28. 迷走  4




 



 「・・・、酷いよ。」




返された幸村の言葉は余りにも意外では動揺していた。




 「ミクスドの優勝まで頑張る・・・か。
  俺はとまたミクスドが組みたくて頑張ってるのに。」

 「ゆ、幸村君?」

 「俺とはもうテニスをしたくない?」

 「そんな事・・・。
  そんな事言ってないよ!」


 「だったら・・・。
  もっと大事にしてくれなきゃ・・・。」


幸村は黙って自分のテニスバッグの中からテーピング用のテープを取り出すと
それをの手首に慎重に巻き出した。


 「応急処置だけど、サポーターだけよりはましだから。」

 「う、う・・・ん。」

 「痛くない?」

 「…大丈夫。」

幸村がごく当たり前にの手を丁寧にテーピングし出して、
なんだか立海大にいた頃が思い出されては素直にそれに甘んじていた。

ところが、幸村はテーピングを施した上からサポーターを付けて終わると
の手の甲にそっと唇を寄せて来た。


スローモーションのような自然に流れるような仕種だったから
その行為が終わるまで傍観してしまった
その突飛な行動が終わり幸村と目が合って初めて慌てて右手を引っ込めた。


 「ゆ、幸村君/////?」

 「これ以上手首が痛まないようにおまじない。」

 「おまじないって…///」


悪戯っぽい顔をしてクスクス笑い出す幸村に
は困ったような目を伏せた。


 「今日の幸村君、変だよ?
  冗談でもこんな所が見たら・・・。」

 「?」

 「私、嫌だよ?
  に焼きもちなんて焼かれたら。
  それでなくてもも幸村君の事、心配してるんだからね?
  幸村君が必死になるのも分かるけど、幸村君こそ
  自分の事、大事にしてくれなきゃ・・・。」

 「まいったなぁ。
  俺は本当に君の事が一番大事なのに。」


一番大事、その言葉がぐるぐるとの脳裏に木霊する。


 「そんなこと…。」

 「ああ、ごめん。
  でも不二君じゃなくてなんだ?
  君が心配してるのは?」

 「えっ?」

幸村の口元は嬉しそうな響きを滲ませていた。

 「の事はちゃんとするからは心配しないで。
  それより、全国大会が終わったら選抜合宿があるっていう話は知ってる?」

 「選抜…?」

 「そう、優れた選手ばかりを集めてドリームチームを作るらしいよ。
  それで海外の選抜チームとの対抗試合を企画してるらしくてね、
  俺は君とミクスドを組みたいと思ってる…。」

 「私と?」


突然振られる話には全然ついていけない。

今日の幸村は本当に何を考えてるのかわからない。

 「だって、私…。」

 「そうだね、俺もこの夏までと思ってた。」

幸村はゆっくりとまたの右手を取ると自身の両手でその手を包み込んだ。

 「でも考えが変わったんだ。
  病気になって、テニスができなくなるって思った時、
  一番後悔したのはとミクスドに出られなくなった事。」

 「…嘘。」

 「嘘じゃないよ。
  引退する前に叶えたい夢は全国3連覇だった。
  それは今も変わらない。
  でも、俺にとっては3連覇なんて建前で、本音は君とのミクスドの方が大事だった。」

 「な、何を言い出すの?」

 「そんなに変な事かな?
  が俺の事でテニスを辞めてしまったと聞いた時は複雑だった。
  君には青学で頑張って、って言ったけどそれはもちろん本意ではなかったんだ。
  君とミクスドができる奴なんて俺以外にいるはずがないって思ってた。
  だから、実質がテニスを辞めるのが早くなっただけなんだと
  どこかで納得しようとも思ってたんだ。」

