16.自分らしく 2
結局不二がを見つける事ができた時には、
もうは女テニのコート内で小鷹と軽くラリーをしながらアップしているところだった。
立海大付属の女子テニス部もすでに練習を開始していて、
時々立海大のメンバーがに懐かしく呼びかける様はとても不思議な光景だった。
でも、はとてもいい笑顔で話していたし、
彼女が立海大の部長として慕われていたのは明らかだった。
********
「ちゃん、立海大のスパイとしてうちに入ったって噂されてんだよ。」
菊丸の言葉に不二は少なからずショックだった。
を引き入れたのは自分であって、彼女が非難される筋合いではない。
というより、そういう目でが見られていたなんて、
不二は全然知らなかった。
まして菊丸が知っていて自分が知らなかったことが情けなく、
菊丸がを守りたいと言い出すほどの事態にまで悪化しているのだと不二は察知した。
立海大のテニス部に居場所がなくなって泣いていた彼女を思い出すと、
不二はがどんな思いで今、コートに立っているのか、
胸が締め付けられるような気持ちだった。
それなのに、は笑っている…。
そして立海大側のベンチに、真田が座ってる姿を見つけ、
不二は更に自分の不甲斐なさになす術がない程打ちのめされていた。
「不二!?
ちゃん、ダブルスに出るらしいよ。」
菊丸の言葉に不二は試合のオーダー表を見上げた。
「それも1年の如月さんがペアだにゃ。
なんでシングルスじゃないんだろう?」
菊丸の疑問は、そのまま、舞も同じ気持ちだった…。
練習試合はと舞のダブルスから始まる事になった。
長い髪をきゅっとポニーテールに結び直すを横目で睨みながら、
舞は不服そうに、周りには聞こえない程度に声を低めながらも、
非難がましくに抗議した。
「先輩、なんで私とダブルスなんですか?
…私への嫌がらせですか?
先に言っておきますけど、私、先輩のために試合する気はありませんから…。」
は迷いのない目でまっすぐ舞を見つめてきた。
「如月さん。
あなたはこの試合、私が負けるとでも?」
「で、でも、わざと負けないと、
あのラケットは戻ってこないんじゃ…。」
「如月さん。
私のテニスは立海大で培われたもの。
立海大ではね、たとえ草試合でも負ける事は許されないの。
いつだって試合は真剣勝負よ。
だから、この練習試合も、私は勝つわ!」
はっきりと言うの口調に舞は圧倒されていた。
「ねえ、如月さんは不二君とミクスド組むために頑張ってるんでしょう?
その不二君の目の前でわざと負けるような試合、できる?」
舞はぎゅっと唇を噛むと、首を横に振った。
「…私も同じ。
今は青学の一員としてコートに立ってるの。
相手が私の古巣だったとしても、今は私の敵。
それに、私も私をパートナーとして認めてくれる不二君の前で、
みっともない試合はできない。
だから、本気で行くわ。」
はそう言うと、手首のパワーリストをはずしてベンチにそっと置いた。
「如月さん、あなたは私の事好きじゃないかもしれない。
でもね、私はあなたに次の青学を担うレギュラーの一員として、
託せるものはすべて残してあげたいと思う。
私ね、今は、青学が好きよ!」
はかすかに微笑んでいた。
その強さと優しさのオーラに、舞は完全にには敵わないと自覚せざるを得なかった。
試合はのサーブで始まった。
パワーリストをはずしたの手から、ボールは高く真っ直ぐに空に上がり、
落ちてくるところへのラケットがすべるようにボールをカットする。
が、そのインパクトの瞬間は早過ぎて、普通の人たちには何が起こったのかわからない。
「すごっ!!
いつの間にあんな高速サーブを?」
菊丸が驚きの声を上げる。
「いや、今のなら普通だろ?
