27. 迷走  3









 「それ、どういうこと?」


菊丸の問いに観月の表情からは何も引き出せるものはなかった。




菊丸がの方へ視線を移すとが迎えに来た菊丸に気づいたようで、
まだ残っていた数人の記者たちに詫びを入れながら話を切り上げようとしているのが見えた。


 「このまま行けば氷帝と当たりますよ?」

静かに口を開いた観月に菊丸は不思議そうに相槌を打った。

 「あっ、あー、そうかも。」

 「氷帝は確か2年の鳳君が出るそうです。」

 「楽勝じゃん?」

 「そうですね、勝つとは思いますが…。」

 「何だよ、観月?」

 「…いえ、さんに無理をしないようにと、
  これは僕からのささやかなアドバイスです。」

観月はそういい残すとゆっくりと立ち去って行った。













 「ああ、やっぱり次は氷帝とだね?」


菊丸が本部前の対戦表を確認して不二を振り返った。

そうだね、と呟く不二の表情もどこか冴えない。

 「あのさ、観月が言ってたけど、
  ちゃんに無理をしないようにって…。
  どっか、気になる所でもあるの?」

 「いや。」

 「ふーじ?」

 「ああ、ごめん。
  観月との試合では思った以上にに活躍してもらったからね。
  次の試合はあまり長引かせたくないなぁと思ってたんだ…。」

 「そっかにゃ? 大丈夫じゃん?」

 「鳳のスカッドサーブの性能が格段に良くなってるらしいからね。
  あれをまともに返せる女の子はいないだろう?」

 「ちゃんでも?」

 「返せたとしてもその引き換えに払う代償が大きすぎるよ。」

 「えっ?」

妙にしんみりとした口調に菊丸は驚くしかなかった。

 「観月と話してたらなんだか怖くなって来たんだ。」

 「な、何が?」

 「は守られるばっかりは嫌だと言った。
  僕もミクスドは多少のレベルの違いはあっても対等でいたいと思う。
  だけど、と僕とではどうしたって体力が違いすぎる。
  それなのにさっきの試合はばかりに試合をさせてしまった。
  観月に彼女の真価を見極めてもらおうなんて馬鹿なことを考えてしまったんだ。」

 「そ、そうだったんだ。
  でも、大丈夫じゃない?
  不二が次の試合、どうしたいかちゃんにちゃんと言えば・・・。
  またアシストに回ってもらえばどうってことないじゃん?」

