23.ミクスド・デビュー  2











ミクスド関東大会の予選、雲ひとつない青空を見上げては思いっきり深呼吸した。

気力充分である。


不二とペアを組んで本格的に練習してから2ヶ月も経っていなかった。

とは言え、は他のどのペアを見ても負ける気はしなかった。


そう、狙うのはミクスド全国大会での優勝なのである。






 「本当にあのラケットで出るの?」



菊丸が不安げにの手の中のラケットを眺めて
にわからないように不二に尋ねた。

ガットは新調され、もちろんすすけた色もきれいに塗り直されてはいたが、
菊丸は初めてのミクスドの大会でそれにこだわるにまだ少し呆れていた。

今は新たに不二とお揃いの浅黄色のグリップテープが巻かれてはいたが
幸村の思い出が詰まったそのラケットを不二とのミクスドで使うとは
菊丸にはどうしても合点がいかなかった。



 「いいんだよ、英二。
  僕は気にしてないんだから。」

不二は事も無げに言った。

 「ミクスドの大会に出たかったのは幸村君も同じなんだから。」








例の日の後、がガットを張り直したいと言った時の事を不二は思い出していた。




 「そのラケット、使うつもり?」

 「…だめ、かな?」

 「だめじゃないけど。少し手を加えれば問題はないと思うけど。」

 「だったら、これ、使いたいんだけど。
  …不二君は、もしかして、嫌?」


が必死で守ったラケットは多分幸村との思い出が
たくさん詰め込まれた大事なラケットなのだろう。

出会ってまだ数ヶ月しか経ってない自分が
の思い出の品をに使うなとは無茶な注文だし、
大体自分は幸村との事を好きだったも丸ごと引き受けると
あの時宣言していたのだし。


 「そんな事はないよ。
  そのラケットは使い易いって言ってたしね。」


不二がそう言うとはとても安心したような笑顔を浮かべた…。







        ********






 「不二君、飲む?」


ふと気づくとが細めのステンレスボトルから紅茶を注いでいた。

甘く爽やかな香りがほのかに香り、不二は驚いたようにの顔を見た。




 「これ、もしかして?」

 「アップルティー。
  不二君、好きだって言ってたから。」



そう言えば、最初にとミクスドを組んだあの校内試合の時は、
確かレモンティーだった。

あれは幸村が好きだったのだろうと思い出すと、
今は自分の好きな紅茶を選んでくれたがたまらなくいとおしいと思う。


カップを受け取る不二があまりにも嬉しそうな表情を浮かべるので
菊丸はうっと喉を詰まらせた。


 「ちゃん、あんまりこいつを喜ばす事しちゃだめだよ。」

 「えっ?」

 「なんかさ、見てるこっちが恥ずかしいよ。」

 「恥ずかしい、じゃなくて、羨ましいの間違いだろ?」


そこへ大石と小鷹が応援に来てくれた。


 「もう、聞いてくれよ、大石〜。
  この二人、ミクスドの初戦だって言うのに
  まるで緊張感がないんだもんにゃ。」

 「ま、仕方ないだろ、英二。
  予選は銀華高とか緑山高とかだしな。
  本戦を勝ち上がるまではこの二人を苦戦に追い込むところは
  ないんじゃないかな。」

 「そうそう!
  なんたってより可愛い女の子とペアってる学校はないしね。
  ラブラブ度満点すぎて当てられちゃうわよ。」


小鷹の見当違いな物言いに大石が苦笑する。


 「うっわぁ、いくら学校じゃないからってそれ、禁句だぞ。
  くそ真面目な手塚に聞かれたらまじやばいって。
  そうじゃなくても不二の奴、さっきからちゃんにべったりなんだから。
  ちゃん、俺にもそれ頂戴?」

