25. 迷走  1









不二はしばらく悶々と考え込んではみたものの、それでもこうして
二人で手を繋いで堂々と街中を歩ける事が素直に嬉しくて、
少しでもよぎった灰色な気持ちを振り切るように
自分の横を歩くと自分の姿が映るモール街のウィンドーを眺めていた。


やがてぽっかりとひらけた広場では
いろんな雑貨やらお菓子を売ってるワゴンがいくつも並んでいて、
夕方の駅前はかなりにぎやかな人出で埋まっていた。


不二とはそれらのワゴンをひとつひとつ覗きながら楽しんでいたが
不二がいろいろな種類のアクセサリーが所狭しと飾られてるワゴンの前で
不意に足を止めたので、は不思議そうに不二を見上げた。



 「ねえ、
  今日の記念に何か買いたいんだけど。」

 「うん?」

 「ちょっと見ていかない?」


見れば花やら動物やら、可愛いモチーフが1点ずつ並んでいる。

不二に誘われるまま覗き込めば
いつの間にやらの方が熱心に見惚れている。

その様子に大学生風の店員が声をかけてきた。


 「君ら、テニスの試合かなんかで来たの?」

 「え、ええ。」

 「彼氏に買ってもらうんなら、これはどうだい?」


気さくなノリで店員は小さなテニスボールと思われる球がついた
シルバーのネックレスを取り出して、の掌にそっとのせてくれた。


 「わぁ、かわいい。」

 「だろ? これなら試合でつけてても気にならないでしょ。」

 「じゃあ、これにしようか?」

不二は何の迷いもなくバックから財布を取り出す。

 「えっ? 不二君、そんな…。」

 「気にしないで。僕が君に買ってあげたいだけなんだから。」

 「じゃ、じゃあ、私も何か…。」

押し問答する不二とを見かねた店員は
クスクス笑いながらを制止してきた。

 「こういう時は、彼氏を立てるもんだよ?
  じゃあ、こうしよう。
  これと同じものがもう1本あるからお揃いにしてはどう?
  特別に2本で割り引きにしてあげるから、ね?」

 「じゃあ、そうして下さい。」


即決する不二には慌ててバックから自分の財布を取り出そうとしたが
不二はその手をやんわりと遮った。


 「僕からのプレゼントなんだから気にしないで。」

 「でも…。」

 「その代わりなるべく身に付けてくれると嬉しいな。
  僕とミクスドの試合に出てる時は必ず。」

 「…わかった、ありがとう。」



不二がに買ったばかりのネックレスを付けてあげると
は照れたように俯く。

その可愛い顔がずっと僕だけに向けられてさえいるなら
僕はどんなものでもプレゼントするだろうな、
と不二は心の中で思っていた。


…いや、多分それだけじゃない。


本当の自分は、お揃いの物を身につけることで
他者に対して暗に、二人の絆が強いように思わせたいんだ、
と冷静に考え直す。



誰に対して…?






 「…。」

 「何、不二君。」

 「次の試合から本気を出すよ。だから…。」

 「だから?」

 「絶対に優勝しよう!」










        ********











ミクスド関東大会の会場は予選とは比べ物にならないくらいの混雑ぶりだった。

各校からミクスドは1組と決まっているのに
あちこちに見えるジャージの色は団体戦並みの数だった。


 「なんかすごくない?」

と菊丸が興奮したように、見えた端からそれらのジャージを指差し、
唱えるように強豪校を言い当てていくと、後ろから聞き覚えのある声がした。


 「全く子供じゃないんですから、いい加減
  はしゃぐのはやめてもらいたいですね。
  同じ関東圏でありながらお里が知れますよ、菊丸君。」

 「お、おう!
  観月じゃん。偵察かにゃ?」

 「失敬な!
  ルドルフは普段から男女混合で練習をしてきてますからね、
  そこら辺のにわかペアと一緒にしてもらいたくはありません。
  ところで青学からは不二君がミクスドに出るとは…。」


 「ああ、裕太!
  元気にしてたかい?
  そうだ、裕太に紹介するのは初めてだったね。」


観月を全く無視した不二に裕太は
今に始まったことではないにしても、
またかとため息をつきつつ、紹介されたに視線を移した。

ところが当のは裕太ではなく、先に声を掛けてきた観月に律儀に挨拶なんてしてるものだから
観月の方が面食らってる事に気づき、裕太はまじまじと観月との二人を眺めてしまった。

それにしても兄がミクスドに出るとは観月でなくとも裕太にとっても初耳で、
ほっそりとして可愛いくて、大人しそうなを見つめながら
兄貴が納得するテニスをするのだろうかと無遠慮にも考えてしまう。


 「初めまして、です。」

 「あ、こちらこそ、聖ルドルフの観月です。」

 「すごいですね、ルドルフって普段からミクスドを練習してるんですか?」

 「あ、ああ、いえ、そういう訳ではありませんが、
  男女ともレベルの底上げのために時々混合で試合を組むものですから…。
  って、あなたもミクスドに?
  まさか、不二君の相手なんですか?」

 「観月? 何勝手に僕のパートナーと話してるんだい?」


驚くように目を見開いてを凝視してる観月に、
不二は面白くないという風なあからさまな態度でを自分に引き寄せた。



 「本当に不二君はむかつく人ですね。
  人の事を先に無視したのは貴方の方ですよ?
  大体あなたは、可愛い弟さんとたっぷりと再会を堪能すればいいではありませんか!
  僕は兄弟愛に水を差すほど無粋ではありませんからね。
  そんなことより僕はさんに興味があります。」

