2.失った居場所





 日直の仕事が終わって、が菊丸とテニスコートへ向かっていると、
コートの方から見慣れた制服の男が歩いてくるのがわかった。

 「どうして・・・?」

は呆然としていた。

真田はの元へ歩み寄ると有無を言わせない調子で口を開いた。

 「話がしたいんだが。」

は諦めたように頷くと、傍らの菊丸にごめんねと呟くように言った。
二人のただならぬ様子、けれど今の菊丸にはどうしようもない事であった。







真田とは駅前の小さなカフェに入った。
明るい店内とは違って、二人の間には重苦しい雰囲気が漂っていた。
は真田の顔を見ることができないで、運ばれてきたアイスコーヒーにミルクを継ぎ足すと、
意味もなくかき混ぜ続けていた。

 「まさか、テニスやめたわけではないだろうな?」

やがて真田が口を切った。

 「やめちゃったよ。」

はため息をついた。

 「なんで私に会いに来たの?
  こんな時間にここにいるって事は、午後の授業もサボってきたの?
  真田君らしくないよね?」

 「それはが悪い。
  なんで黙って転校した?
  携帯まで変えて、仁王や柳生も心配していたぞ?」

真田は保護者のような優しい眼差しでを見つめていたが、
は相変わらず顔を上げることなく、努めて冷たく言い放った。

 「転校は親の都合なの。
  でも、あのまま立海大にいても、もうテニスはしなかったと思う。
  真田君には理解してもらえないと思うけど、
  私、全然、真田君のような立派なプレーヤーじゃないから・・・。」

 「・・・幸村のことか?」

の黒い瞳が真田を捉える。

 「俺がお前の気持ちを知らないとでも思っていたか?
  お前が幸村を慕っていたのは前からわかっていた。
  幸村とテニスをするためにお前が普通の女子以上の練習をこなしていたのも知っている。
  だがな、幸村はを選んだんだ。
  それはも納得していたんではなかったのか?」

 「そうだね、幸村君はを選んだんだよね?」

はちょっと悲しく笑った。

 「はテニス部のマネージャーで幸村君の彼女。
  でもそれでもよかったの、幸村君のテニスのパートナーが私であれば、ね・・・。」

 「私ね、テニスしてる幸村君が好きだったの。
  だから、たとえ彼女でなくっても、テニスしてる時は私が幸村君のベストパートナーであれば
  それだけで良かったんだよ?
  幸村君のいる立海大テニス部が好きだったの。
  幸村君のテニスが好きだったの。」

 「じゃあ、なんで立海大のテニス部と縁を切るようなマネをしたんだ。
  転校しても、休日にはこっちでテニスをやればいいじゃないか。」

 「だめだよ・・・。
  幸村君のいないテニス部なんて。」

 「!?」

 「私、知ってるの。
  幸村君が入院しなくちゃいけない事も、
  入院してもテニスができなくなるっていう事も・・・。」

の目にはうっすらと涙がたまっていた。

 「もう私は幸村君と一緒に過ごせる時間はないんだなって。
  テニスができなくてもは幸村君のそばにいられる。
  でも、私はもう幸村君にとってなんの意味もないんだなって思っちゃって。
  そうしたらね、あんなに好きだったテニスもする気が起きないの。
  たるんでるって言わないでね?
  私のテニスって、幸村君が全てだったんだよ?」

真田は何も言えないでいた。
幸村の病気のことは真田も知っていた。
だが、まだその事は部員にも知らせてはいない事実だった。
治るかどうかもわからない病魔。
幸村の病魔はそのままの心にも巣食っていたのだ。

 「だから、もう私にはかまわないで・・・。
  転校したことで、過去はなかった事にしたいの。」

は弱々しく言葉を吐いた。

 「、俺ではダメなのか?
  俺は・・・。」

 「真田君。真田君のテニスもすごいと思う。 
  でもね、私が一緒にやりたいって思ったのは幸村君だけなの。
  ごめんね。」

 「それでも、俺はお前にテニスを続けて欲しいと思う。
  幸村だってそう思うはずだぞ?
  どんな形でもいいから、テニスだけはやめるな。
  俺からはそれだけだ。」

 「真田君・・・。」

真田は伝票を掴むとそのまま振り返ることなくの元を離れた。

は溶けてしまったグラスの氷を悲しそうに見つめていた。








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☆あとがき☆
  立海大と青学ってどのくらい離れてるんでしょうか?
  それがちょっとネックなのですが、
  あまり細かい事は気にしてない管理人。(苦笑)

2004.8.19.