10.交錯
「ちょっと、いいかしら?」
が驚いて振り返ると、そこにはスラリと背の高い少女が立っていた。
と同じレギュラー用のスコート姿だった。
「あれ、小鷹さんじゃない、どうしたの?」
「さんに折り入って話があるんだけど。」
「ああ、こちらは女子テニス部の部長の小鷹那美さん。
さんは初めてだったよね?」
「初めまして。です。」
「不二君。悪いけど、二人っきりで話がしたいんだけど・・・。」
「ああ、わかった。じゃあ、さん、後で。」
不二が立ち去ると小鷹が改めてニッコリと微笑んだ。
「私、3−2の小鷹那美です。
さんの事は竜崎先生からも大石君からも聞いたわ。
不二君とミクスドに出るんですって?」
「はい。」
「あ、そんなにかしこまらないで?
私、あなたとは腹を割って話しをしたいの。
さんが立海大テニス部の女子の部長だったって聞いたから、
私も部のリーダーとして本音で言うわ。」
は小鷹の人懐っこそうな笑顔を素敵だなと思っていた。
「突然だけど、私と試合をして欲しいの。」
「えっ?」
「知ってると思うけど、青学の女子テニス部のレベルはあまり高くないわ。
だから、多分、いえ、必ずあなたが勝つと思うの。
でも、さんが私より強いって所をみんなの前で示して欲しいの。」
「あの、それは・・・?」
「青学男子のテニス部はね、全校生徒の憧れの的なのよ。
さんにはまだわからないかもしれないけど・・・。
テニス部に入ってくる子も入ってない子も、
とくにレギュラー陣に対する思い入れはすごくてね、
その中でもとりわけ不二君は別格なの。」
小鷹はちょっと複雑そうに顔をしかめて見せた。
「もちろん、女子部の中から不二君と一緒にペアを組んで
ミクスドの大会に出られる人なんていないって事はみんなわかってるわ。
でもね、ここへ来て、突然転校してきたあなたが、
いくら立海大でミクスドをやっていたからって、
不二君のペアになるって事は、みんな認めたくないのね・・・。」
は小鷹の部長としてのやりきれない決断を思うと、心が痛んだ。
「女子テニス部のために、小鷹さんは私と試合をしたいと・・・?」
「ええ。私が負ければ、みんなも認めざるを得ないわ。
さんも、この先、大変だとは思うけど、
この試合でいくらかやりやすくなると思うの。」
「小鷹さんはそれでいいんですか?」
「もちろん。上に立つものとして、部内をまとめる事が先決だし。
今までは都大会でも勝ち残れなかったけど、今年はなんとか関東大会まで行きたいし。
さん次第で、私はあなたを団体戦にも加えさせて欲しいと竜崎先生にも伝えたわ。
3年生はもう今しかないんだもの。
勝つ見込みがあるんなら、私はどんな策でも受け入れるわ・・・。
そのためにも、あなたの実力をみんなに見せ付けて欲しいの。」
は小鷹のその潔さに感動していた。
が逆の立場だとしても、恐らく同じ行動に出ただろう。
「わかりました。」
「よかった。
あなたとはいい友達になれそうだわ。
何か困った事があったら私に相談してね?
特に、男テニのレギュラー陣に言えそうにないことなら、なおさらね。」
小鷹はそう言うと、を女子テニスコートへと連れて行った。
「ねえねえ、大石。
ちゃん、小鷹さんと試合やるみたいだよ?」
「ああ、そう言えば、昼休みにさんを借りるって言われたけど。」
「大丈夫かにゃ?
