20.心のままに  3







が竜崎先生の所へ行くと、
「全くわしの若い頃と同じような目に遭ってるのう。」と
事も無げに、相変わらず楽しげに目を細めて笑われてしまったが、
それでもお説教はたっぷり小1時間にも及び、
が解放された時には部室にはすでに誰も残ってはいなかった。



制服に着替えて部室を後にすると、菊丸がバツの悪そうな顔をして、
テニスコートの脇でを待っているのが見えた。



 「スミレちゃん、何か言ってた?」


菊丸はだけが先生に呼び出されたのを気にしているらしかった。


 「しばらく男テニでの練習、禁止だって。」


がそう答えると、菊丸はわぁ〜、どうしようと頭を抱え込んだ。

普段通りの菊丸のオーバーなリアクションには思わず笑みを漏らした。


 「う・そ・だよ!!
  女子の予選の方が先にあるから、
  しばらくはそっち優先の練習をしなさいって。」

 「あ〜。もうちゃんと練習できなくなったらどうしようかって
  すっごく心配したんだから。
  俺、なんにも手助けできなかったって…。」

 「そんなことないよ。」

は菊丸の言葉を遮った。

 「さっきはごめんなさい。
  あんな言い方、なかったよね?
  菊丸君が助けに入ってくれて、私、嬉しかったよ。
  あの時は本当にありがとう。」

は深々と菊丸に頭を下げた。

 「いや、俺こそごめん。
  かっこつけて登場した割にはさ、
  俺、全然だめだめさんだったし。
  結局ラケット、だめにしちゃったしね。」


菊丸はのテニスバックに視線を落とした。


 「ううん。まだ使えるから全然気にしないで!」

 「でも、それ、すっごく大事だったんだろう?」


は無我夢中で炎と格闘していた姿を見られたんだっけ…と思い起こすと、
急に恥ずかしい気持ちが込み上げてきた。


 「大事って言うか、使い易いからってだけだよ…。」


の控え目な言葉に菊丸は大袈裟にため息を付いた。


 「ねえ。俺、本当の事が聞きたい。」

 「えっ?」

 「俺さ、黒崎の言った通りだったんだ。
  ほんとは、俺、ちゃんを助けて、ちゃんの目を俺に向けさせたかったんだ。」



見上げた先には真剣な眼差しの菊丸がじっとを捕らえていた。

見詰め合ってしまった視線をはずすのは菊丸に悪い気がして、
は菊丸が次に口に出す言葉を息を凝らして待った。




 「俺、ちゃんが好きだよ。

  好きだから、守りたかったんだ。」




はストレートな菊丸の言葉に思わずテニスバックを落としそうになった。

まさか菊丸がそんな風に思ってるなんて思いもしなかった。


好きだから守りたかった…その言葉はにとってあまりにも衝撃的だった。




 「ねえ、ちゃんはなんであのラケットを必死で守ったの?
  それは誰を想って守っていたの?」

 「…。」

 「俺には聞く権利があるって思うんだけど?
  ね、ちゃんの本当の気持ちを教えてくれない?」


 
本当の気持ち…それはつい先程小鷹に言われた言葉を思い起こす。

結局はどうあっても相手がどう思ってるのか、自分がどう思ってるのか、
それを言葉にしてお互いに伝え合わなければ前には進めないのだと気づく。


 「…ごめんなさい。
  私、…菊丸君の気持ちには…応えられない。」

 「うん。そうだと思った。」


即座に受け止める菊丸の言葉はとても優しかった。


 「振られるのはさ、なんとなくわかってはいたんだ。

  脅されて負け試合強要されたのに、試合は堂々と勝ったじゃん?
  ラケットなんて所詮道具なんだし、
  黒崎の言いなりに乗るほどのもんじゃないって思った。

  だけど、ちゃんはあんなに必死であのラケットを守ろうとするしさ。
  なんでだろうって…。
  正直、ちゃんのラケットには俺なんて全然関係ない訳だし、
  なんかね、もうあの時にわかっちゃったんだと思うんだ。
  ちゃんはあのラケットに関わった誰かの事が好きなんだなって。

  でも、中途半端な気持ちのままじゃさ、俺、ちゃんの事守ってあげられないし、
  って、もちろん仲間なんだから、ちゃんに断られても友達として守るつもりだったんだ。
  それなのに告白する前に思いっきり拒否されてさ、すっごく凹んだな、
  仲間でもだめかなって…。」

 「あっ、そ、それは、ほんとにごめんなさい。
  なんだか守られてるって半人前扱いなのかな、なんて。
  みんなと対等にテニスやりたいって思ってたから、
  自分でなんとかしなくちゃって…。」

 「わかってるって。
  でさ、もう一度聞くけど、ちゃんが好きなのって誰?
  今も幸村君の事が一番好きなの?
  それとも、不二の事が…。」


菊丸の口から出てきた人の名前に、は驚きの眼で一瞬菊丸の顔を見つめてしまったが、
すぐにその視線は足元へと移る。

けれど、そんな挙動不審な態度と、
の頬がかすかに朱に染まりだしたのを菊丸は見逃さなかった。


 「なんだ、そっか〜。うん、うん。
  やっぱり俺の勘は鈍ってないかも!」

 「ちがっ////」

 「いいじゃん!
  前は幸村君の事が好きだった。けど、今は、不二の事が好き。
  違う?」


菊丸に覗き込まれる形で詰め寄られると、もう何も言えなくなる。

けれど自分に想いを打ち明けてくれた菊丸に対して、
不二の方が好きだからと口に出すのはどうしても気が引けた。


 「私は、ただ、ミクスドのパートナーとして…。」

 「だめだめ。そういうのなし!!
  本当の気持ちが知りたいって言っただろ?
  ちゃんが不二の事好きでも、俺は全然平気。
  いや、平気じゃないけど、あいつとは張り合いたくないんだよにゃ。」