なんだかんだと言いつつ、菊丸の方だってべったりじゃないかと、
大石はため息をつく。

に差し出されたアップルティーを嬉しそうに飲む菊丸は、
まだまだの事を好きでいるんだろうと思いながら、
不二もまた、それを黙認しているのだろうと大石は思った。


 「それにしても初めてのミクスドの大会が
  こんなに盛大なんて驚きだな。」

 「そうだね。と言っても、竜崎先生がお膳たてしたんだから
  ある程度は覚悟してたけど…。
  結構面白い大会になりそうだね。」

 「ああ。噂では全国大会が終わった後に
  選抜チームのための選考会があるらしい。
  竜崎先生はミクスドも選考対象に入れてるようだが。」

 「そうなんだ…。」


不二が何か考え込むように呟くのと同時に
試合会場のスピーカーから試合開始のアナウンスが流れ出した。



  只今より ミクスド大会の予選を開始いたします
  第1試合に出場される選手の方々は…



 「おっ、なんか俺の方が緊張してきちゃった。
  ちゃん、頑張ってにゃ!」

 「うん。菊丸君、行って来るね。」

 「英二に応援されなくても全然平気だけどね。」

 「ふ、不二君!」

 「不二の事なんて応援しないかんね!」

 「え、英二〜。」


大石や菊丸たちとのそんなやり取りの中、不二はのラケットも一緒に持つと、
菊丸たちに手を上げて颯爽と自分たちの試合コートへと向かって行った。










        ********








わぁという大きな歓声の中で
と不二のペアはみごとに予選を1位で通過した。

予選の全ての試合をストレートで勝ち抜いた試合内容は
菊丸たちにとってはある意味当然の様に思えたが、
初の大きなミクスド大会を取材しに来ていたスポーツ紙の記者たちは、
こぞって青学の天才・不二周助のインタビューを得ようと
引き揚げようとしていた不二の足を否応なしにあちこちで引き留めていた。

不二は物慣れしたように社交的に受け答えしていたが、
はひとり取り残されたように離れた所からその光景を見つめるような格好になっていた。


そう、知名度から言えば不二周助という男は
高校生テニスプレーヤーとしてはかなり有名だったんだと、
改めて知る事実に思わずは苦笑していた。

そうでなくともシングルス・プレーヤーとしては全国レベルでもかなり注目されていた訳で、
その不二がミクスドに出るというだけで話題性は十分だった。





 「すごいね、のパートナーは!」


懐かしい声には驚いて振り返った。


 「! 来てたの?」

 「うん、なんたってのミクスド、初戦だもん。」


立海大の制服姿のかつての親友がに抱きついてきた。


 「それに、の彼氏がどんな人か見たかったし…。」


は不二の方にゆっくりと視線を送った。


 「かっこいいけど、幸村には負けるかな?」

 「それを確かめるためにわざわざ?」

 「もちろん。」


が大袈裟にため息をつく真似をするとはごめんと小さく笑った。


 「でも、…が不二君に惹かれるの、なんとなくわかるな。」

 「もう、何言ってるのよ////」

 「だって、テニスをしてる時の幸村に…なんだか似てる…。」


の言葉には思わず親友の真意を確かめるようにの顔色を覗ったが、
はそつなく記者たちに受け答えする不二を相変らず見つめ続けるだけだった。


 「そんなこと…。」

 「は知らないだけだよ、
  コートの中で幸村がどんな風にの事を見ていたか。
  今の不二君と同じ目だったな。
  慈しむような、かけがえのないものを見るような。」

 「な、何を言うの?
  私と幸村君は…。」

 「ごめん、変な事言って…。
  わかってる、幸村にとっては最高のパートナーだったって。」

いつになく元気のないは動揺していた。

あんなに恋焦がれても手の届かぬ幸村が選んだ
世界中で一番幸せな、にとって理想のカップルだったというのに、
そのが浮かぬ顔をしているのがには信じられなかったし、それ以上に、
の方こそが幸村をかけがえのないもののように見つめ続けていた事を
に今更気づかれてはいなかったか、その方が心配でならなかった。


 「幸村君と何かあったの?」

 「ううん、別に何があったと言う訳じゃないけど…。」

 「けど?」

 「私もテニスが上手ければよかったのにって
  この頃凄く思う。」

 「…。」


の言葉には返す言葉が無かった。

コートから出てしまえば幸村はいつだって
その視線の先にはしか映してはいなかった。

コートの外にいる恋人の存在が彼を支えてる事実に
はどんなにそのことを羨ましく思ったか。

それなのに――――?