 「えっ?」

 「まさか、が不二君とあんなテニスをするなんて思っていなかったから。」

幸村はわずかに眉根を寄せると
少しばかりの苦痛に耐えるような表情で目を伏せた。

 「それ、どういう意味?」

 「俺はね、君に隠してる事がある。」


これを話してしまったら君は俺を軽蔑するかもしれないけど…、と
幸村は言葉をさえぎった。










        ********






 「まさか、それは本気じゃないだろうね、幸村君。」

月間プロテニスの井上は言葉を荒げると幸村に詰め寄った。

 「俺は別にプロにこだわっていませんから。」

 「彼女も…なのか?」

 「ええ。夏に開催されるミクスドに優勝して引退するつもりです。」

 「それがどんなにもったいない事だか分かって言ってるのかい?」

 「もったいない、ですか?」

 「そりゃあそうだろう、こんなに恵まれた資質をこのまま葬り去るなんて、
  素人だって分かる事だよ。
  ましてさんはまだこれから伸びる可能性があると僕は思っている。
  いや、可能性じゃない。
  幸村君がさんの本当の資質を必死に隠していると言ってもいい。
  それを…。」

 「葬り去るなんてしません。
  俺たちは後輩指導に関わって行くつもりなんです。
  も俺も教師になるのが夢なんです。
  俺はいずれこの立海大テニス部の監督になるつもりですし、
  は小さな子供たちにテニスを教えるのが夢だと言ってます。」

 「そうだとしても、まずはプロに挑戦してみるべきだ。
  なんたって君たちは若いんだ。
  未来のために育成者になるのはその後でも…。」



そうだ、あの時、井上さんは俺の言葉に心底失望していた。

それでも俺は、俺との将来は変わる事はないと思ってた。

それが俺に課せられた責任と罪滅ぼしだったのだから。

そしてやっと俺の本当の願いが報われると…

そう思っていたのだから…






        ********




 「どういう意味…なの、幸村君?」

 「が、この夏で引退するって決めたのはどうして?」

 「なんでそんな事を聞くの?
  幸村君なら…。」

 「そうだよ、俺が仕向けた事だものね。
  俺がの将来を邪魔してるんだよね?」

幸村の言葉はどこかよそよそしくて冷たかった。

 「邪魔だなんて、全然思ってないよ!
  むしろ今まで感謝してる。」

 「いいんだ、もう。
  君と不二君のミクスドを見ていたら本当にやりきれなかったんだ。
  俺はのためと言いながら、
  守る振りをして君の才能を伸ばさないようにして来たんだ。」

 「な、何を言ってるの…?」

 「君が飛び立たないようにその羽を折っていたのは俺なんだ。
  たとえそれが君のお父さんに頼まれた事だとしても。」

 「やっぱり、やっぱり父に何か言われてたのね?」

 「…知っていたの?」

 「ううん。」

驚く幸村には即座に首を横に振った。

でも、思い当たる節はあった。

高等部に上がる時、父はテニスをまだ続けるつもりか?と
冷ややかに聞いてきた事があった。

青学に転校した時もそこでテニスをやり始めた事については
父には内緒だった。

なぜだか分からないけど言ってはいけない気がしていた。

父がテニスに不快感を持っているのは何となく分かっていたから
せめて高等部の間だけは何とか続けたいと思っていた。

直接的に何か言われた事はないのだが、高等部に入りたての頃にテニスで怪我をした事が
父の印象を悪くさせていたのだろうとずっと気にはなっていた。

気にはなっていたが、自分はどうせプロになる訳でもなく、
趣味でテニスを続けられればいいと本気で思っていたから
この夏のミクスドの試合でテニス部を引退するのは
父との事がなくとも至極当たり前のことと受け止めていた。


 「俺のせいなんだ。」

 「何の事を言ってるの?」

  

 「後悔してるんだ…。」


一言そう言うと幸村はゆっくりとその左手を
の右側のこめかみ部分にそっと触れてきた。
 







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☆あとがき☆
 久しぶりです、連載。(苦笑)
どうしようかと悩みつつ、書き足してます。
ほんと、そんな感じ・・・。
2008.8.15.