22.ミクスド・デビュー 1
「へへっ、一番乗り〜!!!!」
誰もいないコートに菊丸が飛び込むと、
菊丸の声がコート内に響いた。
昨日は自分で自分の気持ちに区切りをつけたつもりだったが、
それでもあの後、不二とがどんな風にお互いをさらけ出したのかは
聞くまでもないと自信があった。
けれど、それを朝一番に見せ付けられるのは、
いくら菊丸と言えど、自分が思ってる以上にショックを受けそうで、
菊丸はボールの入ったかごを一人で用意すると、
自分がすっきりするまでサーブの練習でもしようと、
すでに大石に部室の鍵を借りて朝一番に登校していた。
「えーい、菊丸印の元気サーブ!!」
自分を励ますかのようにわざと滅茶苦茶な掛け声を出しながら、
アウトになろうがお構いなしに力いっぱいサーブを打ちつけた。
数十回のサーブの後で、菊丸はコートの入り口にたたずむ人影を見つけて、
思わずボールを落とした。
「…ちゃん?」
は気恥ずかしそうにわずかに手を振りながら
菊丸が走って来るのを待っていた。
「おはよう、今日は早いんだね。」
「えっ? あっ、う、うん。
って、ちゃんこそ。」
「うん、私はね、これ、菊丸君に返そうと思って。」
差し出された手の中には、昨日に掛けてやった菊丸のジャージが
丁寧に畳まれていた。
「そ、そんなの、別に今日でなくたって良かったのに…。」
「うん。」
不二と並んで登校してくるものとばかり思っていたから、
こうしてが自分のために先に登校してジャージを返してくれたのは、
正直やはり嬉しかった。
「えっと、その、ちゃんと、…気持ち、伝えれた?」
聞きたくはなかったけど、でもどうしても確認しておきたかった。
そう、諦めるっていったって、一日やそこらで諦めきれるものではなかったから。
「あっ、…うん////。」
菊丸の尋ねた意味に答えるよりも先に、の顔が真っ赤になっていた。
なんて可愛いんだろう、そう思うのと同時に、
にこんな顔をさせてしまう不二に到底敵わないと思うとやはり悔しい。
「そっかぁ。よかったね。」
「…う、ん。」
努めて明るく答える菊丸とは反対に、
真っ赤になったままがぎこちなく下を向く。
なんだかこっちが告白されてるような、
そんな錯覚に菊丸の方も恥ずかしくなってくる。
「で? 不二は?
今日は絶対一緒に登校して来るかと思ったんだけどな。」
「あのね、そのことなんだけど…。」
********
朝練が終わって昇降口へ不二と一緒に並んで歩いていた菊丸は、
ふと前を歩くと小鷹の姿に気がついて不二の横顔を盗み見た。
結局朝練の間はは女テニの方で練習してしまったので
不二はとはまだ一度も会話すらしていない。
「ねえ、不二。」
「何?」
「告白したのに、両想いだってわかったのに、
今まで通りなの?」
「まあね。」
「ふーん。」
菊丸の不満気な口調に不二が心持ち笑ったのが菊丸にもわかった。
「俺に気兼ねなんて…。」
「しないよ!」
「だよね。」
「もちろん。」
「じゃあ、何で?」
「がそうしたいって言ったから。」
不二の返答に今度は菊丸が苦笑した。
「あれっ、不二、ちゃんの事、呼び捨てにしてら〜。
それじゃあ、バレバレじゃん。」
「僕がの事、特別って思ってるのは隠すつもりはないんだけど?」
「うわっ、意味ないじゃん。」
「昨日の今日だし、黒崎たちの事もあるからさ、
表立っては僕だってバカな事はしないけどね。
だけど、英二の口が一番心配だよ、僕は。」
「何だよ、それ。」
「だって大石にはもう僕たちの事、話してるんだもん。」
「い、いや、それはだって、
俺と大石の間には隠し事なんてしない主義だし、
第一、俺は大石に慰めてもらってただけだもん。」
菊丸の慌てたそぶりに、不二は、まあ、いいけどね、と呟いた。
「どっちにしたってさ。」
菊丸はの後姿を見やりながら言葉を続けた。
「ミクスドのデビュー戦で
今以上に注目を浴びるようになっちゃうと思うよ。」
********
「!」
「何?」
「お迎えが来たみたいよ。」
小鷹のサーブを受けようと身構えていたは、
コートの向こう側で肩をすぼめる彼女の様子に
思わずコート内の時計の針を確認した。
今や小鷹とは青学の女子テニス部を引っ張る最高学年として
後輩のコーチ役としてお互いに信頼できる親友だった。
朝も放課後もその大部分を女テニの練習に割いてるは時として時間を忘れがちで、
業を煮やした不二がこうして女子のテニスコートに迎えに来るのも珍しい事ではなくなっていたが、
不二の気持ちがわかっていても、小鷹としてもをすんなり手放す気にはなれないでいた。
「女子の団体戦に肩入れするのも仕方ないけどさ。」
不二は口元に笑みを浮かべてはいたが
小鷹は不二が明らかに気分を害してると察知するや
の両肩に手を置くと、不二から引き離すようにの歩みを止めた。
「仕方ないって思ってくれるなら、
もう少しいいんじゃないかなぁ〜?」
「ちょ、ちょっと、那美ったら…。」
「何、小鷹は僕と張り合う気?」
「不二君!!」
二人の間で困った顔のに小鷹はぎゅっと抱きついてから
不二の方へその背中を押した。
「はいはい、が困ってるから不二に返すわ。」
「返すも何も、は初めから僕のものだけど?」
「も〜、二人ともやめて!
後輩たちに聞かれたら困るじゃない。」
がぷっとふくれっ面で歩き出すものだから
不二が慌ててその後を追う。
その様を小鷹が苦笑しながら見送っていた。
「。」
「…。」
「怒ってる顔も好きだよ。」
「//////。」
「ふふっ。そうやってすぐに赤くなっちゃう方が
後輩にばれちゃうんじゃないかな。」
「不二君!もうからかわないで。」
ずんずん歩くと肩を並べながら、それでもクスクス笑う不二は
少しも反省してない。
「だって、が悪い。」
「どこが?」
「ミクスドのデビュー戦までもう日がないんだよ?
もっと愛を深めなくっちゃ…。」
「な、何言って…。」
の言葉を遮る形で腕を掴むと、そのまま不二はを引き寄せ、
ぎゅうっと抱きしめてきた。
校内では付き合ってる事を隠すと納得した割には、
不二は時々回りの目を盗んではをその腕に抱いた。
「ふ、不二君…。」
「いいから、このまましばらくじっとしてて。」
「でも。」
「大丈夫。ここなら男テニからも見えないから。」
結局不二の強引さに負ける形になるのだけど、
もこの暖かな腕の居心地の良さは認めてる訳で、
ハードな部活ではデートもままならぬ二人にとって
数分間だけのスキンシップはそのまま強いパートナーシップに変わるのだった。
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☆あとがき☆
またまた間が開いた割りに
展開遅めですみません////
2006.2.6.