3.予兆            



翌日、が3−6の教室の自分の席に着くと、待ち構えてたように菊丸がやって来た。
クルンと外跳ねした髪とつぶらな瞳が妙に人懐っこくて、
前の席の椅子に後ろ向きに座られると拒める隙はどこにもなかった。
菊丸の憎めないところは、遠まわしに言わない口調からも伺える。

 「さん、おはよ。
  昨日来た真田って何者なんだにゃ?」

あまりの速攻には返答につまる。

 「・・・転校する前の学校のクラスメートだよ。」
 「さんって転校生だったんだ?
  全然知らなかったにゃ〜。」
 「2年の終わり、春休み前に転校して来たから
  あんまり知ってる人いないかもね。」

は苦笑した。
本当は春休みが終わってからでもよかったのに、あの時はもう立海大にいる事が苦しかったし。
そんな中途半端な時期に誰にも言わずに転校したから真田がわざわざやってくる事になってしまった訳で・・・。

 「で、真田の用って何だったの?」

菊丸は相変わらず核心部分にストレートに疑問をぶつける。
その様子を隣の不二も楽しそうに見ていた。

 「うん。真田君たちにもね、何にも知らせないで引越ししちゃったから、
  連絡の取りようがなかったんだって。
  青学に転校したって言うのだけはわかったらしくて、
  それで直接来てくれたみたい。」

は曖昧に答えた。
立海大でテニスをしていたことはなんとなくしゃべりたくなかったのだ。

 「ほんとうにクラスメートってだけ?
  まさか、さんの彼氏・・・とかって言わないよね?」

菊丸がのちょっとした変化も見逃さないって言うほど真剣にを見つめた。

 「真田君は彼氏とかじゃないから。
  1年の時から同じクラスだったから腐れ縁って奴かな。
  見た目怖そうだけど、いい友達だったよ。」

はまっすぐ菊丸を見ると、ふっと笑った。
菊丸も安心したのか、ニカッと笑った。

 「じゃあさ、じゃあさ、今日こそは俺のテニス、見に来てほしいにゃ。
  もう誰も邪魔させないから。
  絶対さん、俺に見惚れると思うにゃ!」

菊丸は自信たっぷりにそう言った。
はテニスとは関わり合いたくないのに、どうしてこうなっちゃうのだろう、と心の中で思っていた。
その様子を不二は黙って見つめていた。






放課後。
断りきれないは不二と菊丸に挟まれるようにしてテニスコートに向かった。
菊丸のはしゃぎようったらなかった。
今までの青学の戦績に始まり、自分の得意技、果てはご丁寧にレギュラー陣の紹介まで飛び出す。
は男子テニス部員を見ないうちから、彼らの様が手に取るようにわかるようだった。
そのくらい、菊丸の話は面白かった。

 「テニスの話、嫌じゃないよね?
  難しかったら言ってね。
  俺、しゃべりだすと止まんなくなっちゃうからさ〜。」

菊丸はそう言って笑った。

 「ううん。菊丸君って本当にテニスが好きなんだね?
  なんだかすっごく楽しそう。
  授業中とは全然違うし・・・。」

もすっかり打ち解けてしまってクスクス笑う。

 「そうなんだよね〜。
  数学とか英語より、体育ばっかりでもいいにゃあ。」

菊丸は笑いながら、じゃ、着替えてくるね、と言って部室に入っていった。
菊丸がいなくなると不意に不二がに話しかけた。

 「ねえ、さん。
  僕、昨日真田君に聞いたんだけど・・・。」

真田という言葉を聞くと、の顔から笑みが消えた。

 「さんって、立海大のテニス部にいたんでしょ?
  どうしてテニス部に入らないの?」

は不二の顔から視線をはずすと、青学の女テニのコートを見やった。

 「今更他所のテニス部に入ってもね。
  ここのテニス部にはここのやり方があるだろうし、レギュラーだっているんだし、
  私の居場所はないもの。
  それに、ここに来る前に、もうテニスはやめたの・・・。」

は淋しそうに言った。

 「でも、テニス、嫌いじゃないよね?」

不二は優しく聞いた。

は困ったように不二の方に向き直ると付け加えた。

 「菊丸君に悪いと思ったから見に来ただけなの。
  お願いだから、私がテニスをやってた事は誰にも言わないで。
  私、テニスをやっていた自分も忘れたいの!」

なんで?と不二が問いただそうとした瞬間、不二は誰かに後ろから抱きしめられた。

 「周くん!!」

驚く不二の目に飛び込んできたのは、栗毛の髪を肩にたらした、童顔の少女だった。

 「あれ?舞ちゃん?」

その少女はペロッと可愛く舌を出すと、甘えた声を出した。

 「私ね、今年から青学の1年生になったの。
  周くんとテニスやりたくて、もう入部届けも出したんだよ。
  ね、見て見て?
  青学のスコートってかわいいでしょ?」

クルンと回ってみせるその姿は愛らしくて幼かった。
も思わずかわいいなあと見つめていた。
その視線に気づくと、その少女はペコリとにお辞儀した。

 「え〜と、テニス部の先輩ですか?
  私、周くん、じゃなかった、不二先輩のいとこの如月舞って言います。
  よろしくお願いします!」

元気よく自己紹介する後輩にはつい笑ってしまった。

 「あっ、ごめんなさい。
  でもね、私はテニス部の先輩じゃないから。
  今日は見学に来ただけなの。
  不二君と菊丸君のクラスメートで、です。」

が自己紹介すると、不二は小さくため息をつきながら言った。

 「舞ちゃんが青学のテニス部ね。
  いつまで持つかな?」

 「あ〜、周ちゃんたら酷いこと言う。
  私頑張るもん!
  で、そのうち周ちゃんと一緒にテニスするんだから!」

舞はふてくされたようにそう言うと不二の左腕にぎゅっとしがみついた。
まるでこの場所は私のものよ、と言いたげな顔でを見た。
その視線には苦笑した。

 (この子は不二君のことが好きなのね?)

不二はというと、相変わらずの笑顔であったが、するりとその腕をはずすと、
着替えるからと部室にあっさりと行ってしまった。

残された舞は不敵にもに鋭い視線を投げかけてきた。

 「先輩、まさか周ちゃんのこと、好きだったりしませんよね?」

小さな声ではあったが明らかに敵意を込めていた。
その変わりようはまるで小さな悪魔であった。

 「私、本当に、ただのクラスメートなんだけど。」

は小さな悪魔を刺激しないようにゆっくり答えた。

 「もし、これから好きになっても、
  周ちゃんは渡しませんから!」

舞はそう言うと、の前から走り去った。
はその後姿を見送りながら、(周ちゃんと一緒にテニスをするの)と言った舞の言葉を思い起こしていた。

 (私も幸村君とテニスするために頑張ってたんだけどな。
  舞ちゃんがうらやましいのかな?
  でも、もう、誰かと一緒にやりたいっていう気持ちは
  私にはないんだわ・・・。)

はぼんやりと佇んでいた。 











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