そのために手首の強化を図ったのだからな。
しかし、また女子にしてはかなりのカットサーブだな。」
いつの間に来たのか、乾がいつものノートを携えて不二と菊丸の傍らに立った。
たちはあっという間にサービスゲームを先取した。
「ま、問題はここからだな。」
「ああ、そうだね。
この試合、舞ちゃんにはきつくなりそうだし。」
不二は舞の後姿を見つめていた。
幼い彼女が不二と同じラケットを欲しがるようになったのはいつだったか。
いつの間にかテニス部に入り、天性の感の良さから、
知らず知らず同年の女の子の中ではいつも一番上手かった。
が、短期決戦で決着のつく試合は良かったが、
舞の悪い癖は、長丁場になるととたんにその集中力が低下する事にあった。
まして舞にとってはダブルスは初めての事。
それもぶっつけ本番では、舞は自分の思うようには試合運びができないでいる。
苛立ちと焦り。
それは敵にとっては願ったりのターゲットだった。
いつしか舞は、立海大のレギュラーたちに執拗に攻撃され、
段々とミスを連発するようになっていた。
舞は惨めな気持ちだった。
青学の女子の中では、1年でありながらレギュラーを勝ち取り、
の技量には及ばないにしても、
立海大との試合では遜色ない試合ができると自負していたからだ。
それが相手に全く通用せず、の足を引っ張ってるような試合展開に、
舞は自分ではどうする事もできず、悔しくて涙が出そうだった。
まして青学レギュラー、それも大好きな不二の目の前で、
情けない姿を晒している自分は苦痛だった。
せめて、せめて、試合だけでも勝ちたい…。
そんな舞にがタオルを差し出した。
「如月さん、立海大のペースに飲まれちゃダメよ?」
が優しく微笑んだ。
「彼女たちはあなたより数段試合慣れしてるの。
だから、あなたが弱気になったら一気に攻め立ててくるわ。
実力は、あなたが一番よくわかってるでしょう?」
舞は受け取ったタオルをぎゅっと握り締めていた。
「でもね、これはダブルスなの。
何も全ての球をあなたが拾う事はないんだもの、
少しは私を信頼して欲しいな。
如月さんは、自分の得意な球だけ選べばいいんだよ?
あなたが打ち返せなかった球は、私が全て返してあげるから。」
舞は自信に満ち溢れたの言葉にを見上げた。
「せ、先輩…。」
「大丈夫。絶対勝つから。」
後半戦、舞は段々と落ち着きを取り戻していた。
舞の横を突き刺さるように叩き込まれていくボールは、
舞の後方にいるがことごとく打ち返していた。
その安心感に舞は普段どおりのボレーヤーとしての感を十二分に発揮できるようになっていた。
そして間近に見るのテクニックに圧倒されながらも、
今はダブルスのパートナーとして、
こんなにも楽しいテニスができるとは思わなかった事に、
改めての魅力に気づかないわけにはいかなかった。
自分の足りない所をが埋めてくれている、
それは確かに舞にとって技量のなさを痛感せざるを得ない状況ではあったが、
シングルスでも絶対勝てそうにない相手を、
自分との2人が追い込んでいく試合展開に、
舞はぞくぞくするほどのスリル感を味わっていた。
「ゲームセット ウォンバイ青学 7−6」
わっという歓声が青学女子チームの中で起こった。
今まで雲の上の存在だった立海大に、まずは1勝できたのだ。
「あーあ。やっぱりと対戦するのは嫌だな。」
立海大の原涼香がため息をつきながらに手を差し出した。
「ごめんね。こんな形で再会する事になって…。」
「ううん。本気でと試合ができるなら、私はどんな形だって嬉しいよ。
だけど、今年の関東大会はちょっと不安になってきた。」
そう苦笑する原は片目をつぶって見せた。
「次に会う時は絶対シングルスでやろうね?」
舞と共にコートを出ると、すかさず今度は真田が近寄ってきた。
「、だいぶパワーをつけてきてるんだな。
しかし、随分と荒治療な事をしかけてくれたもんだな?」
憮然と舞を見つめる視線にはニッコリ笑った。
「そうかな?」
「当たり前だろう?
よくもこんな初心者を…。」
舞は真田の言葉にキッと真田を睨みつけた。
けれど真田は舞を凝視したまま言葉を続けた。
「ダブルスは初めてだろ?」
舞はショックで返す言葉もなかった。
「真田君!」
「まあ、でもが選んだだけの事はある。
なかなか楽しみな後輩だな。
お前、名前は?」
「き、如月舞です。」
「そうか。覚えておこう。
じゃあ、、俺は帰る。
次に会う時は関東大会だな。」
「うん。関東大会だね。」
立ち去りかけた真田がふっと足を止めた。
「。
青学のユニフォームもなかなか似合うぞ。」
は小さくありがとう、と囁いた。
フェンスの向こうに段々小さくなる真田の後姿を呆然と見送りながら、
舞がに尋ねた。
「先輩、…あの人は?」
「びっくりさせてごめんね。
立海大男子テニス部副部長の真田弦一郎君。
彼が人の名前を聞くのは余程の事なんだよ?
大丈夫、如月さんは関東大会までに、
もっと強くなれるから。」
真田に会った事がショックだったのか、
試合の緊張感が解けたせいか、
の優しい言葉が身にしみて嬉しかったのか、
自分でもごちゃごちゃな気持ちに、
舞はどっと疲れが出てくるのを感じていた。
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☆あとがき☆
今回も真田が出張ってる…。(笑)
すいません、次こそは必ず不二君にピー!(自主規制)
2005.9.11.