まだパワーリスト慣れてないと思うけど。」
「まあ、ハンデと思えばいいだろう、菊丸。
俺はちょっとデータのために見学してこよう。」
「ああ〜!乾、ずるいにゃ。
俺も行くもんね〜。不二も行くだろ?」
「・・・そうだね。」
結局、練習の終わったレギュラー陣は着替えを済ませると、
と小鷹の試合観戦のために女子コートへと足を運ぶのであった。
女子テニスコートは異様な雰囲気に包まれていた。
部長との試合に関心はあるのだが、それ以上に男テニレギュラーが全員で
女テニのコート内に来るという事は今までまずなかったため、
特に1,2年生の部員たちは男テニレギュラーの出現に色めき立っていた。
そんな女子テニス部員の好奇の目を尻目に、
小鷹とはコート内で対峙していた。
日は傾いていたが、まだまだ蒸し暑かった。
試合は小鷹のサーブから始まった。
青学の女テニのレベルは低いと言ってはいたが、
小鷹のサーブはなかなか切れのある、高速サーブだった。
負け試合を申し込んだとは言え、小鷹は初めから本気モードだった。
それはやはり、部長としてのプライドでもあったのだろう。
しかし、は小鷹のサーブを流れるようなフォームでコーナーぎりぎりに返球するので、
さしもの小鷹も得意のサーブ&ボレーに持ち込めないでいた。
「ふむ。パワーリストもあまりにとっては負荷になってないようだな。
明日はおもりを1枚追加だな。」
乾は不気味な笑みを浮かべながらの動きを執拗に追っていた。
「ああ、本当にちゃんってフォームがきれいだにゃ。
なんだかずっと見ていたい感じ。」
「ほんとっスよね。すごく自然に打ってるようで、
あれ、結構回転かけて打ってるっスね。」
「桃先輩。先輩にかかったらダンクスマッシュなんて絶対やらせてもらえないっスよ。」
「あーあ、おチビだけだもんな、ちゃんと打ってるの。
俺も早くやりたいなあ。」
そんな会話を他所に不二はを見ていた。
流れるようなフォームは優雅で、そつなくこなしてはいたが、
不二にはがどこか攻め急いでる感じを受けていた。
試合も終盤に差し掛かると、今まで圧倒的リードをしていたの勢いがなくなっていた。
のコーナーぎりぎりへのストロークが段々決まらなくなっていたのだ。
肩で息をしながら、はやはり2ヶ月というブランクの大きさを実感していた。
頭ではわかっていても、パワーリストの負担は段々の手首を重くし、
加えて暑さと睡眠不足のせいで、スタミナが大幅にもたなくなっていたのだ。
額の汗をぬぐいながら、はラケットのグリップを力強く握り締めなおした。
(この試合、小鷹さんのためにもみっともない試合はできない!
まして、中途で止めるなんて事はできない・・・。)
その想いだけでは立っていた。
「さん、本調子じゃないみたいだね。」
不二は誰に言うともなく呟いた。
「でもなあ、ここで辞めさせる訳にもいかないだろう?」
大石の言葉に手塚も眉間にしわを寄せながらを凝視する。
「この程度の暑さで参るようではな・・・。」
「そうだよな〜。女子部のけじめみたいな試合だから俺らが口挟むのもにゃ。
・・・って、今の見た!?」
菊丸が驚いて目を見張る。
小鷹の鋭いストロークをは絶妙のフェイントでネットにボールを引っ掛けたように見せながら、
相手側のコートにストンと落としたのだ。
「あれは、たしか秘技・綱渡りだったか・・・。」
乾の眼鏡が妖しく光る。
は次々に、立海大の男子テニス部メンバーの技を披露していた。
もちろん本家本元の威力こそなかったが、丸井の綱渡り・柳生のレーザービーム・真田の圓波、
そして幸村の銀狼と言われるショットたち・・・。
それらの技は小鷹を初め、ギャラリーたちの度肝を抜くのに十分であった。
― 6−1 ウォンバイ ! ―
の圧勝であった。
「さん、ありがとう。
立海大はやはり全国レベルね。」
「ううん。小鷹さんの力強いサーブは辛かったな。」
「無理強いさせちゃってごめんなさいね。
大丈夫?」
「ええ。ブランクあったくせに今日の練習、飛ばしすぎちゃって・・・。
スタミナ不足だよね。
ちょっと自己嫌悪。」
は汗でぐっしょり濡れたグリップを見ながら力なく微笑んだ。
小鷹は、これであなたがミクスドのパートナーである事に文句を言わせないわね、と
付け足すと、女子テニス部のメンバーがいる方へ立ち去った。
コートを出るとそこには男テニレギュラーの面々がを待っていた。
「ちゃん、大丈夫?