 「えっ?」

 「うん、ま、そういう訳だからさ、
  ちゃんが思ってる事、ちゃんとあいつに言った方がいいよ?
  結構、俺以上に凹んでるみたいだから…。」


菊丸はいつもの笑顔で片目をつぶって見せ、そのままの後ろに回ると、
両手での肩を押した。



コートの先の並木の陰に、不二が立っているのが見えた。


 「ほらほら、不二が待ってる。
  俺と大石みたいなゴールデンペアを目指してるんなら、
  ちゃんと話さなきゃだめだよ。」


菊丸はの背をポンと叩くと、頑張ってと小さく声をかけて
そのまま走り去って行った。







  ********






菊丸にせっかく背中を押してもらったのに、
は不二を見つめたまま動けなかった。

自分の想いを本当に伝えていいのかどうか、
それがいい事なのかどうかわからなかったから、
立ちすくむには二人の間の距離がそのまま自分の抱え込む不安の大きさに思えた。


と、不二がやがてゆっくりとこちらに向かって歩き出した。


段々近づいてくる不二になんだか落ち着かなくなってきて、
けれどこの場から逃げてしまいたい衝動は
かろうじて菊丸の言葉によって元気付けられる。


   頑張って…


1歩、2歩と勇気を出して不二の方へ歩み寄ると、
いつも優しい笑みを浮かべてる彼の顔が、
先程別れたままの、どこか憂いをたたえた硬い表情である事に気づき、
はまた動けなくなる。

彼にこんな顔をさせてしまったのは多分自分のせいだと思うと、
申し訳ない気持ちになる。


 「ごめん、さん。」


やがて不二がゆっくりと口を開いた。


 「なんで…不二君が謝るの?」

 「さんに、辛い思いをさせたから。」

 「私、そんな風に思ってないよ。
  前にも不二君に言ったけど、私、不二君には感謝してる。」

 「でも…。」

 「もし私が辛いって思うとしたら、
  ミクスドをやる事で不二君の足を引っ張てるって思われる事かな。」

 「…そういう事を黒崎たちに言われたの?」

 「不二君はシングルスでその才能を遺憾なく発揮する人だからって。」

 「別に僕はシングルスしかやらないって決めてる訳じゃない。
  ただ今までは誰かと一緒にやりたいって思ったことがなかっただけなんだ。
  でも、今は違う。
  僕が君を選んだんだ。」


今まで生気のなかった不二の瞳に強い意思が込められ、
まるで青い炎が燃え上がってるかのように見えるその瞳を覗き込んでしまったは、
そのまま不二から視線をはずす事が出来なかった。
  

 「僕は誰が何と言おうと君とミクスドをやりたい。」


確か不二は黒崎にも同じような事を言っていた筈なのに、
は今初めて聞いたかのような驚きと嬉しさで
胸の鼓動が耳元で脈打ってるのではないかと疑うくらいドキドキしていた。


 「私も…。」


緊張のあまり掠れた声になってしまって気恥ずかしいと思ったのは一瞬で、
静かな夕闇に驚くほど鳴り響く携帯の音には慌てふためいた。

こんな間の悪い時に携帯を鳴らすのは誰なんだろう。


不二も一瞬驚いた目つきでの携帯を目で追ってしまったが、
なかなか出ないでいるに優しく促した。


 「携帯、出た方がいいんじゃない?」

 「えっ、あっ、ごめんね。」

は慌てて携帯を耳元に当てると不二に背を向けた。


 「もしもし…。」


小さな声で相槌を打っているの姿をぼんやり見ながら
不二は段々との声が上ずっていくのを訝しげに思いながら聞くともなしに聞いていた。

やがて、ありがとうとか、わかったというような言葉が聞こえたものの、
一向に携帯を離さないを不審に思って、不二はの顔を覗き込んだ。


 「何かあった?」


その言葉にはじかれたように不二を見上げるの顔を見て不二の方が慌てた。

 「どうしたの?」

 「えっ?」

 「なんで泣いてるの?」

 「私?…泣いてる?」


携帯を強く握り締めたまま、自分の頬に涙が伝っているのも感じないほど、
は放心していた。

不二はそんながいじらしくて思わず鞄を取り落とすとをその腕の中に閉じ込めた。


 「!?話して!
  僕に話して!!
  僕がちゃんと受け止めるから!!」


暖かな不二の体温がの冷たい涙を吸ってくれるようで、
はそのまま不二にしがみついた。


 「幸村君が…。」


小さな声で呟かれた言葉に、不二はどう返答していいやらわからず、
心のどこかでまたしてもを自分の方へ渡してくれないような、
幸村の影に怯えそうな自分を感じて、ぎゅうっとの体を抱きしめた。






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☆あとがき☆
 なんですかねぇ、私、この連載
…終わりにしたくないみたいです。(苦笑)
行き詰ってる、というのもありなんですが、
どうも素直にちゃっちゃとくっつけたくないというか、
じらして不二をいじめたい、みたいな?
いや、次こそは…!?
 2006.9.24.