 「へぇ〜、僕の彼女に興味があるなんて、君も見る目だけはあるようだけど。」

 「お、おい、兄貴!?」

 「観月も、朝から絡むの止めなよ。」

不二と観月がお互いに引くという事を知らないとわかっているから、
裕太も菊丸もそれ程真剣には二人の間に割って入ることはしない。

入ればとばっちりを受けるのは裕太も菊丸も自分たちなのだとわきまえている。


 「ま、うちは第1シードだから、君が勝ち上がらないと僕たちとは当たらないね。
  に興味があるって言うなら、せいぜい頑張って駒を進めるんだね。
  このチャンスを逃せば君にはと対戦できる資格はないだろうから。」

 「ふ、不二君…。」

わざと煽るような言い方の不二にが思わず不二のユニフォームの端を引っ張っても
不二はいつも以上に皮肉を込めた言い方を止めない。

苦笑してる裕太と菊丸に、
これが観月と不二のいつものパターンだから心配要らないよと説明されてしまっても、
不二が明らかに物腰柔らかな観月の気分を害する事ばかり言う気がして
はいたたまれない気分だった。

 「予選を一人勝ちしてきたあなたに言われたくないですね。
  大体ミクスドはそれ程甘いものではありません。
  毎回不二君の挑発に乗る気はありませんが、
  さん、あなたには不二君とペアを組んだのは間違いだったと教えて差し上げます。」

 「ああ、それでこそ観月だね。
  僕もそっくりそのまま君に返すよ?
  以外の女の子とペアを組む事がどれだけ無意味な事か、とかね。
  ま、それがわかったとしても、君はと組む事は出来ないけどね。」


不敵に笑う不二に不快感をあらわにして睨みつける観月は、
それでも何とか平静を保つと、の顔をじっと見つめてきた。


 「あなたは余程不二君に気に入られてるようですね?
  いいでしょう、あなたの真価を私が見極めて差し上げます。
  どんな試合になろうと、恨むなら不二君を恨んでくださいね。」








        ********






迎えた2回戦、たちの相手は聖ルドルフだった。

反対側のコートに立つ観月は
初対面に感じたソフトな面持ちは完全に消え失せていて、
は思わず、これは不二の先程の挑発のせいかとため息を漏らした。

不二は自分のラケットのガットの調子を指先で確かめながら
クスリと笑った。


 「気にしなくていいからね?」

 「不二君が悪いと思うけど?」

 「大丈夫、観月は負けず嫌いだから。」

 「でも、言い方ってあるでしょう?」

 「でもね、彼は女性に甘いところがあるから、
  あの位言わないと君に本気で打ち込んで来ないと思うよ?」
  

不二がいやに楽しそうに話すものだから
観月が女性に甘いとしても、関東大会の本戦でそれはないんじゃない?と
逆にが不二をたしなめると、まあね、としれっと答えが返ってくる。


 「ああいう性格だからね、きっと初めからばかり
  攻めてくるよ。」

面白そうに言う不二が、観月の性格を知ってるが上での発言だとしても
そう仕向けたのが不二本人だと思うとはため息しか出なかった。

 「それで?
  不二君はどうしたい訳?」

はやっと不二の悪巧みを見るような心持ちで尋ねた。

 「君のコントロールの良さを見せ付けて振り回してくれるかな?」






試合が始まるとは観月の徹底したマークに感心していた。

不二が観月は乾に匹敵するほどのデータマンだから
序盤は君の弱点を引き出そうと躍起になるよ、と言っていたが、
まさにその通りだった。

観月の緩急をつける誘い球に乗ることなく、
はラインギリギリを狙う鉄壁なコントロールで
観月の前後左右をついていく。

その鮮やかに面白いように決まっていくストロークは、
一見すると何の変哲もないボールを観月がミスしてるようにしか見えず、
ところが観月には、分かりすぎるくらいそのボールに加わってる変則的な回転のため、
ボールが着地する面との角度によって微妙なバウンドをする事に辟易していた。


 「全く、こんなに走らされたのは初めてですよ。」

終わってみればあっという間の展開だった。

 「だって観月に考える暇を与えたくなかったからね。」

 「考えるも何も…。
  さんのレベルは想像以上でしたからね。」

負けてしまったと言うのに、観月の顔には
ありありとの事をもっと知りたいという好奇心しか見受けられなかった。

 「だめだからね。」

 「何がです?」

 「わかってると思うけどは僕のものだから。」




いつの間にか報道陣に囲まれて困惑してるを観月と不二は
少し離れた所から同じように眺めていた。


 「自分の大切なものを見せびらかすための試合だったんですか?」

観月はため息をつきながらも、
長年の付き合いの中でそれでも不二が観月の事を認めている事を
よく知っていた。

だからこそ観月は言わないではいられなかった。


 「で、何を僕の口から言わせたいんです?」










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☆あとがき☆
 ひと月1話のペースも守れなくてほんとすみません。
あれも盛り込みたい、これも盛り込みたいと、
自分の力量以上の展開を求めちゃう自分に
自分で呆れてます…。(反省…)
 なんでルドルフ出したの?なんて言わないで下さい。
これも大人の諸事情ってヤツで…。(うそうそ///)
取り敢えずいろいろ引っ掻き回して
収拾つかなくなったらコノミン先生を真似して
記憶喪失ネタにでも持っていってやろう…なんて―――
事だけにはしないつもりで頑張ります。(笑)
 2007.9.26.