今日は暑かったもんにゃあ。」
菊丸が心配そうにの顔を覗き込んだ。
「あ、大丈夫だから・・・。」
「悪かったね?まさか小鷹がこんなに本気モードでぶつかっていくとは思わなかったから、
俺の一存で、それも軽い気持ちでO.K.出してしまって・・・。」
副部長の大石は手塚との両方に詫びるように言った。
「は明日からスタミナ強化トレーニングに変更だな。
それにしても。」
乾が興味ありげにを見下ろしていた。
「が男子の技を会得していたとはな。」
「乾君、あれは見よう見まねの子供騙し。
試合を長引かせたくなかったからやっただけで、
小鷹さんだって何度も見れば打ち返せると思う。
それに、レギュラー陣のほんとの技は数段威力が違うから・・・。」
だからデータにはならないよ?とは苦笑した。
そしてそのままは男子の部室へ重い足を引きずるようにして着替えの為に向かった。
菊丸が一緒に帰ろうと言っていた声もの耳には入っていなかった。
部室で着替え、ベンチに腰をかけると、は一気に意識が薄らいでいくのを感じた。
ひんやりした壁に背中をくっつけて、
心地よいテニスをした後の開放感と疲れにはしばし身を任せていた・・・。
― 「はもっとスタミナをつけてみんしゃい。」
「私がロードワークの練習メニューを増やしてあげましょう。」
「走るのが苦手って、先輩、それは理由になってないってば。
俺までサボったら副部長に殴られるッスよ。」
「いいじゃん、走り込めばいいってもんじゃないんだしさ。
楽しくやろーぜ。」
そういえば、私、立海大にいた時も、スタミナ不足とか言われてたっけ。
でも・・・。
「大丈夫。のスタミナが切れる前に勝てばいいんだから。」
幸村君が悪戯っぽく笑うと、さすがの真田君も言い返せなかったんだよね? ―
◇◆◇
テニスコートの近くでを待っていたのは菊丸・不二・桃城・越前の4人だった。
「ちゃん、おっそいにゃあ〜。」
「英二先輩、女の子はいろいろ時間がかかるんスよ。」
「もしかして倒れてたりして・・・。」
「おチビ。変なことゆーなよ。でも心配だにゃ。」
「じゃあ、僕が声かけて来るよ。」
そう言うと不二がおもむろに歩き出した。
「「「えっ?」」」
不二の思いがけない行動に3人はただびっくりして不二の背中を見つめていた。
コンコン
不二が部室のドアをノックしてもの返事はなかった。
「さん?みんな待ってるけど・・・。」
不二がそーっとドアを開けてみると、は壁にもたれたまま、どうやら寝ているようだった。
その様子に気がつくと、不二はそっとのそばへ静かに歩み寄った。
の長い髪は肩から胸にさらりと落ち、長い睫毛が彼女の寝顔を可愛く見せていた。
「君は極端なんだよね・・・。」
不二はの顔を見つめながら、今までの事を思い出していた。
一度は辞めるといっていたテニス。それを今度はミクスドで優勝するのが夢とばかりに、
オーバーワークになるのもかまわず練習したりして。
と、不意にが何か呟いたようだった。
「さん?大丈夫?」
「私・・・頑張るから・・・ゆ・・・きむら・・・くん。」
不二はその瞬間、自分の心臓が凍りつくのを感じていた。
そしてアイスブルーの瞳でを冷ややかに見つめた。
この感情は何?
君は青学(ここ)でテニスをすると決意したばかりなのに、
君の心の中にはいつも彼がいるんだね?
君はそれで隠してるつもりなの?
僕は気づかない振りをしてるだけ。
彼のことを忘れたがっていたんじゃないの?
