さんはあの立海大のテニス部。
まして春までミクスドをやっていたって聞いての。
やる気さえあるなら、私が後押ししてやろうと思う。
どうだい?」
「・・・いいんですか?」
「ああ、男テニの連中も納得済みだ。
それで、には悪いが、練習は男テニレギュラーと一緒にやってもらう。
まあ、女テニの練習メニューではお前さんのためにはならんと思ってな。
例外になってしまうが3年は夏で引退だし、とりあえずミクスドの大会に
青学からも優秀なペアを出す事が先決なんでな。」
「わかりました。
ミクスドに出させてもらえるならそれだけで満足です。
一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします。」
は深々と頭を下げた。
この瞬間から、は立海大テニス部ではなく、青学テニス部の一員として、
ミクスドの試合に出る事になった訳である。
「やったぁ〜。さんとテニス、できるんだにゃ。」
菊丸があからさまに喜んだ。
「こら、菊丸、話はまだ終わっとらん。
まあ、一応本人の希望があったから、
のミクスドのパートナーは今のところ不二にするが、
もちろん練習相手はレギュラー全員となる。
これからの状況如何によってはパートナーの変更もあり得ることは
承知しておいて欲しい。
練習メニューは今まで通り乾が担当するから乾はの分も頼むよ。
そういうことでいいかい、手塚?」
「俺はかまいませんが。」
「じゃあ、よろしく頼んだよ。」
は思わぬ展開に不二を見た。
彼がきっと根回しをしたに違いない・・・。
「不二君。」
「これで良かったのかな?」
「うん。・・・ちょっとびっくりしちゃった。」
「あ〜、不二!抜けがけはもう許さないぞ〜。
さん、ダブルスなら俺が練習に付き合うかんね。」
菊丸は不二と目を合わせないようにしながら、にはニッと笑いかけた。
「菊丸君、ありがとう。
私、みんなの足をひっぱらないように頑張るね。」
の愛らしい表情に、大石を初め、2年の桃城や海堂までもぼーっとしている。
今までのむさくるしい部室までもが、の存在だけで光り輝いて見えるのは夢なのだろうか?
そんな先輩たちを尻目に越前だけが冷静に乾に話しかけていた。
「乾先輩! 先輩と最初に打つのは俺にしておいて下さいね・・・。」
その一言で朝の部室は喧騒に包まれた。
その日の放課後。
は渡された青学女子テニス部のウェアに身を包んでいた。
久々のスコート姿は自分でも気恥ずかしいものだった。
けれど、がどう思おうと、すらりと伸びた手足はほっそりとしていて、
制服姿とはまた違った魅力を醸し出していた。
「ちゃん、かわいい〜。」
菊丸が飛びついてきた。
「き、菊丸君?」
「へへ、俺、これからはちゃんって呼ぶにゃ?
もう早く一緒に打ちたくて仕方ないんだけどさ〜。
乾がダメって言うんだよ。やな感じだよね〜?」
「おい、英二。そういう事を言うなら、新青汁スーパーバージョンの試飲をさせるぞ?」
いつの間にか長身の乾が菊丸との側に立っていた。
「げっ。遠慮しとくにゃ。」
菊丸は慌てての後ろに隠れるように首をすくめた。
「全く・・・。
ところで。」
乾はあらゆるデータを取るのが好きな男だった。
未だかつてそのノートの中を見た者はいなかったが、
彼の出す的確なアドバイスは、部長の手塚さえも一目置いていたほどだった。
「はい。」
「とりあえず今週は基礎メニューだけをこなしていってもらう。
俺は立海大の柳とは幼馴染でな、のデータも彼から集めさせてもらったのだが。」
「柳君から・・・?」
「ああ。
まあ、あまり詳しくは教えてくれなかったがな。
とにかく、この間の校内試合を見たが、やはりパワー不足は否めない。
それで、今日からこのパワーリストとパワーアンクルを常時つけていてもらいたい。
ま、男テニレギュラーは全員つけているがな。」
「うわあ〜、乾の鬼!
こんなか細いちゃんの手首にリストつけるんだ〜。」
菊丸が再びおどけて見せた。
「菊丸君、平気よ。
アンクルの方は立海大でもつけてたし、
リストも慣れれば大丈夫よ。」
は乾に手渡されたリストを手首にはめた。
それ程重くはないが、これでラケットを振れば初めのうちはかなりきついだろう、と思った。
そしては乾に渡された練習メニューに取り掛かることにした。
しばらくして、壁打ちをしているに不二が声を掛けてきた。
「そろそろ終わりにしない?
