19.心のままに 2
「誰が僕にふさわしくないって?」
菊丸が振り返ると、不二が足早に近づいて来るのが見えた。
凛とはね返るような不二の声色は、
その場にいる者をまるで足元から凍らせるほど冷たいものだった。
黒崎は明らかに動揺していた。
不二のいつもの温和な笑みはそこにはなく、
鋭く見開かれた瞳はまるで汚れているものを見るかのように険しく、
不二の髪先の1本1本が怒りのためにピリピリとしているのがわかるようだった。
「だ、だって…。
不二君はシングルスの天才でしょう?
な、何も、こんな子とミクスドやる必要なんてないじゃない。
さんは幸村君と出られなかったミクスドに未練があるだけなのよ。
不二君がかかわる必要なんて…。」
「うざい!」
不二の言葉に黒崎の顔色が見る間に青ざめていった。
「僕のこと、知った風な口、利かないでくれる?」
「で、でも…。
ねえ、ほら見てよ。
菊丸とさんでいいじゃない?」
狼狽して不二の顔をまともに見られなくなった黒崎は、
それでも段々とか細くなる声で言い訳がましく食い下がる。
不二はもう黒埼と話すのも心底嫌そうな顔をしていた。
「君にさんの事を知ってもらう必要性は全くないけど。
いや、君には理解できない事だからね。
だけど、誤解してるようだからはっきり言っておくけど、
ミクスドをやりたいと思ったのはこの僕だからね!
それも、彼女を選んだのもこの僕なんだから。
他の誰とでもない。
さんだからこそ、僕はミクスドをやりたいんだ。
これ以上、さんに何かしようと思うなら、
この僕が許さないよ!
いや、もう僕たちに近付くのも話しかけるのも今後一切ごめんだね。
ねえ、そういう事だからさっさと僕の目の前から消えてくれない?
目障りなんだよ…。」
黒崎はうな垂れると、わっと泣きじゃくりながら走り去った。
遠巻きにしていた他の親衛隊の子も、やはり気まずく思ったのだろう、
黒崎の後を追うようにその場から離れていった。
シンと静まり返った校舎裏。
不二は改めてを気遣うように寄り添っている菊丸の背中に声をかけた。
「英二…。」
「遅いよ…。」
怒ったような菊丸の声には初めて自分の状況に頬を赤らめた。
急いで肩にかけてくれた菊丸のジャージを着込むと、
すすけたラケットと汚れたポロシャツを胸に抱きしめた。
「…さん、大丈夫?」
優しい声には背を向けたまま頷く。
が、非難めいた口調で答えたのは菊丸だった。
「大丈夫な訳ないじゃん!!」
「ごめん。」
「こうなる事なんてわかりきってたじゃん。」
菊丸は立ち上がると不二に真っ向から鋭い視線をぶつけてきた。
「不二は予想しなかったの?
今まで数える位しかダブルスなんてやって来なかったくせに。
それがいきなりミクスドだよ?
それも他校生だったちゃんを引き入れて、
どう考えたって予測付くじゃん。」
「…ああ、わかってる。」
「わかってないよ!!
こんな事になる前に…。」
「そういう英二はどうなんだよ。
わかってたのに英二だって何もしなかった…。」
「ああ、そうだよ。
ちゃんが不二に心配かけたくないって言うから我慢してたんだよ。
不二は人気あるから、多少のやっかみは仕方ないかな、って思うじゃん。
だけど、だからってもっと気をつけるべきだったんだ。
不二が選んだパートナーならもっと大事にするべきなんじゃないの?」
「もちろんだよ。僕はさんを大事に思ってる。」
「大事に思ってる?
これで? この状況で?
こんなんでちゃんのこと守ってるって言えるか?
この先だって何されるかわかったもんじゃないじゃん。」
「じゃあ、英二なら守りきれるって言うの?」
「不二こそ、自信がないの?」
「そんな事言ってない。」
段々声を荒げて言い争う二人に胸を痛めたが悲痛な声をあげた。
「菊丸君も不二君もやめて!!!」
「私…、守ってもらいたいなんて思ってないから!」
か細い声だったけど、はラケットをぎゅっと胸に抱いたまま、
しっかりとした口調でその意思を伝えた。
「私、二人に守ってもらわないと、テニスできないのかな?
そんなに不甲斐ない?
対等にテニスやってるって思ってたのは私だけなの?