ねえ、・・・。
君は僕だけを見てはくれないのかな?
不二は弱気な心を振り払うかのようにため息をつくと、
衝動的にの唇をそっと掠め取った。
「・・・う、ん・・・。」
は不意に目を開いた。
そこには涼しげに笑ってる不二の顔があった。
「あれ?不二君・・・?」
「・・・今、声をかけようと思ってたところ。」
「やだ、寝ちゃってた?」
「うん、気持ち良さそうだった。」
「///。 なんかさ、不二君には見られたくない顔を見られちゃうな。」
「うーん、僕的にはおいしいかな?
泣き顔も寝顔も見ちゃったし。」
「やだな。弱み握られてる気分。」
「ふふっ。そう思われるのも悪くないかな。
で、英二たちが校門の所で待ってるんだけど。」
「えっ?そうなの?」
は慌てて鞄を掴んで立ち上がろうとしたが、鞄は不二にひょいっと持っていかれてしまった。
「不二君、私の鞄・・・。」
「いいよ。僕が持ってあげる。
今日は無茶するから、さんの手首はもう限界だと思うよ。」
「・・・。不二君って優しいんだね。」
「やだな。今頃気がつくかな?
さんは僕の大切なパートナーだしね。」
「パートナーだからって甘やかすのはどうかしら?」
「いいんだ。
君の実力は周りにもわかったんだし、僕が君を選んだんだから、
誰にも文句は言わせやしないさ・・・。
さあ、遅くなるから帰ろう。」
不二の言葉の意味がいまひとつわからなかったではあったが、
菊丸たちを待たせている事に気が向いていたため、それ以上聞き返すことはしなかった。
◇◆◇
不二が戻ってくるのを待つ間に、菊丸たちのところへ如月舞がやって来た。
「あの、周・・・、不二先輩、見かけませんでした?」
「あれ、君って1年の、確か、不二先輩のいとこだっけ?」
「あ、はい。如月舞です。」
「そうそう、舞ちゃんだっけ?
今年の1年は越前といい、結構できる奴がいるって聞いてたけど。
舞ちゃんもテニス、上手いんだってな?」
桃城が言うと、舞は嬉しそうに桃城を見上げた。
「私、次のランキング戦では絶対レギュラーに入りますから。」
「ふーん、自信満々だね。」
「リョーマ君にはさすがに敵わないけど、でも、絶対レギュラーになって、
ミクスドに出るんだ。」
舞はきっぱり言い放った。
「ひゃ〜、ぶったまげ宣言だにゃ。」
「だけど、今日の試合見て、わかったんじゃないの?」
「えっ?」
「先輩に敵わないって事。」
越前にそう言われ、舞はキッと越前を睨んだ。
「悔しいけど、今の私じゃ、先輩には勝てないってわかったもん。
でも、だからって諦めたら終わりでしょ?
私、絶対諦めないから。」
「ふーん、ま、そういう考え、悪くないかも。」
「ああ、それにしても不二先輩たち、まだッスかね?」
「そうだにゃ〜。
ああ、来た来た!
・・・って、なんかヤバクない?」
「菊丸先輩、何がヤバイんスか?」
「な、なんでもにゃい!」
菊丸は仲良さそうにと歩いてる不二の姿に、本能的に何かを察知していた。
―不二は、まさかちゃんのこと・・・?―
「あれは、・・・先輩ですね?」
舞は舞で、認めたくないものを見てしまった事にさすがにショックを受けていた。
―周ちゃん、なんだかいつものみんなに振りまく笑顔と違う・・・。
先輩の・・・せいなの? ―
それぞれの湧き上がった思いとは裏腹に、
青学の校舎の窓にはきれいな夕焼けが映し出されていた。
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☆あとがき☆
すっごく長くなってすみません。
だらだら書いてたら切る所がなくなっちゃって・・・。
うわぁ〜、どうなるんでしょう?(苦笑)
とりあえず、お決まりのパターンに展開していきます。
(・・・と、先に、謝っておこう?)
2004.10.22.