 「うん、・・・そうなんだけどね。」

 「心配ないって!
  鳳のスカッドサーブがどんなに威力を増したって
  それだけじゃ氷帝は勝てないじゃん。
  ミクスドなんだし、さ。」

菊丸と不二は並んで歩き出した。

 「それはそうとちゃんは?」

 「更衣室に行ってる。何か取りに行くって・・・。」

 「ふーん。」

 「何?」

不二が訝しげに菊丸に聞き返すと
菊丸は両腕を頭の後ろで組みながらほんの少しため息を吐いた。

 「いいのかなぁ〜?」

 「だから何?」

 「ちゃん放っておくと、他校の奴らがちょっかい出してたりしてさぁ。
  今回の試合でかなり目立っちゃってるしね。
  俺はそっちの方が心配だけどねん!」

菊丸がからかっていたのはわかっていたけど
あっさりと不二はその言葉に甘んじることにした。

 「英二が言うまでは心配じゃなかったけど、
  仕方ないから迎えに行って来るよ。」

 「あー、はいはい。
  そのままコートに直行しろよ?
  遅れると大石が気をもむからさ。」

菊丸がバシンと不二の背中を大袈裟に叩いて送り出すと
不二もやっと気持ちが少しだけ軽くなった気がした。









     ********










は更衣室で手首にはめたサポーターが見えないように
長袖のユニフォームを取り出すとすばやく着替え直した。

痛むという所まではいかないが、わずかな違和感を確かめるように
は左手で自分の右手を優しくさすった。

関東大会の日程は予想外に参加校が増えたため
かなりのハードスケジュールで試合日程が組まれていた。

もともとスタミナがそれ程あるタイプではなかったため
にとっては連日の試合回数をこなすためには
どうしても一試合にかける時間はなるべく短くしたいのが本音だった。

けれど、不二のパートナーとして不二の期待に応えたいという思いが強すぎて
には本音を切り出す勇気がなかった。

そうでなくとも不二は幸村とどことなく似ている部分がある。

もし心配させるようなことを言えば、たちどころに二人のミクスドは
対等なものでなくなるどころか、自分が望むような試合にならない可能性も出てくる。

それはにとっては耐え難いことだった。

午後の試合を乗り切って、あとでちゃんと冷やせばなんとかなるだろう、
は勢いよくロッカーの扉を閉めた。






更衣室を出てコートに早く戻らねばと足を速めたその時、
は意外な人物の笑顔を見止めるや驚くままに声をかけていた。


 「幸村君!?」

久々に見る幸村は前よりももっと精悍な顔立ちをしていて
は眩しそうに彼を見上げた。

 「やあ、元気そうだね?」

 「ゆ、幸村君こそ。
  大きな手術を受けたなんて、全然そんな風に見えない。
  コートにも復帰したって聞いたけど、本当に大丈夫なの?」

見上げたその先に幸村の嬉しそうな笑顔がこぼれた。

 「よかった、もう忘れられたかと思ってた。」

 「そんなこと・・・。」

 「ふふっ、前にも同じ事言った気がするな。
  俺は余程君に忘れられたくないんだな。」

懐かしい笑顔でそう言われると思わず今の自分を忘れそうになる。

 「またテニスが出来ると思うとじっとしていられなくてね。
  のテニスも見たかったし、
  俺自身、試合の緊張感みたいなものを肌で実感したくなって・・・。
  もちろんリハビリも順調だよ。」

 「よかった。」

 「うん、にも心配かけちゃったね。」

 「ううん。」

複雑な思いがどっと湧き上がって来るのを押さえ込むように
は自分の胸に両手を押し当てた。

もう2度と同じコートには立てないと思っていた幸村が目の前にいる。

本当なら幸村とミクスドを組んでいたはず・・・。



 「それより、試合・・・見たよ?」

 「えっ?」

は幸村の顔から笑顔が消えていくのを固唾を呑んで見つめていた。

 「不二君とは、上手くやってるみたいだね。」

幸村の言葉はどこかしら冷たく感じられた。

 「なんだか淋しかったな・・・。」

 「幸村君?」

 「のペアはずっと俺だけだと思っていたからね。
  もちろん、入院してしまった時にはさすがにもうだめだと思っていたから
  諦めていたんだけど・・・。
  こうして復活を遂げるとね、なんだか人生観まで変わってしまったんだ。」


こんな風にしゃべる幸村を見たことがなかった。

こんな風に自分の気持ちをさらけ出す幸村を・・・。


 「不二君があそこまで君とダブルスができるとは思わなかったんだ。
  というより、俺が密かに守ってきたものを
  あんなに堂々と皆に見せ付けるなんて思いもしなかったから・・・。
  嫉妬・・・なのかな。
  それもあるけど、でも、不二君より俺の方がまだ君をわかってるって
  そんな自信も見つけてしまって・・・。」


幸村はいきなりの右手を掴んだ。

 「、君は無理をしてるね?」

幸村の言葉にはまるで雷にでも打たれたように瞳を大きくした。

吸い込まれるような幸村の視線にわずかに頭を横に振ったが
幸村はの袖を引き上げると白いサポーターの上から手首を握り締めてきた。

その力の強さにはぎゅっと瞳を閉じた。



 「ねえ、この俺が分からないとでも思ってる?」

 「無理・・・なんかしてないよ。」

 「無理をしてないって君が言うなら・・・、
  無茶をさせてるのは不二君の方ってことになるね。」

 「そんなこと・・・。」

 「俺に隠し事は通用しないよ?
  言っておくけど、俺の方がの事は不二君よりも
  ずっと長く見ていたんだからね?
  普段の何倍ものコントロール力を求められて平気なはずがないだろう?」

 「でも、大丈夫だから。」

が幸村の手の中から自分の手を引き抜こうとしても
幸村はそれを許さなかった。

その反対に、を近くのベンチに座らせると
少し強引とも思える手つきでサポーターをはずし、
丹念にの手首を観察し出した。

間近で見る幸村の真剣な眼差しには何も言えなくなっていた。


 「俺なら、君にこんな負担はかけないで試合するけどね。」


幸村はただただ自分の手首への負担を心配してるだけなんだと
は俯いたまま考えていた。

生死の境を彷徨うほどではなかったにしろ、
テニスが出来なくなるというギリギリの境界線から戻って来れた幸村には
きっと不二に追いつこうと必死に背伸びしているの姿が
無理をしているように思っているのだろう。

その優しさはあり難いと思う。

青学でテニスをするように薦めてくれたのは他ならぬ幸村だったのだから。


 「心配してくれてありがとう。」


がすっと視線を上げて幸村の目を真正面から受け止めると
幸村はほんの少し傷ついたような表情を浮かべた。

 「私、大丈夫だから。
  ミクスドで優勝するまで頑張るって決めてるから。
  ね、だからそんな顔しないで?
  無茶な事はしないって約束するから・・・。」


幸村がなんでそんな暗い表情をするのか分からなくて
は努めて明るく言ったのに、返ってきた言葉には打ちのめされてしまった。






 「・・・、酷いよ。」












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☆あとがき☆
 もしかして今年初UP!?
放置しすぎだよね、この連載。
原作がとっくに終わってしまって
微妙に幸村の扱いをどうしようかと
模索中です。(苦笑)
このまま続けても大丈夫ですかね?(笑)
2008.4.4.













































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☆あとがき☆