5.校内球技大会・その2







校内球技大会の当日。
は憂鬱だった。

はめられたとは言え、忘れてしまおうと思っていたはずのテニスを、
こんな形でやる事になるとはこれっぽっちも思っていなかった。

もちろん、休んでしまっても良かったのであるが、
何も知らない菊丸に、
「絶対大丈夫。不二とペアならなーんにもしなくったって楽勝だし。
 ホントは俺が一緒に出たかったのにな、不二ってば性格悪すぎだよ。
 ま、俺も3年の威厳をかけてバスケは勝つからさ。
 3−6の総合優勝目指してがんばってにゃ〜!」
と言われてしまうと、まさか不戦敗するわけにもいかない・・・。

はジャージに着替えると、のろのろとテニスコートの方へ向かった。

不二はすでにコート脇のベンチで待っていた。

 「さん、今日はよろしくね。」

不二はニッコリ微笑む。
にはその笑みがどうしても何かを企んでるようにしか見えない。
 
 「なんだか不二君だけ楽しそうね?」
 「クスッ。そう見える?
  さんは機嫌悪そうだね?」
 「・・・誰のせいだと思ってるの?
  私、本当に何もしないからね。」
 「うん。わかってる。
  さんのサーブの時だけ、そうだな、アンダーで入れてくれればいいから。
  後は任せてくれれば楽勝だから。」

 「ねえ?なんで私とペアを組む気になったの?」
 「なんでかな。ちょっとした悪戯心かな。
  それと、さんに間近で僕のテニス、見て欲しかったからかな。」

不二は相変わらずクスクス笑ってる。
そしておもむろにテニスバックから2本のラケットを取り出し、そのうちの1本をに差し出した。

 「はい。ラケット。
  テニスしてないことになってるんだから、僕のを貸すよ。」

は差し出されたラケットを両手で受け取る。
使い込まれたラケットは思いのほか軽かった。

 「そっちのラケットの方が軽めなんだ。
  使わないにしてもその方が楽だと思うから。」

不二の気遣いには苦笑した。
はいつも試合前にはそうしてたように、長い黒髪をまとめるとポニーテールにした。
緊張はしないが、久々のコートはには眩しく見えた。





球技大会は全クラスを2ブロックに分け、各ブロック抽選によるトーナメント制だった。
不二が言った通り、は何もしなくても順調に勝ち進んだ。
はただ、不二の邪魔をしないようにするだけ、あとは不二がシングルスの試合をやってる感じだった。
2年生もテニス部のメンバーが何組かいたが、レギュラーの不二の前では撃沈するしかなかった。




 「あっれ〜、大石も乾もなんでここにいるにゃ?」

菊丸が大石に飛びついた。

 「ああ、英二。そっちはもう終わったの?」
 「へん、俺のチームはばっちり勝っちゃったもんね。
  ねえねえ、やっぱ、不二の一人勝ち?」
 「ああ、今のところはそうだな。
  しかし、決勝は越前のクラスと当る事になる。
  これはちょっとした見物だと思うが。」

乾はいつものデータ収集ノートを広げていた。

 「え〜?おチビ、テニスに出てるの?
  ずるいにゃ〜。」
 「そういう英二のクラスだって、不二が出るなんて酷すぎないか?」

大石がため息をついた。

 「うんにゃ。3−6が勝つためなら何だっていいんだにゃ。
  でも、さん、大丈夫かにゃ〜。」

菊丸はの体力を心配していた。

 「英二。は立海大から転校して来たと言っていたな?
  あれから立海大のテニス部にいる、俺の幼馴染に聞いてみたんだが・・・。」
 「おおっと〜。乾の情報力はほんとすごいにゃ。
  で?何がわかったの?」
 「は、立海大のテニス部女子のNO.1だったそうだ。」
 「うそ!」

菊丸は絶句した。

 「しかし、はなぜか突然辞めてしまったそうだ。
  案外不二は何か思うところがあって無理やりペアを組んだんじゃないだろうか?」
 「そうだな。不二はシングルス向きだしな。
  あえて自分から球技大会なんて出るような奴じゃないし。」
 「さんがテニス部・・・。」
 「まあ、今のところはテニスをしてたなんて誰の目にも映りはしてないがな。
  しかし、よく見れば、が不二の邪魔にならないようにしてるのがわかるが・・・。」

乾、大石、菊丸はを見つめていた・・・。






 「次は決勝か・・・。」
 「相手は1年生だね。」

と不二はベンチに腰掛けて休んでいた。
が水筒のコップを不二に差し出す。

 「レモンティーだけど、飲む?」
 「やあ、嬉しいな。」

不二は差し出されたコップを受け取り、は冷たいレモンティーをそれに注いだ。

 「いつもね、試合の時はこれだったな。
  普段はレモンティーなんて全然飲まないんだけどね。」
 「そうなんだ。
  それってさんの好みじゃなくて、誰かの好みだったのかな?」

クスッと笑った不二の顔を見返すだったが、その真意は測りかねていた。

 「・・・そうかもしれないし、そうじゃないかも。」

その答えに不二はやっぱり笑っている。

 「ねえ、僕のテニスはどんな感じだった?」
 「どんな、って言われても不二君にとっては遊びのようなものじゃないの?」

は考えるように言った。
  
 「でも、不二君もすごくきれいなフォームしてるよね。」
 「僕のフォームもきれいってことは、誰かと比較してるんだよね?」
 「あっ!?」
 「別にいいよ。
  でも、君が忘れたがってるテニス、僕が忘れさせてあげようか?」
 「えっ?」
 「その代わり、次の試合は君にも本気を出してもらうからね。」

不二の鋭い視線には胸の奥が凍りつく思いだった。








決勝戦。相手は1−2。
試合前、越前が不二の所にやって来た。

 「不二先輩。悪いけど手加減しませんから。」
 「越前。僕も全然引く気はないから。」
 「見たところ不二先輩のペアは飾りですよね?
  うちは一応中学の時にテニスしてたから、余裕なんすけど。」
 「へえ〜。こんな球技大会に熱くなるなんて越前らしくないんじゃない?」
 「先輩こそ、こんな試合に出てくるなんて青学NO.2の名がすたるんじゃないんすか?」
 「相変わらずだね、越前。
  でも、だからこそなんでもありでいかせてもらうよ。」

傍目に見てても、明らかに不二は越前を煽っていた。

 「その言葉、そっくりそのまま返しますよ。
  俺は不二先輩と真っ向から勝負なんてしないっすよ。」

越前はそう言うとの方をチラッと見た。

 「悪く思わないで。」



はその1年が自分狙いで来るんだと悟った。

 「言っておくけど、越前は強いよ。
  さんが思ってる以上にね。」

そう言う不二の口調はどこか楽しそうで、
ただの球技大会なのに、と思っていたは、
自分の思いとは全然違う方向に動き出した運命に戸惑っていた。
 (何もかも、不二君のせいだ・・・。)





そして決勝戦は越前のサーブから始まった。







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2004.8.27.