 「手術が終わったばかりっていうのに、
  幸村はリハビリを必要以上にやってたの。
  彼の復帰は私が誰よりも一番願っていた事だけど、
  テニス部に戻ってからはテニスに没頭する時間が凄くてね。
  生き急ぐような幸村の姿を私は黙って見てることしかできなくて…。」

 「でも。」

 「うん、わかってる。
  今までだって私は黙って見てるだけだったものね。
  何かしてあげた訳でもないし、何かが特別出来る訳じゃない。
  だけど幸村はいつも私の側にいてくれてた。
  幸村が必要としてくれてるのがわかってたから凄く嬉しかった。」

 「だったら…。」
  
 「一時はもう復帰できないかもしれないって思ってたぐらいだから
  精力的にリハビリしてる幸村は凄く頼もしかったの。
  
  でもね、この頃ふと思うの。
  幸村はなんでそんなに早くコートに戻りたがるんだろうって。
  テニスがまたできるようになって嬉しいのもわかる。
  早く実戦の場に出たくて焦ってるのも解る。
  だけど、なんだか最近、幸村のテニスを見てて思うの。

  何か、…そう、失くした何かを取り返すために頑張ってるのかな、なんて…。」


それは自問するというより、にその答えを求めてるかのように思えた。

今まで不安に思っていたのはの方で、
には悩みとか不安とか、そういう類のものはまるでないように思っていたのに。

天然で屈託が無くて、無邪気で控え目で、
幸村の心の中の不安を取り除く事が出来るただ一人の天使だと思っていたのに。

の目の前にいる親友は、自分の幸せに背中を向けてるとしか思えなかった。

振り返ればそこにちゃんと幸せはあるというのに…。


 「、本当にどうしちゃったの?
  幸村君が一番大変な時に幸村君の側にいたのはじゃない。
  今はほら、きっと早く元のようになりたいって必死なだけで、
  落ちてしまった筋力や試合の勘を取り戻したいだけだと思うよ。
  何も出来ないっては言うけど
  幸村君は絶対そんな風には思ってないよ。
  じゃなくちゃだめなんだよ?
  ほら、もっと自信を持って!!
  そんな顔してたらだめじゃない。」


が元気付けるようにそう言っても、
の黒い瞳はどこか自信なさ気に揺らいでいるように見えた。


 「は…不二君とコートの中でも外でも一緒だから羨ましい。」

 「羨ましいだなんて…。
  全国大会が終わったらも幸村君に教えてもらえばいいじゃない。
  幸村君ならすごくいいコーチしてくれるよ?」

 「う…ん。
  そうだね。」

 「そうだよ!」


まだ何か言いたげだったけど、はやっといつものらしく
をぎゅっと抱きしめると、なんだか元気でた、との耳元で囁いた。




 「そうそう、立海大のミクスドは赤也だから気をつけてね。」

 「赤也って2年の?
  ミクスドなんてやりたがらないと思ってたけど。」

 「そう、あの赤也。
  の相手をぶっ潰すって息巻いてるからね。」

 「うわ。それは大変。」


が手こずりそうで嫌だなって首をすくめて見せると
はやっと笑顔を見せてくれた。



の笑顔にも安心したように笑顔を見せたが、
この時には、の小さな不安の種が少しずつ膨らんできているのに
全く気づいてはいなかった。






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☆あとがき☆
 またまた間が開いた割りに
展開遅めですみません////
3月中にUpするつもりだったのに…。
2007.4.13.