26. 迷走 2
「で、何を僕の口から言わせたいんです?」
観月は汗ばんだ額をリストバンドで軽く拭い上げた。
「…観月から見た彼女のこと…かな。」
観月は驚いたように不二の顔を見つめ直した。
不二が可愛い後輩の兄であったとしても、
観月と性格も違えばテニスの考え方も違う不二とは
腹を割って話すなどという事は今まであり得なかった。
たとえ本心ではお互いのことを認め合っていたにしろ、
相手の話を聞く耳を不二も観月も同等に持ち合わせてはいなかったからだ。
「不二君の評価と変わらないと思いますが?
それよりも乾君の方がデータマンとしては
今日彼女と出会ったばかりの私より
余程真実に近いデータを揃えてるのではありませんか?」
観月は少し拗ねたようにゆっくりと答えた。
「いや、僕は今のデータが知りたいんじゃないんだ。
君ならわかるんだろう?
裕太から聞いたよ。
観月はスポーツドクターになるって。」
不二は穏やかに笑っていた。
観月と不二がこんな風にしゃべってるのを見たら
菊丸も裕太も卒倒ぐらいするかもしれない。
ああ、そういう事ですか、と観月は納得したように口元を緩めた。
「随分彼女を大事に思ってるんですね?」
「まあね。」
「そうですね、僕の見たところ彼女のフォームには全く無駄がありません。
無理をしているようにも見受けられませんし…。
ただ、今の時点ではあの変則的にラケットの面を使っての
ボールへの回転のつけ方は驚異的ですね。
手首が余程柔らかいのでしょうが…。
何がそんなに心配なのですか?」
「…僕が卒業後どうするか、君は知ってるんだろ?」
「ええ、そりゃあね。
あれだけスポーツ誌を騒がせたんです。
誰でも知ってる事じゃありませんか?」
観月は訝しげに不二を見た。
「…それが何か?」
「君ならわかってくれるかと思ってね。」
「それはどうでしょうか…。」
観月は顎に手をかけると思案深げに目を閉じた。
「…観月の彼女は?」
「とっくに自分の限界を受け入れてしまいましたよ。
今では僕の良きマネージャーですけどね。」
「観月はそれでもよかったんだろ?」
「そりゃあ、僕だって、僕の手でもう少し上を目指してあげたいと思いましたよ。
けれど、元々全国レベルに手が届く程の才能はなかったんです。
それなのに無理を承知で頑張らせてしまい、
彼女は彼女で、僕の期待に応えようと頑張りすぎてしまったんです…。
正直、僕のせいだと後悔してます。
彼女はそうだとは絶対に言いませんでしたがね。」
自嘲気味に話す観月の言葉を不二は静かに聞いていた。
以前裕太から観月の彼女は
典型的なサーブアンドボレーヤーだと聞かされていた。
女子にしては重い球を打つ彼女のサーブは
中学時代個人戦で、その威力を余すところなく発揮していたが
その代償ともいえるひどい腰痛のため、高校では現役引退を余儀なくされたらしい。
「で、彼女とは卒業後のことは?」
「いや…、恥ずかしい話だけどね、観月。
僕たちの当面の目標はミクスドで全国優勝を果たすことなんだ。
だから、先の話はまだ1度もしたことがないんだ。」
不二は観月から視線をはずすとの方に顔を向けた。
「だけど…未来は常に共にありたいと僕も思ってる。
君同様に、ね?」
「今の僕には何とも言えませんね。」
「観月…?」
「さんのテニスがどこまで通用するかは誰にもわからないことです。
線の細い彼女のことです、
今以上に無理を強いられれば、或いは予測不能な事態が起こるかもしれません。
それを未然に防げるかといえば誰にもわからないことです。
まして何が一番最良なのかなんて、他人が口を挟む問題ではありませんし。
でも、…このままにするのは惜しい。
違いますか?」
「惜しい…?」
「なんです?
君は彼女をプロの道に勧めたいのではないのですか?」
少し呆れたように観月は不二を見つめたが
不二は半ば放心したように思いを巡らせているようだった。
「ひとつ 忠告しておきますがね、
君はさんの事をどう思ってるのですか?
いえ、質問を変えましょう。
さんの将来をテニスプレーヤーとして案じているのですか?
それとも、恋人として案じているのですか?」
「…もちろん、両方だよ?」
当然君はそう言うしかないだろうとは思ってましたがね、と
観月は不二の言葉に頷きながらもその表情は硬いものだった。
「いいえ、それは詭弁でしかないでしょう?
青学を去る君に、一体何が出来るというのですか?」
「…。」
「すみません、言い過ぎたようですね。」
語気の荒くなったことで黙ってしまった不二を見て
さすがの観月も口をつぐんだ。
「いいんだ。
自分が認めたくなかった言葉を君に言わせてしまったんだから。」
「仕方のないことです。
青学の女テニはレベルが低すぎて、
大学部ではほとんど同好会のようなものだと聞いてます。
君が傍にいないのなら、彼女の才能もこれ以上になることはないでしょうね。」
「才能か…。」
「さんがプロを視野に入れてないならなおさらです。
自分だけではどうにもならないこともあります。
いい施設、環境、スタッフ。
僕なら迷わず他の大学を勧めますね。」
「他の?」
「ええ、例えばルドルフ、もしくは…立海大。」
不二の表情が瞬時に強張った…。
「ふっじ〜。」
走り寄って来る菊丸の声に二人が同時に振り向いた。
「スミレちゃんが不二に話があるからすぐ来てくれって。」
「…わかった。」
「ちゃんは?」
「さんは向こうでつかまってるみたいですね。」
「英二。そろそろ、連れ出しちゃってくれるかな?」
「オッケーだよん。」
不二が大会本部の方へ行く姿を見送りながら
不二の表情がどこか翳りを含んだ様子に
菊丸が観月に向き直って話しかけた。
「不二と何話してたの?」
「気になりますか?」
「そりゃあね。」
「さんをルドルフに引き抜こうかと思いましてね。」
菊丸は自分の耳に届いた言葉が信じられなくて、
まじまじと観月の顔を眺めるだけだった。
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☆あとがき☆
毎回謝り倒すあとがき。(苦笑)
終わらす気のない連載ってどういうことだ、
と思われても仕方ないのですが
ただただ観月を出したかった管理人の我がままです。
2007.11.15.