7.校内球技大会後
ひとしきりクラスメートたちの歓迎を受けてから、
は不二の所へやって来た。
「不二君、今日は一応ありがとう。」
は素直に不二に感謝した。
転校した青学で、こんなワクワクするようなテニスができるとは思ってもいなかった。
そしてそれはにとって、不二とのペアで、
幸村とはまた違ったダブルスの楽しさを知ることになってしまったのだ。
不二はラケットを受け取りながらを見つめ返した。
「楽しそうだったね?」
その言葉には返答に詰まった。
自分だけテニスを楽しんでよかったの?と言うもう一人のの声がした。
とたんに、の顔から笑顔が消えていた・・・。
夢中になってしまったとは言え、テニスをやめるはずだったのに。
自分はテニスを心から楽しんでやっていた。
それも、幸村ではなく、不二と・・・。
は自分の手をぎゅっと握り締めた。
「さーん!!
すごくいい試合だったにゃあ!
でも、さんがこんなにテニスができるなんて知らなかったよ。
なんか、すっごく楽しそうで羨ましかったな〜。
ねえ、ねえ、今度は俺と試合だかんね?」
菊丸が無邪気に笑いかけてきた。
はいたたまれなくなって、自分の荷物を掴むと
「ごめんなさい。」
と言って校舎の方に走り出した。
「英二、僕がついて行くから、担任には適当に誤魔化しておいて!」
不二はの後を追って走り出した。
「え〜、なんなんだよぉ。
俺、なんかさん困らせるような事言った?
俺?俺のせい?
なあ、大石〜。」
菊丸は大石と乾を振り返った。
が、誰もそれには答えられなかった・・・。
体育館の裏手まで走って来ると、さすがに息が苦しくなっては立ち止まった。
コンクリートの壁に背中を押し当てたままずるずるしゃがみ込むと、
は自分の両目から涙が溢れてるのに気づいた。
胸が苦しかった。
忘れてしまおうとした思い出が次々と浮かんでは消えた。
「来年はね、ミクスドの大会があるらしいよ。」
「そうなの?だったら私、ミクスドに出る。」
「誰と出るつもり?」
「もちろん、幸村君とだよ。」
「真田がいいって言ってくれるかな?」
「あら、部長は幸村君でしょ?
それに幸村君がいなくても、男子団体は優勝するし。」
「ああ、そうだね。」
「それに幸村君となら、無敵だもん!
ミクスドも優勝だね!!」
「ふふっ。は気が早いな。
でも、僕もと出たいな。」
あれは去年のいつだったろう?
すごくすごく楽しみにしていたのに・・・。
「部長〜!!絶対ずるいっすよ。
俺だって先輩とミクスドやりたいっす!」
後輩の赤也がそんな事を言い出して、いつの間にか仁王君や柳生君が、
ミクスド出場権をかけて校内試合をやったのは冬休み明けだったな。
最後には真田君が柳君と無理やりダブルス組んで私たちと試合したっけ。
「。真田は本気みたいだね。
でも、僕を信じて。
とミクスドに出るのは僕だから・・・。
君の返せなかったボールは僕が必ず返すから。」
・・・そして、幸村君が倒れて―――。
「疲れがたまってるだけだよね?
2,3日ゆっくりすれば治るんだよね?
!!何とか言って!
お願い、治るって言って・・・。」
の親友でもあり、幸村の彼女でもあるに問い詰めた日。
のを見つめる切なそうな瞳が今でも忘れられない。
あの日から、は幸村への想いと一緒にテニスも封印したはずだったのに・・・。
はタオルで顔を隠したまま声を押し殺して泣いていた。
不二は静かにの隣に座ると、そっとの肩を抱いた。
「ねえ、泣きたい事がある時は、思いっきり泣いた方がいいよ。
無理やり心の中に押し込めないで・・・。」
思いがけない不二の優しい言葉に、の自制心は崩れてしまった。
今まで誰にも言えなかった分だけ、涙はとどまる所がない位溢れ出た。
球技大会が終わり、校庭には静寂が戻っていた。
その静寂にの嗚咽だけが響いていた。
ひとしきり泣くと、はタオルに顔をうずめたまま囁いた。
「不二君、なんで私にかまうの?」
不二はの肩に回していた手をそっと引っ込めた。
「なんでかな。
多分、さんとダブルス組んじゃったからだろうなあ。」
「・・・。」
「君のテニスをこのまま葬らせたくないんだ。」
不二は考え考え、言葉を選んだ。
「君とペアを組んで、こんなにワクワクした試合はなかったんだ。
もちろん英二とペアを組んだことはあったけど、
君のテニスをもっと見ていたいっていうか・・・。
僕にない新しいものが見つかりそうな気がした。」
「・・・私もね、今の不二君みたいな気持ちだったの、向こうにいた時はね。
この人のテニスを間近で感じたい!吸収したい!