今日のメニューはとっくに終わってるんじゃないの?」
「あ、うん。
でも、早くこのリストにも慣れたいし、遅れてる分を取り戻さなくっちゃ・・・。
それにね、すごく気持ちがいいの。」
そう言われなくても、の表情は生き生きとしていた。
あの、けだるそうに、つまらなさそうに教室の窓からぼんやり外を見ていた彼女とは、
別人のようだと不二は思っていた。
そして、が心の底からテニスに夢中になっている姿を見るのは嬉しくもあったが、
練習中の彼女の集中力を見ると、青学のテニス部に引き入れてしまった事を後悔する気もあった。
その位、練習中のは他を寄せ付けない雰囲気を持っていた。
「私、やっぱり、体を動かしてる方が性に合ってるんだな。」
「周りが見えないくらいにね?」
不二が笑った。
「えっ?」
「ううん。
そう言えば、幸村君の具合はどうなの?
彼と話したんでしょう?」
不二は相変わらずニコニコしながらと一緒にコート脇のベンチに座った。
の前髪からは汗が滴り落ちていたが、は気にも留めてない風だった。
「まだね、検査の結果は出てないけど、
幸村君はすごく前向きだったよ。
本当にベットの上でもラケット振り回しそうな位。
全国大会までには治すって言ってた・・・。」
「そっかあ。
幸村君ってやっぱり強い人なんだね。」
「うん。強くて優しくて・・・。
自分の事だって大変だったと思うのに、
私のことも心配してくれてて。
やっぱり幸村君にはかなわないなあ、って。
そんな幸村君が私のミクスドを楽しみにしてるよって、背中押してくれたから、
私も青学で頑張ろうって思ったんだし。」
そう言いながらふと不二の顔を見ると、不二があまりにものことを見つめているので、
は不覚にも顔が火照るのを意識してしまっていた。
「なっ、なに? 不二君///」
「いや、幸村君のことを話すさんって可愛いなあと思って。
練習中とは全然違う顔をするからさ。」
「やだっ///。不二君てば酷い!
人が真面目に話してるのに・・・。」
「ごめん、ごめん。」
「私ね、不二君にも感謝してるんだよ?
最初はほんとにありがた迷惑だなって思ってたけど、
こうしてまたテニスができるのも不二君のおかげだし・・・。
今までよくしてくれた立海大のみんなにもすごく感謝してるし、
ここに居場所を作ってくれた青学のみんなにも感謝の気持ちで一杯。
ここんところ自分の思いと違った方向に運命が動き出してしまったようで怖かったけど、
やっぱりテニスは好きだなあって今日思ったの。
だから、不二君、ありがと!」
不二は、真正面から向けられたのその笑顔に不意打ちを食らっていた。
の端正な顔立ちは美人の部類ではあったが、
だからと言って、今まで必要以上に不二の関心を引く程ではなった。
ただ、見慣れないクラスメートにほんの少し興味を持ったのが始まりで、
その彼女がテニスをしていたことを隠していた事が気になっただけで、
でも、彼女と一緒にやったダブルスは不二の好奇心を十分満足させていた。
それだけのはずだったのに、不二は自分に向けられたの表情に、
思わず引き込まれている自分に気がついた。
今まで何度となく『不二君のことが好きです。』という告白を受けてはきたけれど、
ただ単にに『不二君、ありがと』と言われた言葉の方が、何倍も心に響くのはなぜだろう?
黙っている不二の顔を覗き込みながらが不思議そうに声をかけた。
「不二君?」
「あっ、いや・・・。
さん、やっぱり最初は僕の事迷惑だったんだな〜と思ってさ。」
不二は自分の中に芽生えたものを打ち消すかのように、
慌てて返答した。
「あー、もう。
あの時の事はもう言わないで。
テニスを辞めようと思った気持ちも本当の事だし、
今また、ミクスドをやりたいって思う気持ちも本当の事だし・・・。」
はばつが悪そうに不二から視線をはずした。
「でも、もういいの。
私はテニスが好き!!
その気持ちでまた、一からやり直すだけの事なんだもの。」
自分に言い聞かせるかのように言うと、は立ち上がった。
「ミクスドの大会で優勝する事。
それが私の目標なんだもの。」
と、そこへ誰かが近づいてくる足音がした。
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☆あとがき☆
意外にもこの回を書くのは難航しました。
毎日書き直してるので、UPできる日が来るのか本気で悩みました。
すんなり書いてみた後で、あまりにも不二君と甘くならなくて、
面白くないかなあと思ってみたり。
長期連載は私の性に合わない・・・と言うのは、解りきった事だったのに(えっ?)
だましだまし続けてる自分が悪いのか?(笑)
あ、でも、一応頑張ってみるつもりです。
管理人、結構いいかげんな奴なので、
あたたかい目でお読み下さいませv
2004.10.15.