守ってもらわなきゃテニスできないなんて、そんなの嫌だよ。
それじゃあ、パートナーなんて言えない。
前の時とちっとも変わらないじゃない…。」
最後の方はもう聞き取れない位の声だったけど、
の剣幕に押し切られたように二人は押し黙った。
重苦しい雰囲気を破ったのは部長の手塚だった。
「お前たち、そこで何をやってる。
部活はまだ終わってないぞ。
不二、菊丸。
二人とも今すぐグラウンド20周だ!!」
「手塚!?」
「待って、手塚!」
「問答無用だ!」
大股で歩いてきた手塚はいつも以上に険しい表情だった。
不二は諦めるようにため息をつくと、
のことを名残惜しそうに見つめ、やがて黙って走り去った。
菊丸もに一言声をかけてから行くべきか一瞬考えたが、
やはり黙ったまま不二の後を追うように走り出した。
「それと、!」
「…はい。」
「お前は竜崎先生の所へ行くんだ。
小鷹、一緒について行ってやれ。」
「あ、あの…。」
「なんだ?」
「ふ、不二君と菊丸君は、悪くありませんから。」
「悪くない…か?」
はなぜかいたたまれない気持ちで手塚の顔をまともに見る事はできなかった。
「。
なぜひとりで抱え込んだ?」
「すみません。でも、みんなに迷惑かけたくなくて…。」
「自分だけ傷ついて、それで済むと思うのか?」
「手塚君。そんなに責めなくったって…。」
手塚の後ろに付いて来ていた小鷹が助け舟を出したが、
割合こういう問題は当人同士に任せる事が多かったのに、
珍しく手塚はの方を責める口調だった。
「それがの思いやりなのか?
の力になれなかった仲間の気持ちはどうでもいいんだな?」
「手塚君!
それは言い過ぎだよ。
さんはみんなを巻き込みたくなかっただけで…。」
「…そうだな。
だが、。
お前はいい意味でも悪い意味でも注目に値する事をもっと自覚するんだな。」
手塚の言葉を理解するにはまだ頭が働かなかったが、
手塚がの独断で行動した事に対して怒っている事だけはなんとなく分かった。
いつの間にか心配そうにを覗き込む人懐こい小鷹の困ったような笑顔に、
は緊張の糸が切れたかのように脱力していた。
差し伸べられた手につかまりながらやっと立ち上がると、
手塚は二人に背を向け、すでにテニスコートの方へと歩き出しているのが見えた。
「…大丈夫?」
「心配かけて本当にごめんなさい。」
「全く酷い事するわね…。」
小鷹がの抱えてるラケットをちらりと見るとため息をついた。
「でも、まだ使える。」
「そっか、それで全国まで行っちゃう?」
「…行きたい。」
「うん、そうだね。」
並んで歩きながら、そのラケット、ハクがついたわよ!と
冗談交じりに小鷹が苦笑しながら言った。
「そう言えば怪我はない?」
「うん。」
「手塚君の言った事は気にしなくていいから。
あれでもすごくさんの事を心配しているのよ。」
「う…ん。」
「それにしても菊丸君まであんなに慌てるとは思わなかった。
もちろん、不二君の焦った顔も初めて見たなぁ。
あの二人が行けば全然問題ないって思ってたけど、
不二君と菊丸君の間で何かあったの?」
「…。」
「えっ?何があったの?」
問われるままにはポツリポツリと話し出した。
「うーん、それは不二君たちにとってはショックだったかもね。」
の話を聞いて開口一番、小鷹は眉間に皺を寄せながらまたため息をついた。
「私、間違ってる?」
「ううん、さんの考えもわかるのよ。
一方が頼りっぱなしっていうのはパートナーとして不甲斐ないって言うか、
単に甘えてるみたいで嫌なんでしょう?」
考え込みながら小鷹は続けた。
「だけど、不二君たちがさんの事を守りたいって思う気持ちは、
多分、さんが思う事とは別の意味を持ってるんだと思うけど。」
「別の意味?」
「うん。でも、これってとっても微妙な事だし、
やっぱりちゃんと本人たちと話した方がいいと思う。
私が憶測で意見した所で間違ってるかもしれないし、
こういう事はなおざりにしちゃだめなのよ。
お互いがどう思ってるか、それを見極めた上で、
たとえその事が吉とでるか、凶とでるかわからないにしても、
きちんと気持ちを伝えるべきだと私は思うな。」
「お互いの気持ち?」
「そう。
相手を思いやるって事も大事だけど、
だからといって相手が思っている事を憶測だけで勝手に判断したり、
自分だけで納得しちゃったりしてない?
さっき、手塚君もそういうことを言いたかったんじゃないかと思うんだ。
あれでも一応不二君たちとは付き合い長いし…。
あのね、さんが精神的に強くなりたいって思うのは立派だと思うけど、
ダブルスはやっぱりお互いの精神状態が同じ方がもっと強くなれると思わない?」
「でも…そんなこと、
同じなんてあり得ないし…。」
「うん、普通のペアなら無理だよね。」
小鷹は何やら楽しげに口元を綻ばせた。
「菊丸君には悪いけど、私、
不二君とさんは最強のペアになるって思ってるんだけどな〜。」
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☆あとがき☆
うわあ、連載が連載になってません。
いつから更新止まってるんだか…。
なんだか、微妙に話がつながってないような気もするのですが、
もう、そんな事思ってると永久に更新できなくなりそうで(苦笑)
頑張って少しずつ先に進めたい…と思ってます。
(まだまだくっつかせずにいたかったのだけど!?)
2006.7.21.