お互いを伸ばしていけたらって。
ダブルスっていいなって本気で思ってたよ。」
泣き腫らした目にタオルを押し当てたままが答えた。
「・・・じゃあ、なぜテニスをやめたがっていたの?」
は一瞬答えるべきかどうか悩んだ。
でも、を追って来た不二の、なんでも聞いてくれそうな態度は嫌ではなかった。
ペアを組んで、息の合った試合をした後だっただけに、
不思議と不二に好感が持てるのだった。
「私、立海大の幸村君とミクスドに出るはずだったの。
でも、彼が病気になっちゃって・・・。
それももうテニスができなくなるって知って。
幸村君とは2度とダブルスできないって思ったら、
もうテニスなんてどうでもよくなっちゃったの。」
は一気に話すと、ため息をついた。
「笑っちゃうでしょ?
真田君には随分言われたわ。
お前のテニスへの情熱はそんなものだったのかって。
でもね、幸村君とするテニスだけが私のテニスだったの。
幸村君とミクスドに出る事だけが私の夢だったの。
だから彼のいないコートでテニスは続けられなかった。」
「それで転校したの?」
「ううん。転校はほんと偶然だったの。
母方の祖母の具合が悪くて、母がつきっきりで看病したいって。
青学は母の母校なの。
私は立海大を離れられるならどこでもよかったんだけど。」
「でも、さんが青学に来てくれて僕は嬉しいな。」
「えっ?」
「ねえ、僕、越前との試合後、ずっと考えてたんだけど、
僕とミクスドの大会に出てみない?」
「無理よ。」
は即座に頭を振った。
「でも、今日の試合、楽しかったでしょう?
幸村君と一緒にミクスドに出るっていう目標は叶わなくっても、
ミクスドの大会に出るっていう目標は叶うよ?」
「でも・・・。」
「幸村君がどんな人なのかわからないけど、
少なくとも彼のテニスは君を魅了していた。
そんなすごい奴が、パートナーとして、
君の可能性を摘んでしまうようなことを望むだろうか?
自分が果たせなくなった夢を君が果たそうとしてくれたら、
幸村君だって喜んでくれると思うけど。
少なくとも僕は、自分のパートナーが自分のことで
テニスを諦めるなんて言ったら軽蔑するけど・・・。」
「・・・。」
「僕とのミクスドでは嫌かな?」
は当惑していた。
幸村以外の人とダブルスを組むなんて、今まで考えた事もなかった。
でも、今日、確かに自分は不二とダブルスを組んで、
初めてとは言えないほど息の合ったプレーができた。
練習を積めば、幸村の時と同じくらい、いや、それ以上に強くなれそうな感じもする。
幸村はどう思うだろう?
不二の言うように、幸村はにテニスを続けて欲しいと言うだろうか?
そういえば、幸村はが立海大テニス部を辞めた事をどう思っているのだろう?
ふと、は無性に幸村に逢いたい気持ちが込み上げてくるのだった・・・。
「今すぐには返事は無理かもしれないね。
でも、僕は本気だよ。
だから、少し考えてみてくれるかな?
さあ、そろそろ、教室に戻ろう。
きっと英二も心配してるから・・・。」
は黙って頷くと不二と共に昇降口へ向かった。
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☆あとがき☆
やっと球技大会が終わりました。
さて、次はいよいよゆっきぃを登場させましょうね?
2004.9.10
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